私
あいつが私を避けるようになった。別に露骨に避けるようになったわけでも、ワザとでもないのはわかる。きっとなんとなく近づき辛くなったのだろう。年頃の男女とは幼馴染と言えどそういうものなのかもしれない。それに、原因は主に私にある。彼氏を作った事、登校を一緒にしなくなった事。その他にもいろいろ思い当たる事がある。あいつは悪くない。悪いのは私。でも、期待をしてしまう私が心の何処かにいる。責任転換なのだろうか?逃げてるのだろうか?自分の事ですら何も見えていない。それが故に、私はきっと...。
太鼓の音が夜空に響き渡っていた。小さな村と言えど、この祭りの規模は決して小さくなく、他の村などからも人が集まっていた。夜なのに明るく、人のガヤガヤした声も聞こえる。
「雪菜ー。まだか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ。下駄だと歩きにくいのよ」
ちょっとおめかしをした。あいつのお母さんが、雪菜ちゃんももう大人だからね、オシャレしないと、と言って着物に化粧をしてくれた。あいつは...似合ってるとか言ってくれない。まあ、期待はしてなかったけど。
「ほれ」
「うん?」
あいつが私に手差しを出してきた。
「繋いでおけば、速度も合わせやすいし、逸れることもないからな」
「えっ...あ、うん、そうだね」
私はあいつの手を握り返した。絶対、これは浮気だと思う。まあ、どうせあの事があるしいいんだけど。むしろ、結果オーライなのかもしれない。
「小学生以来かな?手を繋ぐなんて」
「そうだったっけ?覚えてねーわ」
緊張しているのは、私だけなんだろうか?ドキドキしてるのは私だけなのだろうか?あいつが鈍いのは知ってる。こういう事には疎いのだ。手を繋ぐ事だって、きっと会話しているのと同じくらいの事だと思ってるのだろう。
あいつの表情が後ろからじゃあ見えない。見えたって一緒か。
「おっ、りんご飴。懐かしいな。雪菜、好きじゃなかったっけ?」
「よく覚えてたね」
「うん。まあーな。...おっちゃん、りんご飴2つ」
あいつは財布から400円を出すとりんご飴と交換して、一個私に渡す。
「お金、後で返すから」
「はぁ?いいよ別に、奢りだ。つか200円くらい...。そんな、ケツの穴小さく見えるのか?」
「そんな事ないけど...。というか女の子相手にケツの穴とか言わない!もっとましな例えないの?心が狭いとかさー」
「細けーよ。お前こそ心が狭いんじゃないのか?」
「そんな事ないしっ!」
「そういうこというやつに限って、心が狭いんだよ。バーカ」
そしてあいつは私のデコを弾いた。ヒリヒリするデコに私は手を当てた。痛いな。痛いけど、なんだか懐かしい。
『おとーさーん?おかーさーん?みんなー、何処ー?』
あの日も祭りの日だった。私が犬のお面に気を取られてるうちにみんなが居なくなってしまったのだった。
祭りの中を2、3周したが見当たらないので、私は一本裏の暗い道を走っていた。耳に祭りの余韻がある所為かやけに寂しい。
次第に心細くなり、その場にへたり込んだ。せっかく、着せて貰った着物の裾もすっかり汚れ果てていた。草履の緒が指の間に擦れて指が痛い。
『おとうさん!おかあさん!何処ー?おーい...』
返事はなかった、それどころか、人ひとり居ない。電灯がさっきから切れたりついたりを繰り返している。
『と、とりあえず、お祭りに...』
方向がわからなかった。音や明かりを辿ればついたかもしれない。だが、そんな事を思いつく知恵も余裕も私にはなかった。
急に怖くなり、私は走り出した。そして、草履の緒が切れた時、その場に転んでしまった。
『暗いよ、怖いよ。お父さん...。お母さん...』
涙が止まらない。蚊の鳴くような声で私は言った。
『夏希くん...どこ?』
『泣いてんじゃねぇーよ。バーカ』
デコの辺りに痛みが走った。驚いて私は顔をあげる。そこにあいつがいた。あいつも私同様、あの頃は小さいただの子供だったが、その時ばかりは、王子様に見えた。デコが痛い...。
私は泣き出した。そして、あいつに飛びつく。
『うわっと!』
その勢いであいつも尻餅をついた。
『怖かった、暗かった、寂しかった...。もう、一人にしないでよ』
私はあいつの服にすがりついた。布生地をしっかりと握りしめた。その時の私は震えていた。涙で顔もぐしゃぐしゃだっただろう。そんな私の頭にあいつは手を乗せた。
『一人にしないから。もう、絶対に一人にしない。だから、泣いてんじゃねーよ。バーカ。心配したじゃねーかよ』
あいつの声も震えてた。きっと、泣いているのだろう。私を心配してくれるあいつの体温は私には熱すぎて、火傷しそうだった。
デコの痛みだけが、賑やかな夜空の下に余韻をのこしていた。
「そろそろ、花火が上がるな」
「そうだね」
私はあいつの手をキュッと握りしめていた。でも、花火が見渡せる私とあいつだけの特等席のあの丘についた時に、あいつは私の手を離した。
「あっ...」
思わずそんな声が漏れる。
「もう、歩かなくていいし、逸れることもないからな。それにこれ以上お前に後ろめたい思いをさせるのも悪いからな」
あいつはそう言った。本当にそれだけの理由で手を握ってたんだ。私は自分の握っていた方の手をもう片方で摩る。
「夏でも田舎は肌寒いな。大丈夫か、雪菜?」
「う、うん。むしろ、丁度いいくらい。...あの、ね。なつ...」
「雪菜」
「は、はいっ」
私が声をかけようとしたら、あいつが真剣な声で私に語りかけてきた。
「今から、恥ずかしい事を言いたい。俺さ。いま、すげードキドキしてんだよ。本当、さっきまで気づいてなかったんだけど。お前と祭りに行って。なんか言いがかりつけて、手まで繋いで。マジで恥ずかしい。でも、雪菜。俺、初めてなんだよ。人を好きになったの。お願いだ。先輩とわかれてくれ」
「...えっ」
いろんな気持ちが私のなかでごった返した。整理がつかない。
「え、えっと。あ...」
戸惑いの言葉が、いや言葉にならない声が漏れる。
「ああ、悪りぃ。こんな言い方ずるいよな。わかってる。ちゃんという」
夏希はそういうと息を大きく吸った。
「雪菜。俺と付き合ってくれ」
花火がヒューという音で空を駆け、黒い夜空に花を咲かせた。バン!という音が耳に響いた。でもそれは、本当に花火の音だったのだろうか。私には、自分のなかで決心のついた音にも思えた。
次々と花火が上がる。その明かりに照らされたあいつの顔は赤らんでいた。
「こちらこそ、お願いします」
私は頭を下げた。本気で笑えた。私がいまどんな顔をしてるのかは鏡でも見ない限りわからない。それでも、いま目の前にいる、あいつの顔と同じ顔をしてるのだろう。このままずっと。あの頃のままずっと。私とあいつは...。
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