あいつと俺、あいつと私。

浅野 紅茶

あいつに彼氏ができた。一個上の先輩らしい。何度か、いや何度も話は聞かされた。見かけた事もある。イケメンでメガネ。見た目通り知的で学年でも常に上位をキープしているという。その上、サッカー部のキャプテンでもある。女子からは憧れの的ではあったが、中々釣り合うやつもいないわけでファン的な意味合いの人の方が多かった。まあ、遥か上の雲に手を伸ばすくらいなら、それを眺めてた方がいいという事だ。

あいつの場合、最初は然程先輩に興味はなかったらしい。だが、先輩に告られて、周りが騒ぐものだから、ノリで付き合う事にしたそうだ。なんだかんだで一ヶ月近くなるが、その間に先輩に対する気持ちが募ってきたらしい。今では聞かされることと言えば、先輩の話ばかりである。

嫉妬してないと言えば嘘になるが、それに他意はない。俺とあいつはただの幼馴染ってだけでそれ以上でもそれ以下でもない。強いていうなら、家も隣で、家族ぐるみで仲がいいという事に対して言えば、普通よりは距離の近い幼馴染なのかもしれない。もっと言えば、親同士は高校時代からずっと仲良しであり、俺とあいつは産まれた時からずっと一緒だったとか。なんとなくずっと一緒にいたが、今になって思うと男女がこんなにも自然に仲がいいというのは、かなり不自然らしい。一週間前の事だ、遂に俺とあいつは一緒に登校するのをやめた。それもなんとなくだったわけだから、少し寂しくなるという程度にしか感じない。理由はもちろんあいつが彼氏と登校することにしたからだ。最初は断ったらしいが、付き合ってるんだから普通じゃんと言われ、それもそうかと思ったらしい。

なんだかんだでこの一週間はほとんどあいつとは話していない。話しかけ辛くなった。あいつだって彼氏と居る時間の方が大事だろう。たかが幼馴染にそれを奪う権利なんてないし、奪おうとも思わない。しかし、そんなあいつと俺は旅行を今、共にしていた。と言っても二人きりではなく家族で一緒に行っている。だから浮気とかの心配はない。しかし、夏休みに入ってまもないというのに、もう旅行かよという気持ちにはある。

「あー、やっぱ家で一人でゴロゴロしてればよかったかなぁ」

一人でにそう呟いた。家族全員は流石に普通の自動車には入らなかったので、10人乗りの大型バンを借りている。運転席と助手席には互いの父親が交代で運転をし、その後ろのシートには母親たち、その後ろは俺の弟と妹、それにあいつの妹が仲良く遊んでいる。そして、一番後ろのシートに俺らがいた。

あいつはさっきから、イヤホンを耳にあてたまま寝ている。俺もシートを名一杯に倒し、体をだるつかせ寝転んでいた。

することが特にない。ゲームも最初に一時間で飽きたし、外の景色も今となっては田んぼばかりである。それでも最初は神秘というものを感じたが、流石に似た景色を2時間見続けることは俺にはできなかった。

「俺も寝るかな...」

俺もカバンから取り出したイヤホンを耳に当てて、目を軽く瞑った。次第に流れる音楽が遠くなり、ついに聞こえなくなった。



「ほら、夏希。起きろ。着いたよ」

そんなあいつ声に目が覚める。車の中で寝ていた所為で身体中が痛い。特に肩が凝った。そんな下らないことを思いながら、俺は体を起こした。

「おはよ、夏希」

「うん。あーあ、よく寝たわー」

俺は軽く伸びをすると車を降りた。朝は混まないようにと5:00くらいに出発したのに、すでに昼近くになっていた。

ここは、とある山奥の小さな村である。自然が綺麗で空気が美味しい。まあ、ここに来るのは今回が始めてではない。むしろ、毎年のように来ている。ここには、おばぁの家があり、5年前に死んで以来、ここには家を管理すると共に毎年遊びに来ているのだ。田舎だけあって存続税もたいしてかからない為、遺品という遺品をあまり残さなかったおばぁの遺品として父はここを大事にしている。

「だから、最初はいっつも掃除なんだよなー」

他の家族にまで手伝わせるのはどうかと思いながらも、まあそれだけ気の置けない仲なのかとも思う。俺とあいつはどうなのだろうか?男女というハンディキャップとは今まで意識をして来なかったが、こんなものなのだろう。

俺は雑巾を絞りながらそんな事を思った。雑巾から垂れる水がまるで何か言いた気なようにバケツの中に淋しい音を響かせて落ちる。くだら......。

「ねえ、夏希。散歩いこ」

俺が顔を上げた先にはあいつの顔が覗いていた。あいつは黙って、膝を折り曲げて、俺の近くに座り込む。

「掃除が終わったらな」

「ええー、いいじゃん。いつもは夏希からサボろうって言う癖に。何を年頃づいちゃってのよ」

「別に、反論するつもりはない。お前の言う通りだしな。俺だって、サボってばっかでは居られない年齢だからな。どうせちびっ子共は役に立たないだろうし。どうしても散歩に行きたいなら一人で行ってこい」

俺は再び雑巾を絞りにかかる。そろそろ廊下も綺麗になった事を確認し、バケツを持って立ち上がる。

「ま、でも今は一段落ついたとこだし、あそこにでも行くか」

あいつは俺の言葉に大はしゃぎはしなかった。数年前までは跳ね上がって、走り回ったものだったが、今では大人って事なんだろうな。あいつは微笑して、曲げていた膝を伸ばし、バケツを持って先を行く俺を駆け足に追った。


「ここも全然変わらないね」

豊かな自然が一望できる丘の上。茂みに隠れてる為、そんなに知られてない場所だと思う。小さい頃、ばあちゃんも生きてた頃、二人でよくやっていた冒険ごっこの最中に見つけた。今となって思うがこれは絶対に私有地を侵害している。まあ、これだけ広ければ砂場に蟻が一匹二匹入り込むのと大差はないのだろう。

「変わらないように見えて、実は変わってるのかもしれねーぞ?」

「そうかもね」

あいつは前を向きながら、遠くの空を仰いだ。風にあいつの髪が靡く。いい匂いがした。自然の香りかもしれないし、あいつの匂いかもしれない。

「俺らも変わちまったのかなー」

「私たちは変わってるよ。絶対に。きっと世界だって変わってるんだよ。だけど、それは長い時間の中で変わってる。それよりも遥かに寿命の短い私たちは、その変化が見にくいだけ。葉っぱだって毎年落ちては生えているんだよ?絶対変わってるはずなのよ。でも...」

「でも?」

間が一拍空いた。

「でも、時々思うのよ。変わることにどんな意味があるのかって。変わらない方がいい事がある。だったら、変わることがそんないい事とも限らないじゃない」

「そりゃあ、お前。世界は動いてんだからよ。いいようにも悪いようにも変わるし、それこそ変わらない事だってある」

「そういうものなのかなぁ」

あいつの少し寂しそうな顔が哀愁を誘う。自然は綺麗な裏に風物を感じることがあるが、今はあいつの寂しそうな顔をより一層引き立たせていた。

「このまま年を取って、死ぬのも悪くないって私は思う。ううん、もっと前。もっと、無邪気だったあの頃のままで...いたっかっかも。まあ、成って見ない事にはわからないけど」

「そうだな。あの頃は楽しかった。楽しい事ばっか考えて、嫌な事はやめて、知らないまま無邪気で。怒られても直ぐにケロっとして、素直で、深く考えないで。今よりずっと生きやすかった。それに...」

「それに何?」

なんて言いたかったのか忘れた。というよりも、考えていなかったのかもしれない。

「いや、何でもない」

俺は何が言いたかったんだろう?

「ああ!そういえば、今日ここで祭りがあるらしいよ!夏希、一緒に行かない?」

「デートのお誘いか?」

「彼氏持ちにそういう事いう?浮気してるみたいじゃん」

俺らは冗談っぽく笑いあった。が、俺は本当に笑っていただろうか。それが心配で、あいつがどんな表情で笑っていたかにも気づかなかった。

「ちょっくら、戻ってみるか。あの頃に」

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