闇乃 影司サーガ前編


 世の中には人ならざる物が存在する。


 呼び方は様々だ。


 妖怪、妖魔、アヤカシなどなど――


 その存在から人々を守るのが退魔師である。


 その退魔師の中でも強大な権力を誇る家系。


 それが闇乃家であった。



 闇乃 影司。


 闇乃家の長男として産まれ、次期頭首として英才教育を施された。

 しかし直ぐにそれは頓挫する事になる――


「まるで才能が無い」


「本当に闇乃家の人間なのだろうか?」


「あれで大丈夫なのか?」


 闇乃 影司は才能が欠片も無かった。

 霊的能力が無く、身体能力も乏しい。


 後に産まれてきた弟や妹は抜群の才能を見せ、益々影司は家に居場所が無かった。


 良いか悪いか分からなかったが、容姿が良かったので種馬としての価値があった事だ。

 本人はそんな事気づきもしなかったが。


 そうして時は流れ、彼は退魔師の養成学校「五行学園」に入学した。

 中高一貫教育の全寮制で人里離れた自然に囲まれた学園でありながら多くの退魔師の卵達が集まる育成機関である。 


 ここに闇乃 影司は入学させられた。

 闇乃 影司は退魔師として育成させる目的ではなく、退魔師社会の常識を学ばせる目的もあったと言う。


 だが彼の生活は困難を極めた。


「なっとらん!! もう一度だ!!」


「闇乃家の跡取りがどうしてこんなにも――」


「退魔師として生きていくのは止めさせた方がいいのではないのか?」


 大人達の反応ですらこうだった。

 同じ生徒達からも――


「どうしてあんなのが退魔師になろうと思ったのかしら?」


「同じ班で散々だったぜ」


「全く、足手纏いにしかならないわ。さっさと消えてくれればいいのに」


 と言う感じで皆は接していた。

 けれども闇乃 影司は幼い頃からそんな扱いだったのだ。


 それでも彼は悪い意味で順応してひたすら努力を続けた。

 そうしないとまるで家族との繋がりが断たれてしまう気がしたからだ。


 この時の影司は世間で言うなら中学生の年代である。

 大人の手助けも同年代の少年少女の助けもなく、ただただ独りで生きていくのは余りにも過酷な環境だった。


 もう心は壊れていたかも知れない。


 だが運命は残酷な物で彼にとって最初の地獄が始まろうとしていた。

 この当時退魔師の世界では異世界からの侵略者「ゴウマ」の一派との戦いは熾烈を極めていた。

 五行学園もそれ関連で防備を固めており、手が足りないので優秀な退魔師は経験を積ませる為に学生であっても派遣したと言う。


 余談だが天照学園や極秘期間ジェネシスの戦いに協力をしていたと言われている。

 またジェネシスでは退魔師の為の専用の変身システムも開発されていた。


 もっとも闇乃 影司からすればどうでもいい他人事である。

 大きな変化が訪れたのは中学二年生の事だった。


「影司君は何時も辛そうだね」


「うん・・・・・・」


 愛乃 小春。

 銀髪のショートヘアーの女の子。

 小柄で可愛らしい同じ退魔師の卵。

 影司と同じく落ち零れの部類に相当する人間であり、もしも闇乃 影司が居なかったら彼女が虐められたかもしれない。

 学園の裏手にある湖でよく二人は密会するようになっていた。


「退魔師・・・・・・止めたいけど、止めたら何もかも失いそうで恐いんだ。だから止められないんだ」


「私はなりたいな」


「どうして? 命を落とす危険があるんだよ?」


「お姉ちゃんみたいな退魔師になるのが夢なんだ・・・・・・その夢を捨てたくないんだ」


「そう・・・・・・」


「影司君はどうしたいの?」


「・・・・・・本当はもうこの学園から出て、普通の子供として自由に生きてみたいな」


「それでいいの?」


「いいんだ。皆自分の事を落ち零れって言ってる。家の人間も同じ。たぶん使い捨ての駒の様に扱われると思う」


「そんな・・・・・・酷い・・・・・・」


「優しいんだね君は」


「え、あ・・・・・・うん」


 と、お互いの事を語り合った。

 時には愚痴りあったり。

 そんな風にして生きて来た。


 だがそんな日常もはかなく崩れ去って行った。


「まーた無駄な努力をして。落ち零れ君は辛いねえ」


 城島 春人。

 同じ学年でありながら上級生にも、高等部の人間からも一目置かれる程の人間で、当然彼を中心とした巨大なグループが出来上がっていた。

 そして何時も彼は闇乃 影司を中心に遊んでいた。

 訓練と称した集団リンチが専らの流行だった。


 努力の量では影司が勝っているが世の中不公平な物で、百の努力でやっと一の成果しか出せない人間もいれば、十の努力で百の成果を叩き出す人間もいるのだ。

 影司の場合は前者である。

 そうして何時もボロボロになって倒れ、保健室に運ばれ、そして自分は何をしているのだろうかと自問自答する日々。


 だがそんな学園生活も終焉を迎える事になった。


『この学園にいる人間どもよ!! ゴウマ様復活の降臨の糧となるがいい!!』


 ゴウマの襲来。

 押し寄せる大量の妖怪軍団。

 教師陣や警備の為に駐留していた退魔師達は数に飲まれていた。

 生徒達も突然の奇襲に混乱し、また一人、また一人とその命を散らせて行った。


 影司は駆け付けて来た小春と共に木々が生い茂る山の中を逃げていた。

 しかし包囲網は既に完成されており、逃げ場など何処にもなかった。

 そして何時もの湖で遂に追い詰められた。


『漸く見つけたぞ、闇乃家の人間よ・・・・・・』


「ぼ、僕?」


『そうだ!! ゴウマ様の完全復活には貴様の力が必要なのだ!!』


 ゴウマの幹部格らしい黒い鎧武者にそう宣言された。

 周囲には足軽の姿をした妖魔が囲んでいる。


「どうして僕なんですか? 僕は何も――」


『クククク、貴様は気付いてはおらんようだな――自分自身では気付いてはおらんようだが貴様には天賦の才がある』


「天賦の才・・・・・・?」


『貴様の不幸は人間の世界で育った事よ!! 我々がいるアヤカシ界や魔界で育っていれば今頃は歴史に名を残す程の存在として君臨できた物を――』


「え、影司君をどうするつもりですか!?」


 声と腕を振るわせながら二振りの小太刀を構える小春。

 顔も死の恐怖で青冷めさせている。


『ゴウマ様の復活には条件がある。莫大な怨嗟と言う感情。それを受け止めるための器と操作する術者だ』


「それが影司君なんですか!?」


『それもあるが・・・・・・その小僧は予言によればとんでもない存在となり、アヤカシ界や魔界、人間界にとっても多大な影響力を及ぼす存在となるだろうと出ている。どの道無視は出来ん』


「そんな・・・・・・嘘だ!?」


 思わず影司は叫んだ。

 じゃあ今迄の自分は何だったのか?

 今迄の努力は無意味だったのか?

 様々な感情が沸き立ってくる。


『その事はこの学園の人間も、そして闇乃家の人間も気付いているかも知れんな・・・・・・さて、冥土の土産はここまでだ。始めるぞ!!』


 そして禍々しい宝玉を取り出して影司に向かって投げつけた。


「うわあああああああああああああああああ!?」


 ズブズブと宝玉は胸の中に吸い込まれていき、紫色の禍々しい波動がそこかしこから影司に集まっていく。


「影司君!? 影司君に何をしたんですか!?」


『この学園で集められつつある怨嗟の感情を収集する宝玉を埋め込んだ! その小僧は今より多くの怨差の感情を収集できる器となっている!!』


「そんな事したら――」


『並の退魔師なら崩壊するがこの小僧は違う!! この小僧はゴウマ様復活の為に十分な程のエネルギーを生み出す事が出来るのだ!!』


 凄まじい勢いで負の感情エネルギーが吸引されていく。 


『驚いたな・・・・・・学園だけでは無い。もっと広範囲から負のエネルギーを吸収している!! それでもまだ崩壊せんとは素晴らしいぞこの小僧は!!』 


「止めてください!」


『もう遅い!! ふん!!』


 そして手の平を向けて念じた。

 すると影司は光に包まれ、天に紫色の光の柱を産み出し、上空に禍々しい穴を開けた。


「アレは――」


『光栄に思うがいい小娘! ゴウマ様の復活だ!』


 そして穴から現れた。

 五十mを超す巨大なドラゴンの骨格。

 そのドラゴンの骨格のの内側に青い炎が灯っており、ドラゴンの羽の翼膜も炎で形成されている。

 この炎が本来の肉体なのだろう。ドラゴンの骨格はその形を整えている器に過ぎない。

 信じられない程の負のエネルギーだ。

 まだ未熟な小春でも分かる。


 アレは人間が倒せない。


 神話の時代の大英雄でしか倒せない怪物なのだと。

 学園の彼方此方で敵の歓声が上がる。

 そして骨の五指をまだ人が大勢いるであろう学園に突き出し、禍々しい紫色の閃光が雨の様に放たれた。


「あ・・・・・・ああ・・・・・・皆の・・・・・・皆の霊力が消えていく・・・・・・」  


 世界の終わりの様な現実だった。

 閃光が放たれる度に次々と霊力が、人が消えていくのを感じた。

 殆ど殺し尽くした所で学園を踏み潰す様に降臨した。


『はははは!! ゴウマ様が完全復活なされた!! これで我達の天下だ!!』


 小春は死を覚悟した。

 ふと闇乃 影司に目をやる。


『うん? この小僧――まだ負の感情を溜め込んで・・・・・・』


 ゴウマの幹部が異変を感じ取った。


『ば、馬鹿な――アレだけ放出したのにまた吸収を始めて――!?』


 闇乃 影司の姿は変わっていた。

 銀色の角。

 額と胸部に埋め込まれた紫色の水晶。

 野獣の様な口。

 有機的な漆黒のボディ。

 鋭角的な肩のアーマー。

 ドラゴンの様な尻尾に羽。

 鋭い指先に爬虫類を思わせるツメが伸びた足元。

 頭部から生える白い髪の毛。

 漆黒の黒い悪魔と言う言葉が相応しい禍々しい姿になっていた。


『ふふふふふふ、アレだけの怨差の感情をマトモに浴びれば無事で済む筈があるまい。我々と同じ妖魔となったか』


「そ、そんな・・・・・・」


 変わり果てた影司の姿を見て絶望する。


『さて、小娘。そろそろお前にはご退場願おう』


 そして刀が水平に振るわれた。

 高速の一閃が小春の首を跳ね飛ばす。 

 筈だった。


『なに!?』


『・・・・・・小春に手を出すな』


 何時の間にか小春の傍に移動し、左手で刀を掴んで握りつぶす。

 そしてもう片方の手で顔面を消し飛ばした。

 周囲にいた雑兵も攻撃しようとするが腕を振るっただけで背後にいる木々諸共掻き消された。


「た、助けてくれたの?」


『もう化け物同然の体になったのは分かる。けどやらなきゃいけない事があるから』


 そして影司は空高く跳躍した。

 向かう元はゴウマの元だ。


『ほう――シュライバを一撃で倒すとはな――これが闇乃家の跡取りか・・・・・・』 


『ご託はいい。死ぬ覚悟は出来たか?』


『ほっほっほっほっ・・・・・・小童がほざきよるわ!!』


「ゴウマ様が手を下すまでもない! まず我々が――」


 ゴウマの配下達が四方八方から飛んでくる。

 並の退魔師では太刀打ち出来ない戦闘力を持っているのを感じる。

 更にゴウマが復活した影響もあるのだろうかとんでもないパワーを持つ奴もいる。そいつがいわゆる敵の大幹部なのだろうと思った。


「はっ?」


「え?」


 しかし影司は次々と一撃で倒して行く。

 徒手空拳で。

 時には閃光を放ち。

 また時には首を引き抜いたり、心臓を抉り取ったりなど、残虐な殺し方で屠っていった。


「ゴウマ様ぁああああああああああああ!?」


「馬鹿な!? こんな奴が人間界に!?」


「我々はゴウマ様と一緒にとんでもない化け物を目覚めさせたと言うのか!?」


 そうしてあっと言う間にゴウマと影司の一対一になった。


『ふははははは!! 見事であった!! どうだ!? 私と手を組むつもりはないか!? そうすればこの世を自分が思いのままに出来るぞ』


『断る』


『ほう断るか? 何故人間の味方をする? 知っておるぞ、ぬしはずっと同じ人間に虐げ続けられていた事を! にも関わらず人間の味方をすると言うのか!?』


『それでも断る』


『ふふふ、何時か後悔する事になるぞ!? お前の未来は茨の道じゃ! 例え我を倒したとしても延々とお主はその道を歩む事になるのだぞ!?』


『ああ、未来予知するとそうなるらしいな』


『ほう。未来を見る事が出来るのか?』


『クサっても退魔師なんでな・・・・・・悪いがお前の誘いはお断りだ』


『ふはははは!! 面白い人間だ!! 自分が歩む道が絶望の未来だと知りながらあえて進むか!!』


『ああそうだ。お前には一生分からないかも知れないだろうが、何時か出会うかも知れない大切な人々の為なら、俺は未来永劫を戦う道を選ぶ』


 この体に変化する途中、永遠にも近い時の中で影司は見た。


 何時か出会う未来の、本当の友人と呼べる人々を。

 愛する人々を。

 衝突して失って、何度も絶望や後悔をした。


 そして世界は幾度も存亡の危機に陥いる。


 だが世界は絶望ばかりではない。


 希望はある。


 数々の困難を乗り越え、その希望の可能性を求め続ける事が神々すらも超える本当の意味でのシンカへと到達出来る。


『ゴウマ、俺もお前も――今はまだこの時代には存在してはならない』


『ぬ? 貴様!? 何をするつもりだ!?』


『お前の運命は決まっている。本来の歴史でも、そして様々な歴史でもお前はここで俺に倒される運命にある』


 闇乃 影司は体の中に渦巻く負のエネルギーを全て解放した。

 その余波でまだ無事だった校舎が全て倒壊する。


『まさか、自爆するつもりか!?』


『いいや違う、手放すのさ。この力を――』


『それだけ強大な力を持ちながら何故手放す事が出来る!? 復讐したいとは思わないのか!?』


 ゴウマは必死の思いで攻撃を開始する。

 両手から頭部から、胴体から閃光を放つ。

 一発一発が並の退魔師どころか軍艦程度なら一撃で沈むレベルの一撃だ。

 だが影司のエネルギーの放出の勢いは止まらない。


『それを決めるのは少なくとも今の俺じゃない。未来の俺だ――』


 ――さようなら、小春。


「え?」


 自失呆然と眺めていた小春の脳内に影司の声がハッキリと届いた。


 そして影司はアッパカットでゴウマの五十mを超える巨体を空中に打ち上げた。

 影司は廃墟同然と化した五行学園の運動場に着地し、全ての生体エネルギーを解放した。


『終わりだ!!』


 ゴウマの巨体を十分包み込む程の巨大な閃光が放たれた。


『まさか――まさかこんな事になるとは――うわあああああああああああああああああああああああ―――――!?』


 光の中でゴウマは塵一つ残さず消滅した。


 影司が放ったエネルギーの閃光は地球圏を突き抜け、広大な銀河の彼方に消えていったと言う。


 これを観測した世界各国は大騒ぎとなり、日本が大量破壊兵器を開発して実験を行ったとか、宇宙人の攻撃だとか様々な憶測が飛び交う中で世界は日本に状況を説明した。


 そして日本政府は極秘裏に調査を進め、退魔師達に伝手がある議員などが退魔師達に説明を求めたが、五行学園の教職員、警備に当たった退魔師はゴウマの一派の手で殆ど死亡していた。


 ただ一人証言出来たのは小春一人だった。


 だが闇乃 影司は記憶を喪失し、そして霊能力も依然と同じく皆無になっていた。

 体内に埋め込まれたらしい宝玉も無くなっていた。


 そのため小春の証言はまともに扱われず、この事件は表向き五行学園が多大な犠牲を払ってでゴウマを倒したと言う事になった。

 一連の騒動で多くの退魔師達が死亡し、そしてゴウマ達を含めたアヤカシ界も大人しくなり、退魔師達は勢力回復に全力を注ぐ事になる。


 生き残った僅かな退魔師は引退して普通の社会で生きていく道を選んだり、その傍ら退魔師として戦う道を選んだ。


 小春は闇乃 影司を見守る道を選んだ。


 そして闇乃 影司は監視を付けられながら記憶喪失した少年として退魔師とは関わりの無い普通の学校に入学する事になる。 


(これで良かったんですよね?)


 高校の入学式、小春は影司を視界に捉えながら思った。


 記憶を失い、監視者として派遣された守善 霞と共に手取り足取り闇乃 影司を支えて来た。


 今迄辛い人生を歩んで来た反動なのかすっかりオタク化して本棚にはマンガやラノベが並んでおり、一日中ネットやスマフォに齧り付いて、密かにギャルゲー、それも男の娘が主人公の美少女ゲームに手を出したりしている。


 もうあの頃の、五行学園の闇乃 影司はいない事を嫌でも教えてくれる。


 これからはきっと幸せな人生が待ち受けているだろう。


 そう願わずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る