『狩人の悪夢』ネタバレありレビュー

狩人かりうど悪夢あくむ』いかがだったでしょうか。

 切断された手首の問題。特に大泉おおいずみの手首を犯人が切断した、切断しなければならなかった理由というのは、皆さん膝を打ったのではないでしょうか。最初に発見された被害者沖田おきたも同じように手首が切断されていたのですが、被害者二人が同じように手首を切断されていても、そこに(シリアルキラー的なロマンチックな)共通の目的はなかった。あくまで犯人が必要に迫られてやったという極めて現実的、シリアスな理由に納得させられました。

 大泉の手が血に浸されたのはいつか? 壁に手形のスタンプが成されたのはいつか? 一見複雑な(いや、実際複雑なのですが)これらの謎を暴く火村ひむらの語りは、しかし分かりやすく、「読みやすい有栖川」の面目躍如でした。

 この事件、最後、犯人にとどめを刺す役割はアリスに与えられました。ここでアリスが語った「作家論」「評論論(?)」は傾聴すべきです。かつては一部の特別な人間しか持ち得なかった「情報、意見の発進手段」これをインターネットという舞台を得たことにより、一切何者の校閲も通すことなく誰しもが得ることが出来るようになりました。もっと我々は「意見を述べる」という行為に対して慎重になるべきではないでしょうか。ネット上に繰り広げられる発言に「校閲」はないのですから。(この、出版社で行われている校閲という行為が、犯人の動機を暴く鍵になったということも面白いです)


 プレビューにおいて本作は、「現代を舞台にして民間人が探偵を務めている希有な作品」という意味のことを述べました。作品全体の構成からも「本作の希有さ」は見て取れるでしょう。

『狩人の悪夢』には、最後にすべてを反転させる「叙述トリック」も、世界をひっくり返す「どんでん返し」も、一般には知られていない専門的な「お仕事要素」もなく、常軌を逸した「エキセントリックなキャラクター」もいません。異常精神やセンチメンタルに逃げることもなく、あるのはひたすら理詰めの推理のみ。これだけでハードカバーの本を四百ページも埋められ、そして当然、「読んでいて面白い、飽きない」こんな本格ミステリが現在どれだけあるでしょうか。いわゆる「新本格」第一世代の有栖川が、デビューから三十年近く経っても、まだこれだけの「ガチの本格」を書いてくれている。本当に頼もしい限りです。


 火村が活躍する「作家アリスシリーズ」をずっと読んで来られた方には、本作の『狩人の悪夢』というタイトルは意味深に映ったのではないでしょうか。これはもちろん、「『狩人』が『悪夢』の中に入って悪を討伐する小説を書いている作家」という本作の登場人物を表しているのですが、この言葉は探偵火村にもそっくり当てはまります。火村こそ、「人を殺したいと思った過去」に由来すると思われる『悪夢』を見ることがあり、犯罪者を仕留める『狩人』であるからです。


「あんたがハンター気取りの名探偵だってことだよ。犯罪者を蝶々みたいにコレクションして喜んでる正義の味方か(中略)私の知り合いの男はな、あんたのことを化け物だと言ってたよ。天才のたとえじゃない、ただの化け物だ」


 これはシリーズ短編「ブラジル蝶の謎」(『ブラジル蝶の謎』集録)の登場人物が火村に向けて言い放った台詞です。この言葉を借りるならば、火村は『狩人』であると同時に『化け物』でもある。『ナイトメア・ライジング』の敵役、ヨルのように。

 本作は(タイトルとの関連づけもあるのでしょうが)ことさら火村の見る『悪夢』が強調された筆致でした。先に書いた、今回の犯人にとどめを刺す役をアリスが務めたというのは、今後訪れるであろう避けられない宿命の「予行演習」である。と思うのは考えすぎでしょうか。

 このシリーズはある年代(アリスと火村が三十台半ばになったところ)から、登場人物が年齢を重ねなくなる、いわゆる「サザエさん時空」に突入したのですが、本作最後のサプライズは、「そんな時空においても物事は動き続けている」という決して逆らい得ない無常の時の流れも実感させます。嬉しいと同時に少しだけの寂しさも感じてしまいました。


 思い入れのあるシリーズのため、作品自体のというよりも、プレビューも含めて、作家アリスシリーズ全体に対することにまで飛躍して書いてしまいました(初心者向けのエッセイなのに)。お許しを。


 それでは、次回の本格ミステリ作品で、またお会いしましょう。

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