闇乃 影司サーガ後編


*残酷、グロ描写があります。ご注意下さい。




 嘗てこの宇宙に妖精文明と言う物が存在した。


 妖精文明は妖精石の力により、文明へ繁栄をもたらして来た。


 しかし妖精石の力を悪用しようと目論む闇の女王の出現により事態は急変。


 戦いは妖精文明その物を崩壊に導き、そうして落ち延びた一人の少女が地球に流れ着く事になる。



 その少女は後の天村財閥と呼ばれる財閥の御曹司と結婚し、子供に恵まれ一時の幸せな人生を楽しんでいた。



 そして闇の女王もまた長い年月を賭けて地球へと辿り着いた。


 ある程度発達した文明。


 負の感情が渦巻く世界。


 闇の力を育むには打って付けの環境だった。





 闇乃 影司。


 この春から高校一年になった。


 早速周囲からイジメられて自分の事を醜いと思っているが容姿は整っている男の子である。いや、彼の場合は男の娘と言うべきか。


 記憶が消えてはいるがずっと昔からイジメられていたはのは何となく覚えていた。

 イジメをやる奴は世間的には格好いいとか男らしいとか思っている連中ばかり。


 そんな現実の男らしさとかに絶望しながらも少年誌の様な友情、努力、勝利――中でも友情に憧れる一方でシンデレラの様なヒロインに憧れていた。

 それは闇乃 影司自身とても気色悪く感じていたがそれでもその気持ちを抑えきれずに密かに男の娘を題材にしたギャルゲーとかに手を出していた。


 学園では物語の登場人物の様な刺激的で楽しい日々を送るどころか平凡な日常を送る事すらも難しい。

 だけど家ではあまり守善 霞に迷惑を掛けたくなかった。


 守善 霞。

 ウェーブ掛かったロングヘアー。

 豊満で我が儘なボディラインでありながらアスリートの様な体型を維持している。

 何でも記憶喪失以前から影司の事を知っており、今は実家の人々に変わって彼女が面倒を見ている。

 とてもよくしてくれるが何だか接しているとイケナイ気分になるから少々苦手である。


 そしてもう一人、愛乃 小春。

 銀髪のショートヘアーで可愛らしい女の子。 

 学校でイジメられていても何度も助けられた。

 正直彼女がいなかったら不登校になっていただろう。だが彼女に助けられる度に影司は自尊心の様な物が傷付けられてしまう。

 そんな自分を最低だと自己嫌悪してしまう。


 そもそもどうして自分はイジメられるのだろう? 

 影司にはその理由が分からなかった。



 入学して早々、愛乃 小春は正直誤算だった事がある。


 ゴウマの襲撃で五行学園が壊滅して一年以上経過している。

 そして生き残った退魔師達は散り散りになり、小春と影司は都内にある凛堂学園に転向した。


 凛堂学園は普通の高校だが裏では五行学園程ではないが退魔師の育成を行っている学園である。

 元退魔師の生徒達の転校先としては十分良い環境に思われた。


 しかし凛堂学園には五行学園の生き残りが教師、生徒含めて大くおり、中には影司をイジメていた、城島 春人までいる。

 てっきり、ゴウマ出現の際に放たれた攻撃などで死んだと思っていた。


 城島 春人が何故生き延びたのかは分からない。

 しかし彼はもう普通の人間として生きようとしている影司に手を出していた。

 退魔師としても人としても許せない行為だった。


 しかも厄介な事に闇乃家の連中まで出張って来た。


 現在闇乃家は長男である影司は政略結婚の道具として扱う事にし、そして弟や妹の二人のどちらかを次期当主とする流れになっていた。

 だが闇乃 影司は手柄を挙げ過ぎてしまった。

 ゴウマを撃退したからだ。


 小春の証言は余り信じられていなかった。

 しかし時間の経過と共にアレを信じ始める退魔師達が多く出始めたのだ。

 そもそも闇乃家は退魔師としては優秀な家系であり、その長男が無能である筈がない。何かとんでもない力を隠しているのではないか? と。


 ある意味ではこれは正解だった。


 小春や霞の想像も交えるが・・・・・・闇乃 影司は退魔師としての才能は無い。

 肝心な霊力がなく、体術がそこそこと言うレベル。

 しかし呪われた武具や精神に莫大な負担を掛ける退魔師の武具を操る事に関しては天賦の才を持っていたのだ。

 それがゴウマの復活に繋がり、そしてゴウマが打倒される結果になったのは皮肉な話だろう。


 それでも少々疑問点がある――少ししか接してないがあの時、ゴウマを倒せる程の莫大な霊力を得たとしてもまるで他の人間が入れ替わっていた様にも感じた。

 そして最後の念話、さようならも。

 言葉の意味はともかく、そもそも念話も力を得たからと言って突然使えるだろうか? 無意識的にやったかもしれないが。


 もっともこんな議論はもうするだけ無駄だ。とうの本人が記憶を取り戻さない限りは。

 それに取り戻さない方がまだ幸せである。


(今はこの状況をどうにかしないと――)


 話を戻そう。

 現在闇乃家の跡取り争いは複雑な状況を呈していて、それが凛堂学園の退魔師達にも浸食しており、特に城島 春人は一体どう言う関わりがあるのか、まるで闇乃 影司を殺すように仕向けて来ている様にも思えた。

 学園も信用出来ない。


(私の家もアテにはならないし)


 愛乃家は退魔師社会の中では中堅の位置である。

 闇乃家に比べると政治的影響力は圧倒的に低い。

 彼女もまた段々と圧力を受け始めていた。

 この分だと守善 霞なんかも


(それに最近謎の勢力が凛堂学園周辺で蠢いている)


 ゴウマの勢力よりも更に強い、既存の妖怪のカテゴリーを超えた存在と戦っていた。

 教師だけでなくベテランの退魔師ですらも苦戦を強いられる強さで死人は出てない物の次々と戦闘不能者が出ている。

 小春も戦ったが、ゴウマ程の圧倒的戦闘力ではないが、それでもかなり強い。一人では太刀打ちは不可能だろう。


(天照学園も期待出来ないしどうすればいいの・・・・・・)


 退魔師世界にも深く精通し、退魔師社会に協力的な一大学園機関、天照学園、通称学園島に助力要請をしたがこの一年の間で状況が一変した。

 研究開発部門の爆発事故により、敵に対抗する技術の提供が事実上ストップ。

 現在では学園内で怪人などが大量に出現していてこちら側に戦力を回せる余裕は無いとの事らしい。


(一体何が起きようとしているの?)


 そう思わずにはいられなかった。



 守善 霞にとって影司は実の弟であり子供の様であり、そして成長するに連れて段々と異性として意識するようになって来た。

 特に記憶が一度消去された影司は昔のようにスキンシップで抱きしめ、驚いて恥ずかしそうな態度をとると余計にそう感じるようになる。


 霞と影司の関わりは五行学園以前からある。

 その頃に教育係を務めていた。

 親の期待に応えようとする健気な良い子だった。


 五行学園にいる頃も度々様子を見て、闇乃家の政治的影響力に屈し、孤立していじめられているのを見て涙した事もある。

 凛堂学園に通っている今もそうだ。


 だから家である庭付きの一件家の中だけでは、誠心誠意支えて甘えさせようと思った。


「あの・・・・・・何時も一緒に寝てるけど、本当に良いの?」


「わ、私は構わないわよ♪」


 自分の豊満バストを押しつけ、影司の男の体を包み込む。

 影司の吐息が、体温がとても気持ちいい。

 年頃の男の子はこれが喜ぶらしい。

 万が一理性に歯止めが効かなくなったら、その時は喜んで体を差し出そうと思った。


(もうそろそろ限界かしら・・・・・・だけど小春ちゃんもいるし・・・・・・)


 何時も辛い目にあってるのだ。

 これぐらいしても罰は当たらないだろうと思った。

 だけど小春の事を思うと心が痛むがこれぐらいの荒療治はしないと自分自身が気が済まないし、それに影司の心は持たないと思った。


「霞・・・・・・」


「なに?」


「どうして僕はいじめられるの?」


「それは・・・・・・」


「記憶が無くなったのと何か関係あるの?」


「・・・・・・」


 そう言って胸元でシクシク泣いた。


「知ってるよ。僕のために、小春と一緒に色々してくれてるって。だけどもう学園で過ごすの嫌。だけど通わないと今度は小春が巻き込まれる・・・・・・」


「・・・・・・ごめんなさい」


「謝らなくていいよ・・・・・・」


「・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい」


「霞、もっと抱きしめていい?」


「うん」


 ただただ深く抱きしめ、全身で体の全てを押しつけあう行為。

 泣き音が部屋に木霊し、まるでお互いの悲しみを確かめあっているようであった。



 ここまでが闇乃 影司が真なる覚醒を迎えるまでのお話。


 そしてここからが闇乃 影司が覚醒に至る物語。


 何時の間にか闇乃 影司は夜の校舎の上で横になっていた。


(そうか・・・・・・また城島達に痛め付けられたんだった)


 どうやら気絶していたらしい。

 衣服も剥ぎ取られている。

 全裸で放り出されていたようだ。

 肌寒い。風を引いてしまいそうだった。


(それよりもどうやって帰ろ・・・・・・いや、帰ってどうすんだ)


 体も顔も傷だらけ。

 惨めな物だと思った。


『本当に惨めなボウヤね?』


「だ、誰?」


『私は闇の女王――貴方を私の僕として迎えに来たわ』


 空中に浮かび、頭上から見下ろすようにとても魅力的で綺麗な女性がいた。

 黒いドレスに紫色の長い髪の毛。ドレスから溢れ出る豊満なバスト。

 ファンタジーの魔女と女王が融合した様な、そんな印象を持った。


 正直何が何だか分からなかった。

 とてつもなく嫌な気配を感じる。にも関わらず何故だか心の奥底では心地よく胸に響いていた。 


『一つ言うけど助けは来ないわよ。私の手駒相手に遊んでるわ』


「た、助け?」


 この時影司は知らなかったが退魔師達は皆この闇の女王を名乗る物の配下達と戦っていてとてもでは無いが影司の助けには迎えられなかった。


『貴方には莫大な才能がある。それがどうしても欲しくて欲しくてたまらなかったの』


(あれ――前にも似たような事が・・・・・・)


『そんな貴方にこれをあげるわ』


「え?」


 そしてゆっくりフワフワと闇の女王を名乗る女性の手の平からから紫色の大きなクリスタルがやってくる。

 大体缶ジュースぐらいのサイズだろうか?

 それが胸元に向かって飛んで来る。

 不思議とおぞましさや恐ろしさを感じない。


 自分の本来あるべき物が戻って来たかの様な印象すら感じた。


「か、体の中に入って・・・・・・あ、ああああああああああああああああああ!?」


 そして莫大な力の奔流が全身を駆け巡った。

 視界が脳が、内臓器官が、指や爪先が、何もかもがシェイクされるこの感覚。

 力は膨張を続け、その余波で校舎全体が震え窓ガラスが全部割れる。

 自分を中心にクレーターが出来上がっていき、やがて屋上の床を完全に倒壊させ、その場に浮かび上がったままの状態で更に力を増大させていく。


『ふふふ、いいわ!! とてもいい!! ここまでの逸材がいるなんて!! 何て素晴らしい星なのかしら!!』


 闇の女王は興奮していた。

 自分すら脅かす程の最強の存在が誕生したにも関わらず。

 既に今の闇乃 影司は時間さえ掛ければこの星を滅ぼす事だって可能な存在にまでなっている。


 他の適合者でも出来ない事は無いが、この闇乃 影司と言う男は頭一つ飛び抜けている。


『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 暗黒石の力で闇の戦士となった物宇宙空間で活動できる上に地球上のあらゆる兵器の直撃すら耐えられるのが基本スペックで更に特殊能力を得る。


 だが闇乃 影司は暗黒石との適合率が高過ぎた様だ。

 漆黒の黒い悪魔の様な外見になっている。

 漆黒の皮膚、胸と額のクリスタル。凶悪な鋭い双眼に野獣の様な口元。銀色の二本角。白い髪の毛を口元の両側と頭の後ろからポニーテールの様にして垂れ流している。胸部にはブラウンのボディアーマー。


 余程心に闇を抱えていたのだろう。

 普通なら防御面で心許ない外観のパワードスーツみたいな格好になるのだが完全に怪人化してしまっている。

 暗黒石だけで産み出した手駒とかも結構凶悪な外観だが闇乃 影司は群を抜いている。


『ふむ、暗黒石の男性への使用は確かに相性が良いみたいだけど、相性が良すぎるのが考え物ね――控えた方がいいかしら』


 闇の女王はそう評した。


「女王様。そろそろ撤収の準備を――」


 ふと黒いパワードスーツを着た少女が現れた。羽根飾りと触覚が付いたヘルメットに上着、羽を組み合わせた肩のプロテクターにセーラー服の上着に胸のリボン、ミニスカ、ロンググローブにブーツ、そして左腕のブレスレット。

 まるで黒いセイントフェアリーの様な格好をしている。

 他にも昆虫を模した様々な背格好のパワードスーツを着た少女達がいた。


『そうね――この子を回収したら――』


「待ってください!!」


『あら?』


 フェンスを跳び越える様にして屋上に愛乃 小春が現れた。驚異的な跳躍力だ。流石退魔師と言ったところか。

 くノ一を連想させる退魔師としての装束を身に纏っている。

 両手には小太刀を順手に持っていた。


『可愛いお嬢さん、貴方一人で何が出来ると言うのかしら?』


「貴方の目的は何なんですか!? それと――影司君は何処に!?」


『影司君? ああ、闇乃 影司君ならそこにいるわ』


「え?」


 圧倒的な力の奔流を止めない白髪の黒い鬼がいる。

 その光景に見覚えがあった。

 ゴウマから自分を助けて貰った時、似たような形態に闇乃 影司はなった。

 まさか――


「影司君!? 返事してください!!」


『無駄よ。徐々にだけど私の管理下に置かれ始めて行っているから――やがては完全な戦闘機械になるわ』


「そんな――」


『それよりも貴方、中々見込みがあるわね? 私の仲間にならない?』


「こ、断ります!」


『ふーん、まあ手駒も足りていますし、それじゃ消えなさい』


「え?」


 闇の女王の手から閃光が放たれた。

 閃光の先には小春がいる。

 その間に割って入り、手で防ぐ闇乃 影司。


『まさか――あの状態で意識があると言うの――』


『グワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 その事に驚愕した。

 今の闇乃 影司は暴走状態の筈だ。

 にも関わらず女の子を守る為に動いた。 


『女王様、他の連中もここに――』


『そう――それじゃ一端泳がせておくのもいいわね』 


 そして一端闇の女王達は姿を空の彼方に消えようとしていた。

 続いて退魔師達が次々と現れる。ボロボロで消耗仕切っていた。


「な、何だこの化け物は!?」


「禍々しい妖気を感じるぞ――」


「一体こいつは――」


 不穏な空気になった。

 今の闇乃 影司は化け物同然の姿だ。

 そして退魔師は化け物を狩るのが生業をとしている人々である。

 当然戦闘態勢に入った。


 そして影司は――


『クッ!?』


『グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 影司は完全に闇の女王を敵として認識したのか殴りかかった。

 防御障壁を張り、影司の拳をガードして止めるがヒビが入っていた。

 空中に浮かんでいる闇の女王の配下は攻撃態勢に入る。


「貴様!?」


「女王様に何を!?」


 次々と闇の女王の配下達が襲い掛かる。

 しかしまるで未来予知をしているかの様に次々と攻撃を回避し、反撃の一撃で吹き飛ばす。吹き飛ばされた戦士はまるで大砲から発射されたかの様な勢いで遙か彼方に吹き飛んで行く。

 普通の人間なら即死のレベルだろう。  


 他の退魔師や、攻撃する機会を逃した闇の女王の配下の戦士達。

 小春や闇の女王、黒いセイントフェアリーも惚けるしか無かった。


 圧倒的過ぎると思った。


「注意が彼方に向いている! こ、攻撃しろ!?」


 退魔師の一人が攻撃命令を下した。

 指を差し、その先には闇の影司がいた。


「ま、待ってください!!」


 止める間もなく、戦いが始まる。先程まで似たような化け物と戦っていたのだ。無理はない。

 武器や霊術による様々な種類の攻撃。 

 影司はそれを全て反射的に全て腕で弾き飛ばした。


「何て奴だ!?」


「攻撃を集中させろ!!」


「本当に待ってください! この人は、闇乃 影司なんです! 人間なんです!」


 そう言って小春は制止するが聞く耳を持たなかった。


 さらに不幸な事にこの退魔師達はある程度腕が立つが、皆闇乃家の以降に従う退魔師達であった。

 仮に小春の言う事を信じたとしてもこれ幸いにと影司を殺害するかもしれない。


『今のウチに引くわよ』


「ですが女王様――」


『さっきも言ったけど、少し泳がせてみるのも面白いかもしれないわ』


「分かりました――」


 そして闇の女王の一派はこれ幸いにと引いた。

 倒された配下もちゃっかり回収している。


 闇乃 影司は力の制御がある程度出来るようになったのかハァハァとひび割れた屋上の床に崩れ落ちた。


『小春――僕はどうなってるの?』


「き、気が付いたんですか?」


『この状況は何?』


「それは――」


 小春は退魔師達を眺める。


「まさか本当に闇乃 影司なのか?」


「どうする?」


「化け物にさせたとなれば責任問題になるのではないか?」


「でも、まだ子供だぞ!?」   


「ではどうするんだ」


 不穏な空気で言い争っていた。

 その時、守善 霞も遅れて駆け付けた。

 ボディスーツに動きを阻害しない範囲で鎧を身に付けている。


「小春ちゃん下がって!」


「待ってください! この人は、姿形も変わってますけど闇乃 影司なんですよ!?」


「え?」


『霞――なの? ――凄い格好してるね』


「その呼び方とこの声は――まさか本当に?」


 霞は影司に歩み寄った。


「ふーん、あの時と同じくテッキリ死んだかと思ったけどまた生きてたか」


 軽薄そうな男の声がわざとらしく大声で響く。

 比較的若い層の退魔師達が現れた。

 城島 春人のグループだ。黒いコートに手にはボウガンを持っている。

 今回の戦いは流石に無傷とは言かなかったのか衣装が乱れ切っていた。

 他の面々も似たり寄ったりだ。 


「それに化け物までにもなってさあ・・・・・・愛乃が言っていた話も嘘じゃ無いって事なのかな?」


「それは――」


 それは業魔の一件に関する報告書である。

 あの後、影司は普通の人間同然になっていた。

 だがこうして再び強力な力を持った化け物になれば信憑性も増すと言う物だろう。幸い目撃者は大勢いる。


『一体さっきから何の話をしているの!? 愛乃も霞も、何を隠しているの!?』


「化け物になった出来損ないは黙ってろよ。どうせ良くても実験台だ。この場で引導を渡してやるよ」


 そして城島 春人はボウガンを放った。

 霊力で形成された弓矢だ。再装填しなければならないと言う手間が省ける為に連射が可能である。

 それに城島 春人は若いながらもエリートとして将来を約束されている程の実力を持っている退魔師でもある。


『小春!?』


「ぐっ!?」


「へえ、逆らうんだ――」


 小春は小太刀を振って霊力の弓矢を叩き落とした。

 次々と連射する。


「何てことを――」


 霞はそれを止めようとしたが――


「お待ちください――」


「貴方達は!?」


 霞の前に立ちはだかる様に編み笠に仮面を付けた黒いコートの退魔師達が現れる。

 闇乃家暗部の実働部隊だ。


『闇乃 影司はこの場で捕らえる。不可能な場合は殺害せよと言う命令が下りました』


「それは誰の命令ですか!?」


『ソレを知る必要はありません――』


「そこを退きなさい!」


『貴方の腕でもこの人数相手の我々に勝てませんよ』


「それでも私は――影司のために剣を振るう!!」


 そして霞も太刀を振るう。


『な、何が起きてるの――』


 闇乃 影司はどうしていいか分からずおろおろしていた。

 小春に守られ、霞に守られ、そして自分は戦う決心が付かないままただ守られている。

 何て情けない事かと思った。


「そろそろ限界じゃないかな、小春!?」


「あっ!? くっ!? うぁ!?」


 殺さない程度に痛ぶるつもりなのか、霊力の矢が次々と小春の体に突き刺さる。

 鮮血が舞い、その場に膝を付く。


『もう止めて!! 小春が死んじゃう!?』


「それは君なんかを庇っているからだよ」


『それは――』


「君は世の中にとって邪魔なんだ。不要な存在なんだ。才能豊かに産まれていればこうはならなかったろうに!?」


『何の話しだよ!?』


「そうか。君は記憶が無くなってるんだったね・・・・・・まあもうそろそろ遊ぶのにも飽きた。死んじゃえよ」


『!?』


 他の退魔師達が一斉に攻撃を仕掛けて来た。

 小春は不味いと思った。学園の退魔師は殆ど闇乃家の息が掛かった連中である。

 闇乃家の承認と言う大義名分を得たのならば攻撃に迷う事はなかった。


『え?』


 退魔師達の凶刃は届く事はなかった。

 咄嗟に霞が庇ってくれたからだ。

 複数の退魔師の凶刃を一手に引き受けた。

 だが血が大量に流れ出てくる。


『霞――』


「ごめん・・・・・・ね・・・・・・影司君――生きて――」


「はははは!! そんな化け物を庇うからそうなるのさ!!」


「私も・・・・・・もうダメかな――」


『小春――』


 小春も体を打ち抜かれ過ぎて出血多量になっているのだろう。

 何時の間にかそのまま倒れ伏していた。

 直ぐにでも傷を塞いで輸血しなければならない。


『誰か、誰か助けて!! 僕の事はどうでもいいから二人を助けてよ!!』


「はははは、助ける奴なんていないよ!! 化け物を庇うから悪いのさ――」


『化け物――』


 城島 春人の言葉で心が黒く染まっていく。

 どうして二人は死ななければならなかった?

 自分のせいなのか?


 何もかも自分が悪いのか?


 自分が化け物になったから?


 全て自分のせい――


「影司君――ごめんね――」


『小春、返事して――小春、小春――!!』


 揺さぶっても、もう返事しない。

 体が冷たい。

 ただ目元から涙を流して悲しそうに彼女は死んだ。


 死んだのだ。



 ――退魔師・・・・・・止めたいけど、止めたら何もかも失いそうで恐いんだ。だから止められないんだ。


 ――私はなりたいな。


 ――どうして? 命を落とす危険があるんだよ?


 ――お姉ちゃんみたいな退魔師になるのが夢なんだ・・・・・・その夢を捨てたくないんだ。


 ――そう・・・・・・。


 ――影司君はどうしたいの?


 ――・・・・・・本当はもうこの学園から出て、普通の子供として自由に生きてみたいな。


 ――それでいいの?


 ――いいんだ。皆自分の事を落ち零れって言ってる。家の人間も同じ。たぶん使い捨ての駒の様に扱われると思う。


 ――そんな・・・・・・酷い・・・・・・。


 ――優しいんだね君は。


 ――え、あ・・・・・・うん。


 欠けた記憶の一部が蘇る。

 それは小春との思い出。


 辛い中で得た一時の平温。 

 そして互いの夢。


『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 力の放出が始まる。

 霞と小春の遺体が光の霧となって吸収される。

 影司の力の放出でダメージを得ていた校舎が倒壊を始めた。


「に、逃げろ!?」


「お、置いてかないでくれ!!」


 慌てて退魔師達が逃げ出そうとする。


『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』 


 校舎が完全に倒壊した。

 粉塵を周辺に撒き散らす。

 それだけに収まらず、大気が震え、地震が発生していた。

 肩のプロテクタ―が肥大化し、両腕と両足に水晶が想像され、背中に昆虫の羽が伸び出る。

 より悪魔的に禍々しくその姿を変異させた。


「一体何が・・・・・・」


「我々は――我々は――とんでもない化け物を産み出してしまったのでは――」


「これは闇乃家の犬に成り下がった我々に対する罰なのか・・・・・・」


 退魔師達は戦慄していた。

 今の影司から感じ取れる生体エネルギーは最早強いとかそう言う次元では無い。

 控えめに見ても一方的に殺されるだろう。


「に、逃げますか?」


「いや、遅い――逃げても悪戯に被害を拡大させるだけだ」


「では黙って殺されろと!?」


「・・・・・・」


 実力の差は明らかだった。

 城島 春人は余りの変化に腰を抜かしている。

 退魔師達は諦めたのかその場に居残った。

 中にはこの場にいない生徒達に近寄るなと念話を必死に飛ばしている人間もいた。


『ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・』


 一歩一歩、闇乃 影司だった存在は運動場を踏み締める。

 闇乃 影司のパワーは力がまだまだ際限なく上がっている。底が見えない。


「ひ、ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」


「ま、待て!?」


 恐怖の余り退魔師の一人が逃げ出した。

 しかし闇乃 影司は一瞬にして超スピードに突入。

 ソニックブームを巻き起こしながら逃げた退魔師の先に回り込む。

 そして胸に手を突き刺した。


「ゴフゥ!?」


 背中に突き出た手には心臓を握りしめていた。

 それを強引に引き抜いて、口元に押しつけるようにして頭に叩き付けた。

 地面に激突し、割れたトマトの様に血と一緒に脳味噌や骨の破片が弾け飛ぶ。

 あまりにも凄惨な殺し方に誰もが息を飲んだ。


『グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 咆哮。

 余りの咆哮で大気が震え、音量の凄まじさで耳を塞いで蹲る。

 その隙を逃さず、また一人また一人と殺していく。


「あ・・・・・・あ・・・・・・な、何なんだよ・・・・・・さっきとはまるで別物――」


『グルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 仲間を見捨てて城島 春人は逃げ出していく。

 後ろから悲鳴や断末魔が聞こえる。

 とにかく殺し方が直視出来ない程にエグイ。

 男だろう女だろうがお構いなしだ。

 最後に見たのは頭を掴んで脊髄諸共体から引っこ抜かれ、それを凶器にして襲い掛かるとかそんなシーンとかだ。


 相手の動きが速すぎる。

 攻撃が通用しない。


 退魔師と言うのは刺激的なハンティングだった筈だ。

 ゴウマの様な強者とは戦わずテキトーに弱者を選んで倒していれば賞賛される肩書きだった筈だ。

 なのに何だこれは?


 眠れる獅子どころか封印された邪神か何かを呼び起こしたかの様な惨劇だ。


『キジマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


「ひ、ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」    


 その声に反応して全力で逃げた。

 建物の被害など構わず、自分の力を最大限に発揮して殺そうとした。

 しかし全然攻撃が効いてない。少し相手が怯むだけだ。


(そうだ! 闇乃家まで逃げれば――)


 そう希望的観測を持って、ビルの屋上に着地した所だった。


『キジマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! オマエダケハ!! オマエダケハコロス!!』


「うわああああああああああああ!?」


 先回りして豪腕を振り下ろした。

 床が砕け散り、そのまま自分で作った穴の中に落下していった。

 それを馬鹿にして笑い飛ばす余裕はなかった。


 途中何度か闇乃家の暗部の実働部隊などが来たが碌に時間稼ぎも出来ず死んでいった。

 そうこうしているウチに闇乃家の本家前に辿り着いた。

 神社に見える広い武家屋敷で既に事態を察知していたのか闇乃家の退魔師達が石畳の上に集まっている。


 これで助かる。


 そう思った時だった。


『キジマアアアア・・・・・・コロス、ゼッタイニコロス!!』


「うわああああああああああああああ!?」


 眼前に降り立った。大量の人間をどれだけ惨たらしく殺したのか返り血で全身が真っ赤に染まっている。

 もう春人はワケも分からず手に持った霊力の矢を発射するボウガンを乱射した。

 闇乃家の人間も構わずコロス勢いで矢を乱射した。

 影司にも当たっているが、物ともせず近付いてくる。


『いやだあああああああああああああああ!! 誰か、誰か助けて!!』


 眼前まで近寄られたところで失禁して倒れ込み、それでも這い蹲って逃げようとする。

 しかし頭を掴まれ。

 そして右腕を引きちぎられた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!? あああああああああああああ!? あああああああああああああああ!!」


 続いて左腕、両足を引きちぎる。


「や、やめいでぇ、いでぇええええええええええええええええええええ!!」


 最後に胴体に手を突っ込み、様々な臓器を力任せに引き抜いていく。

 最後に両目すらも引き抜いた。


『はあ・・・・・・はあ・・・・・・はあ・・・・・・』


 全身が返り血の赤で真っ赤に染まっていた。

 地面には城島 春人だった物が散乱している。

 しかし退魔師達もただ突っ立っているわけではなく、最強の霊術を完成させていた。


「流石にこれを食らえば!!」


 四方八方から鎖が。

 天から轟雷が。

 地面がマグマになり、城島 春人の遺体はマグマの中へと消える。

 そして風に乗せて霧に毒を仕込む。

 どんな妖魔も殺せる最強の手段だ。


『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』 


 にも関わらず、闇乃 影司は死ななかった。

 それどころか更に力を増大させている。

 轟雷を何度受け手もマグマの中を歩みながら鎖を引き千切り、前身を止めない。

 毒も効いている気配がない。


「馬鹿な!?」   


「これでも死なないのか!?」


「轟雷の霊術を収束して放て!!」


「それでは町に被害が!!」


「いいからやれ!!」


 今度は先程の落雷を収束させた合体霊術で消し飛ばす算段だ。

 退魔師数百人分の合体霊術が収束し、極大な閃光が解き放たれる。

 光が闇乃 影司を飲み込んだ。

 そのまま光は突き進んでいく、町の遠くの方で大きなキノコ雲が発生する程の衝撃波が出る。


「へ、へへへへ。やっちまった・・・・・・」


「これどうするんだよ」


「知るか。幾らでも権力でも揉み消せる――」


 などとどうするか語り合ったその時だった。


『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』


「嘘だろ!? まだアイツ死んでないぞ!?」


「傷一つ負ってないぞ!?」


「もうゴメンだ!! 闇乃家はもうお終いだ!!」


 逃げようとした。

 しかしお返しとばかりに額がカッと輝くと巨大な光の柱が上がった。

 悲鳴をあげる間もなくその場にいた退魔師達は全員消し飛んだ。

 ただクレーターがあるのみである。

 その余波は闇乃家の屋敷をも巻き込み完全に倒壊させる程の威力だった。


『ぐううううううううううううううううううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 攻撃目標が無くなった闇乃 影司はその場から消えた。

 残ったのは廃墟となった自分の家、町、そして校舎である。

 サイレンが彼方此方で鳴り響く。

 皆、救助の声を上げていた。


『コレモ、オレノセイナノカ――オレハ――ナニヲヤッテイルンダ・・・・・・』


 徐々に正気に戻りながらも罪の意識に押し潰されそうになった。



 この一連の騒動で多くの退魔師も一般人も犠牲になった。



 凛堂学園がある凛堂市は闇乃 影司の戦いの巻き添え(主に闇乃家側の退魔師のせいだが)で・・・・・・多くの住民が犠牲になり、自衛隊が出動して救助活動に当たると言う前代未聞の事態になった。



 そして闇乃家は跡取り息子である闇乃 影司の手で再起不可能のダメージを負い、主戦力である暗部の実働部隊も全滅。政治的影響力はほぼ皆無となった。


 また退魔師社会は凛堂学園が崩壊し、闇乃家の退魔師の主立った人間がほぼ全員死亡。

 さらに以前、最大の退魔師養成機関である五行学園でも大勢の退魔師が死亡したのも含めると日本全体が退魔師不足となった。



 退魔師社会を牛耳る退魔師協会もこの事態を招いた責任があると他の退魔師達から責任を追及され内部分裂を引き起こす事になった。


 政府側もこの事態を招いた責任が退魔師であると知り、退魔師に対して冷遇措置を迷う事なく実行する。 



「女王様? 本当に放置してよろしいので?」


「ええ。今はね――少しこちら側の手駒も手痛い目に合ったし、それに彼の力――」


 闇の女王一派は退魔師達との抗争のダメージを癒やすのと闇乃 影司を見極める為に暫くの静観を決め込む事にする。

 しかし彼達が再び動く日もそう遠くはないだろう。



 そして最後に闇乃 影司はと言うと――暫く無気力に、霞と一緒に過ごした家の中で過ごしていた。

 家の一軒家は窓ガラスが割れていたがどうにか倒壊は間逃れていた。


 また、あの戦いの後人間の姿に戻れたが、容姿も様変わりしていた。

 長い白髪に、赤目、純白の肌に女性その物の様な抜群のプロポーション。

 女装しても恐らく違和感は無いであろう容姿だった。


 最初は驚きはしたがスグにどうでもよくなった。


 そうして溜まっていたアニメやマンガなどをほぼ不眠不休で消化し尽くし、やる事がなくなり、小春と霞が死んだ時の映像が流れる悪夢に苦しめられながらも彼はふとインターネットで天照学園の話題に目をやった。

 そして誰かが撮影したらしいセイント・フェアリーに目をやる。それを見て次に何をするべきかが決まった。


(自分を化け物に変えた奴はまだ生きている)


 まだやるべき事が残っている。

 その事に気付いた。

 あの時、黒いセイント・フェアリーがいた。

 デザインが似通っているのは偶然だろうか?


(仮に無関係だとしても、何かしらの形で関わる筈――)


 そして荷作りを始めた。


(闇の女王、黒いセイントフェアリー・・・・・・セイントフェアリーの活動拠点は天照学園――)


 小春と霞を失うキッカケを作った闇の女王を許すわけにはいかない。


 彼は天照学園へと旅立った。





「おお、特撮の世界が現実にある学園とは聞いていましたが本当にそうだとは思いませんでした」


『へ?』


 そして闇乃 影司は生涯の友人、倉崎 稜と出会う事になる。

    

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