いきなりこれです『幽霊刑事』有栖川有栖 著

『幽霊刑事』プレビュー

 ご紹介する第一弾のミステリ小説は、これだ!


幽霊刑事ゆうれいデカ』 有栖川有栖ありすがわありす 著


 もし、本格ミステリにお詳しく、有栖川有栖作品にも馴染み深い読者の方がこれを読んでいらしたならば、「一番最初に紹介する作品、しかも有栖川ものが、火村ひむらシリーズでも、江神えがみシリーズでもなく『幽霊刑事』かよ!」と突っ込みを入れてしまったことでしょう。ですが別に奇をてらってみたわけではありません。

 この作品は、「死亡した刑事が幽霊となって自分が殺害された事件の捜査をする」というファンタジックな設定で、ライトノベルやアニメ、漫画に慣れ親しんだ若い読者の方にも受け入れられやすいかな、と思い選んでみました。何より、有栖川作品です。メインタイトル通り「読みやすい」という点については、私は有栖川には絶対的な信頼を置いていますので、最初にご紹介する作品は有栖川もので、と決めていました。



~あらすじ~

 地方都市〈ともえ市〉にある警察署〈巴東署〉刑事課捜査一係所属の刑事、神崎達也かんざきたつやは、ある夜、上司の経堂きょうどうに呼び出された海岸で、その経堂に拳銃で撃たれてしまう。が、気がつくと自分は半透明の幽体と化して海岸に立っていた。その存在を人間に全く感知されることのない〈幽霊〉になってしまった神崎は、自分が殺された真相を突き止めるため、〈幽霊刑事〉となって捜査を開始するが……



 ファンタジックな始まりで幕を開ける、この物語。いくら「刑事が幽霊」といっても、その行動には非常に多くの制限が設けられます。まず霊体であることから、人に姿を見られることもなく、その声も聞かれることがない。現世に対して物理的に作用すること――物を動かしたり触れたりすること――も出来ない。つまり、普通の人間にとって、主人公神崎は「存在していない」同然なのです。これでは、せっかく(?)幽霊になって捜査を行い、真相に辿り着けたとしても、それを証言することは不可能じゃないか、と思います。確かに神崎は見えないし声も聞こえない。しかしそれは、先に書いた通り、「普通の人間」に対してだけなのです。物語序盤で、神崎は彼の姿を目視し、声を聞くことも出来るひとりの人物に出会います。それは、神崎存命中、同じ捜査一係で仕事をした後輩刑事、早川はやかわ。ここに、幽霊と後輩刑事、世にも奇妙なコンビが結成され、神崎殺害の真相に迫っていくこととなるのです。


 本作は、本格ミステリに「幽霊」というオカルト要素を持ち込んでいますが、よくあるオカルトミステリのように「推理や理論で事件を構成したり、真相に辿り着かせるのが面倒だから、そこのところはオカルトや超能力に頼っちゃえ」といった「逃げ」目的でそれを使っているのではありません。主人公が幽霊であるが故に生じる、ある事象が事件を大きく動かし、これは『幽霊刑事』ならではの展開を呼びます。ミステリマスター有栖川に幽霊を与えると、こういう使い方をしてくるのです。


 主人公神崎には、結婚を約束した同僚の女性刑事がいます。当然幽霊となった神崎は彼女にも会いに行く。いえ、会いに行く、という表現は違うでしょう。彼女にも、愛し合った女性にさえも、神崎の存在は知覚されることなく、神崎側から一方的に女性を見て、声を聞くことしか出来ないからです。手に触れることすら出来ません。これは切ない。神崎の切ない心情が、有栖川のやわらかな筆致で綴られます。読んでいて切ない。ですが、あまり踏み込みすぎることはありません。通常であれば、この神崎と恋人との切ない一方的な逢瀬に、もっと筆を揮うことでしょう。こんなにおいしいシーンはないのですから。だが、有栖川は過度に踏み込みません。本作があくまで「本格ミステリ」だからです。有栖川が書くべきこと、神崎がやるべきことは、もっと他にある。ミステリ作家と刑事の使命感が筆を、幽体を突き動かします。


 ミステリ作家らしく、有栖川は本作で「幽霊に対しての物理的な作用」について主人公に考察させています。それはすなわち、「幽霊が本当に実体のない独立した幻であるなら、地球は常に自転、公転しているのだから、神崎の体はあっという間に宇宙空間に置き去りにされてしまう」というものです。それを受けないということは、幽霊といえども慣性の法則が働いていると考えられる。つまり、幽霊といえども何かしらの物理的作用が発生しているはずだ、と。(この「幽霊なんて、いたとして本当に存在できるの?」という疑問は、ラストの展開に一気に収束していくのですが)


 本格ミステリに幽霊というファンタジーを加味した傑作『幽霊刑事』ぜひ皆様も読んで見てください。そして、お読みになられたら、また、「ネタバレありレビュー」でお会いしましょう。

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