ヒーローロード・外伝

MrR

ニートと放浪娘


 谷川 亮太郎が気晴らしに外に出た時、俺は奇妙なオモチャ屋に辿り着いていた。


 周囲は青白い霧に包まれている。

 

 眼前には戦隊レッドの頭部を模した店があった。

 入り口の自動ドアを抜けると店内には所狭しと見た事も無い特撮グッズが並べられている。

 店員はエプロンに戦隊レッドの仮面を被っていた。

 

『いらっしゃい。ここは霧の玩具屋。ヒーローになれる資格を持った物しか入れないオモチャ屋だ』


 それが霧の玩具屋と店主との出会いだった。




 天照学園。

 世界最先端を誇る日本の教育機関。

 人工島の上に建設され、学園島とも呼ばれている。

 一つの独立国家としても機能する程の高い権力と影響力を持つ。

 

 だが最近は物騒な事件が起きている。


 特撮物に出て来そうな怪人が現れているらしい。

 

 その怪人はメチャクチャ強く、銃弾程度では止まらなくて、車を持ち上げる程の怪力を持つ。

 学園島には自治組織として警備部があり、日本警察よりも上の装備を持つが彼達のレベルの装備では歯が立たず、軍事部門を投入してようやく対抗できるらしい。


 そんな化け物が何体も登場しているにも関わらず、都市機能が麻痺していないのは同じくヒーローの存在だ。

 まるで特撮物のヒーローの様に怪人の前に立ちはだかり、倒して去って行く。

 総じて彼達の事をヒーローと呼ぶ。


 ニートであり、オタクでもある彼、谷川 亮太郎にとっては他人事でしかなかった。


 力を手にしたあの日までは――


 

 川島 愛菜(かわしま あいな)は現実逃避の真っ最中だった。


 赤味掛かった長い髪でボリューム感があるポニーテール作っており、可愛らしいと言うよりちょっと野性味溢れる目つきが特徴な整った顔立ち。

 小柄で華奢な体付きで年相応と言ったところだろう。

 冬場に合わせた黒いカジュアルな格好をしていて、手には大きな旅行用のトランクケースを持っていた。

 旅行者にも見えなくはない。 


 煌びやかな店が並ぶ街の入り口の駅前でそこら辺に座り込み、これからどうするか考え込んでいた。


(神待ちサイトでも利用して体でも売ろうかな・・・・・・だけど売ったら後々メンドくさそうだし・・・・・・)


 だけどこれからどうすれば良いのか分からないし、分かったとしても上手く体が動かない。

 そんな感じだ。

 

 ――貴方なんか産まなきゃ良かった。


 もう数年前に言われた母親からの言葉。

 その時の表情と言葉、それに込められた感情は未だに覚えている。

 そして母親が消えて、父親は荒れて、家庭はトントン拍子に崩壊して行った。


 最終的に家すらも無くなり、ホームレスになった。つい先日の話である。


 正直訳が分からなかった。


 だがそれが現実である。


(だけどそれしか方法無さそうだし・・・・・・)


 自分が思うままにこの学園島まで来たが、ただただ虚しさが募るだけだった。

 学費も払えないからこのまま高校中退だろう。


 携帯代もストップ。


 アルバイトしてたからそこそこの資金はある。

 問題は当面の生活。


(当面はネカフェで過ごすとして履歴書とかどうすれば良いだろう?)

 

 一応制服はあるがそれに着替えるとして住所とか何て書けば良いのだろうか?

 次々と不安が募る。 


「なあお姉ちゃん、俺達と遊ばないか?」


 考え事をしているとガラの悪い三人組が寄って来た。

 とても頭が悪そうだ。年の頃は自分ぐらいだろうがマトモに学校に通ってるかどうかすら怪しい。 


「あ――ごめん無理。他の人に声かけて」


 そう言ってトランクと一緒にその場から離れる。

 体売るにしても出来る限り相手は選びたかった。

 こんな奴達に売る程自分は安くないと言い聞かせる。

   

「まあいいじゃねえか――」


「ちょ、やめて――」


 強引に引っ張ってくる。

 周囲の人は見て見ぬふりをしていた。


(まさかこれってやばいんじゃ・・・・・・)


 危機感を覚えた。

 このままだと強姦されるんじゃないかって。

 女の子にとってセックスと強姦は全くの別物だ。

 

 力尽くで振り解こうとするが中々離れない。


「やめないかな。その子嫌がってるじゃないか」  


 そうすると。

 一人の少年がフラリと歩み寄ってきた。


「なんだこいつ?」


「良い子ちゃんぶってると怪我するぜ?」


 口々に言う。

 三人が掛かりでぼっこぼこにするつもりだろう。

 助けに来た少年は小柄で人が良さそうだがそんなに強そうには見える。

 だがどうしてか危ない気配を感じる。特に目には独特の狂気の様な物を感じた。

 しかし彼は左手を翳し、ウォッチに銀色のメダルを挿入した。


「変身」


 そして発行と共に姿は変わった。

 黒いヒロイックな昆虫の戦士。

 特撮物に出て来そうなヒーローになった。

 一瞬何が何だか分からなかった。


「な、なんだ一体!?」


 そして払いのけるように三人を吹き飛ばす

 あっと言う間の出来事だった。

 十m近く吹き飛ばされたのではないかと思う。


「ど、どうもありがとう・・・・・・」


 一瞬のウチに起きた光景に驚きながらも声を出した。


『どういたしまして』

 

 そして吹き飛ばされた相手に歩み寄る。

 

「ちょ、ちょっと勘弁してくれ!」


『やだね。ここで見逃したらどうせまた同じ事を繰り返す。君達みたいなクズは死んだ方がいいんだよ』


 そう言って拳を振り下ろす。

 アスファルトの地面に窪みが出来た。

 咄嗟に回避してなかったらどうなっていたか容易に想像出来る。


「ちょっと!! そこまでする事ないじゃん!!」


 愛は目を見開きながら自然と声を大にして叫んでいた。

 展開が二転三転して訳が分からなかったが、躊躇いなく殺そうとしたのは分かった。


『こいつらを庇うのか?』


「幾ら何でもやり過ぎだよ!!」


『ならお前も悪だ!! 俺の行動は正しいんだ!! 邪魔する奴は全員悪だ!!』


「ちょ、ちょ、え――どう言う事よこれ!!」


 とても理不尽な理由で殺されそうになっている。

 もしかして自分ここで死ぬのか? 周りから悲鳴が上がり始める。

 あの三人組も何処かに消えた。

 ここで都合良く助けが来るわけが――


『まさか噂の通り魔に遭遇するとはな――』


『誰だ?』


 振り向くと新たなヒーローが現れた。

 今度は味方だろうか?


「だ、だれ?」


『ヒーローの見習いってところかな? それよりも早く離れてろ。そいつはもうメダルの中毒になってやがる』


 と言いつつ姿を現した。

 声の質や背丈からして大人だろう。 

 こちらも昆虫を模したらしい二つの黄色い双眼とシルバーの触覚がついた戦士だ。

 体はレッドの線が入った黒いライダースーツの上から銀色のプロテクターを身につけている。

 キッチリとベルトまで装着していて両サイドに玩具らしき何かをぶら下げている。

 新手のライダーだろうか? と思った。


『違う! 俺は正義だ! 正しい事をしているんだ! それを何故分からない!』


『お前の気持ちは良く分かる。俺だって、昔は特撮ヒーローに憧れて、その力を使って不良相手にやり返そうと思った。だが今お前がやってる事はただの弱い物イジメと対して変わらねえ――だが否定も出来ねえ。ここでキッチリ止める!』


『邪魔するならお前も裁く!!』


 そうして路上のリアルファイトが始まった。

 お互いに火花が飛び散り、その衝撃でアスファルトの地面が砕け散る。

 まんま特撮ヒーローによる戦いの世界だ。

 

(次から次へと何が起きてるの!?)


 もう驚きすぎて声も出ない。

 驚異的な跳躍力を活かして飛び回り、駅の屋上で殴り合いを始める。

 

「ってちょ!?」


 そして最初の地点に緑の戦士が蹴り飛ばされて来た。

 アスファルトに軽く窪みが出来ていた。


『まだ逃げてなかったのかお前?』


「いや、それよりも大丈夫なの!?」


『これぐらいどうって事ねえよ――』


 そして飛び掛かって来た。

 拳が振り下ろされる。

 しかしそれを緑の戦士が転がって回避。

 拳は突き刺さって引き抜こうとしたが――


『おら!!』


 ドロップキックが炸裂。

 火花を挙げてよろめく。

 左手で頭を掴んで、思いっきりぶん殴る。

 まるでヤンキーの様なラフな戦い方だと思った。

 相手は相当効いたのか全身から火花を散らし始めている。


『これで決める』


 ベルトのバックル部分を上下に開き、内側のスクリーンにタッチして閉める。

 すると両足に赤い光がスパークし始めた。

 助走を付けて走り出す。 


『デヤアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』 

  

『うわぁあああああああああああああああああ!?』


 そして跳躍し跳び蹴りの体勢を整えると不自然な勢いで加速をし、蹴りを叩き込んだ。と、同時に大爆発が起きた。   

 

『メダル回収完了っと――』

 

 倒れていたのは最初に助けてくれた少年だった。

 黒の戦士は何やら左腕から何かを剥ぎ取り、ついでにメダルも取り出す。

 そしてその場から去って行こうとした。


「ちょ、ちょっと待って!?」


 慌てて愛菜は呼び止めた。


『ん? なんだ?』

  

「ちょ、ちょっと今の何だったの?」


『こいつはメダルとその変身アイテムだ。分かり易く言うと怪人変身アイテムって所だな。これを使い続けると攻撃的な衝動に駆られ、無差別に破壊活動を行うようになる。まだ初期症状だったみたいだな』


「そ、そうじゃなくて一体何者なの!?」


『て言われてもなぁ・・・・・・』


 そうして変身を解く。

 そして何処かへ去ろうとした。

 高い身長で顔もそこそこ。普通っぽい外見の大人の男性だった。服装もGパンにシャツに暖かそうなジャンパーを着ている。

 ファッションには疎そうな感じの服装だ。 

 

「んじゃあ帰るわ――」  


「か、帰るって――」


「ボサボサしてたら警備部の人間やら警察の人間とか事情聴取されるぞ――」


「け、警察?」


「そりゃこんだけ大騒ぎしたら来るだろ普通――」

  

 どうしようか迷った。

 警察に追われている訳では無いが、事情を聞かれて変な施設に入れられるのは不味いと思ったからだ。

 それにこの場で起きた事を話したら間違いなく脳の病院送りである。 

 それを適当に誤魔化しても、身の上話して今後の寝床とかどうするのとか聞かれるのも何か嫌だった。


「な、何でもしてあげるから家に連れてって!」

 

 だから自分でも驚くようなとんでもない一言を彼女は口走った。 

 

「はあ? ちょっと大丈夫?」


「と、とにかく、この場から離れるわよ!」


「ああ、ちょっと荷物置いてきてるから待って!」


 これが愛菜と彼――谷川 亮太郎との出会いだった。


☆ 

 

 谷川 亮太郎は電車でオタク街からの帰りだったらしい。

 だからアニメやフィギュアグッズを沢山を持っていた。

 ようするにオタクなのだと思った。

 バイクを走らせて居住地に向かう。

 学園島は円形の島でエリア事にその役割が分担されている。


 先程まで愛菜がいたのは本州との玄関口である東側のエリアであり、様々な店やショッピングモールなどの娯楽施設、企業のビルなどが建っている。

 また増設して空港エリアや港まで建設されており、正に日本と学園島を繋ぐ橋としての機能を持っていた。 


 そして中央の教育機関としての機能が集中しているエリアを抜け、東側の居住区に辿り着く。

 移動にはバスを使用した。

 

「アンタ一人暮らし?」


「ああ」


「仕事は?」


「ニートだけど?」


「・・・・・・年齢は?」


「二十五歳」


「怪人と戦う前に働きなさいよ!?」


「まあ当然の反応か――」


 と、亮太朗は苦笑した。


「当然の反応か? じゃないわよ全く!」


 そんなやり取りをしているウチに辿り着いたのが中流階級向けの庭付き二階建ての住宅だった。

 

「しかも実家暮らしとかマジでありえないんですけど――」


「とか言いつつ家には上がるのな」


 そうして部屋に上がる。

 思ったよりも綺麗だった。


「はぁ・・・・・・腹減った。何かない?」


「ご飯とか野菜とか肉類とか色々あるぞ――」


「料理作れるの?」


「インターネットのその手のサイトを見て覚えた。簡単な奴なら作れるぞ」


 そう言って手を洗い冷蔵庫から材料を引っ張り出した。

 野菜を取り出して包丁で切ったり、味噌汁を作ったり――トントン拍子で料理が出来た。

 この数年、コンビニ飯が普段の食事だった愛菜からすれば十分にご馳走に思えた。


「野菜嫌いなんだけど――」


「そうか? コンビニの奴とか食べた事あるけど意外と上手かったぞ」


「そ、そう?」


 そう言われて食べる。

 マヨネーズではなくドレッシングだった。

 シャキシャキして適度に脂っこくて中々美味しかった。

 そしてとても新鮮な味で体に優しく感じた。


「食事中に何だけど――アレって何なの?」


「アレって?」


「ほらメダルとか何とか――それに変身してたじゃん? どう言う事なの?」


「ああ。俺も正直どうしてこうなったのか分からないんだわ――」


「んじゃあ変身アイテム、何処で手に入れたの?」


「そうだな――」


 それから信じられない話を始めた。


「霧の玩具屋って言う都市伝説知らないか?」


「あ、聞いた事あるかも。何か本物のヒーローアイテム取り扱っている玩具屋があるらしいって聞いた事がある」


 霧の玩具屋。


 愛菜も聞いた事がある話だった。

 言葉通り本物の玩具を販売しているらしい。

 真偽はどうか不明だがその噂が流れ始めてから日本の本島の方でも正体不明の自警活動を行う謎のヒーローが登場し始めた。

 

「俺の場合、この学園島に怪人が現れ始めた頃だな・・・・・・本島に突然だった。周りが霧がかって、眼前に玩具屋が出現して――そして玩具のパッケージの様に変身アイテムが置かれていた」


「そのウチの一つがアンタが使ってた奴ってわけ?」


「そうだ。てかアンタ呼ばわりはどうかと思うぞ」


「ごめんごめん」


「はぁ・・・・・・話続けるぞ。最初の頃は正直戸惑った。何をすれば良いのか良く分からなかった。店主は資格があるとか言ってたが到底その資格があるとは思わなかったんだが何だかんだで今に至るんだわ」


「そう――で? あの怪人もそうなの?」


「いや、あれは違う。アレは学園島が開発に関わった変身アイテムらしい」


「学園島ってそんな科学技術進んでるの?」


「らしいな――俺も人伝から聞いた話だが、あのメダルはデザイアメダルって呼ばれている。あの腕時計みたいなのにメダルを嵌めて変身出来る。適正みたいな物があって、適正無しで使用すると自我を失って暴走する。駅で戦った奴はある程度適正はあったがメダルに飲まれ掛かっていたな――」


「まるで薬物みたいだね」


 話を聞いているウチに色々と合点が行った。

 あの少年のメチャクチャな行動倫理もそう言うことだったのだ。

 

「ある意味ヤクよりも性質が悪い――メダルから解放するには俺がやったみたいに大ダメージを与えて強制的に解除するしかないんだ」


「へえ・・・・・・」


 確かに、あんな強大なパワーで無差別に暴れ回れたら大惨事だ。

 倒すには警察でもどうにか出来るとは到底思えなかった。


「しかも何者かがその事を知っていてこの学園島で売り捌いているんだ――」


「で? アンタはそれと戦うヒーローってわけ?」


「いや、別にそこまで積極的に戦ってるわけじゃない。ただメダルとウォッチを危険視している連中に渡すと金になるから戦ってるだけだし」


「子供の夢も何もあったもんじゃ無いわね」


 ちょっと期待してガッカリしてしまった。

 

「で? 君はどうしてこの家に上がり込もうと思ったんだ? 家出か?」


「あ~言わなきゃダメ?」


「正直別にどっちでもいいけどな」


「え? それでいいのアンタ?」


「俺の生活の邪魔しなけりゃ別にいいかなって思ってる」


「私が言うのも何だけどそれはそれでどうかと思うよ? マジ引くわ・・・・・・」


「黙れ居候」


「うるさいニート」


「痛いことを・・・・・・」


「お互い様でしょ・・・・・・私だって出来るならこんな事したくなかったもんけど仕方ないでしょ。家が無くなって父親も蒸発したんだから――高校にも通えやしないし」


「え?」


「ともかく、使える部屋はあるの?」


「まあ空き部屋はあるけど――」


(本当に不用心な奴・・・・・・)


 居候の身なのに色々と心配してしまう愛菜であった。

 案内された部屋は二階の部屋。

 机やベッド、本棚やテレビがあるだけで何もない正真正銘の空き部屋だ。 

 恐らく家の誰かが使っていたが引っ越して空いてしまったのだろう。

 トランクを置いて上着を脱ぎ捨てる。


「そうだ。アンタの部屋に案内してよ」


「はあ? 別にいいけど?」


「なに? 連れ込んだ隙にベッドに押し倒すつもりじゃないわよね?」


「やらねーよ。てかどうして俺の部屋なんだ?」


「いや、ただ単純に興味があるだけ」


「へいへい」

 

 そうして部屋に案内された。

 隣の部屋だった。

 

「うわ~オタクの部屋って感じだね」


「何となく想像してただろ?」 

     

「ライダーに戦隊、フィギュアにプラモ――ゲームに漫画やラノベの棚――これギャルゲー?」


「動じないんだな」


「私達ぐらいの年代になるともうエロいのでギャーギャー騒がないし。そんな初心な女の子に見える?」


「見えないな。出て行く気になった?」


 そう言われてちょっとムカッと来た。

 だからか意地悪な質問をしてしまった。


「うーん、オナニーとかすんの?」


 部屋の主である亮太郎は顔を手で覆った。 


「・・・・・・年下の女の子にそんな質問されるとは思わなかった」

 

「なに? やっぱしてんの?」


「まあ男だからな」


「一人でギャルゲーのキャラとかで?」


「いやそこは気分にもよる・・・・・・って何答えさせてんだ!?」


「へ~やっぱ男なんだ~」


 正直過ぎて愛菜は笑ってしまう。


(なんか変な男の人って感じだね)


 それが彼に抱いた印象だった。

 ヒーローになって怪人と戦う凄い側面を持ちながら本性はこれである。

 今迄接した事の無いタイプの人間だった。 


「で? 私とセックスしたい?」


 悪戯っぽく笑みを付くって尋ねてみた。


「え?」


「ほら、正直に答えなさいよ」


「・・・・・・・・・・・・うーん」


「な、なんか真剣に考えるのね?」


 表情変えて考え込む姿は意外だった。

 顔を真っ赤にして慌てふためくと思ったのだが――


「たぶん本音ではしたいと思ってるけど後先の事を考えるとやらない方がいいと思うし・・・・・・」

 

「ちょっとそれどう言う意味?」 


「そもそもあったばかりの人間とセックスするのってどうかと思うんだ。正直疲れてるし、もう寝たいって言うか・・・・・・」


「アンタニートでしょ!? ここでやらなくてどうすんの!? 本当にチンチン付いてるの!?」


「女の子がんな事言うもんじゃないでしょ――てかしたいのかよ? 何かどっちでも良くなって来たんだけど」


 そう言われて愛菜は女のプライドの様な物が刺激された。

 

「ちょっとそれどう言う意味よ! 私そんな魅力無いの?」


「さっきから何なんだお前・・・・・・ヤクでも決めてるのか?」


「決めてないわよ!? てかアンタ草食通り越して絶食の域何だけどそれでも男なの!?」


「ま、まあ生物学的には」


「そうじゃなくて――普通、こう言う時は巧みな話術で脅迫なりなんなりして私を無理矢理ベッドに押し倒す場面でしょ」


「え? そうなの?」


「そうなのじゃなくて――何アンタ? ホモなの? 私の体に興味無いの?」


「いや、犯罪者になるリスク背負ってまでやる必要は無いかなと思って」


「見ず知らずの女の子を家に連れ込んだ時点で十分犯罪スレスレだと思うんですけど!?」


「叫び声あげんな。近所迷惑だぞ。それに君が勝手に付いて来ておいて連れ込んだはないでしょ」  


 気が付いたら愛菜は顔を真っ赤にして声を荒らげていた。

 何故か自分だけ恥ずかしい目に合っている上にmよくよく考えてみたらとんでもない事を口走ってる。

 そう言う話題振って実際少なからず覚悟しておいといて何だか、これではまるで自分が痴女みたいではないかと思った。 

 

「あーもう。ムードも何もありゃしない――ともかくもうちょっと女心を学びなさい」


「って言われてもなぁ・・・・・・」


(こいつ男としてのプライド無いのかしら・・・・・・)


 ハァと頭を抱えた。



 部屋に戻って寝間着を取り、シャワーを浴びさせて貰った。

とても気持ちよいと思う反面。

 これで良いのかと思った。


(初めてのセックスの時――あんまり気持ち良くなかったな)


 ふと初めてのセックスの事を思い出す。

 気持ちいいどころか痛かった。

 相手は当時付き合っていた同い年の男。


(あの時私、嫌われたくなくて――嘘ついてまで誤魔かしてたんだよね――だけど)


 ――あんたなんか産まなきゃよかった。


 それを思い出すと一人でいるのがとても恐くなる。

 誰かに必要されたくなる。

 例えどんな形でも。


(私間違ってたのかな・・・・・・)


 だから自分が考える中で最も強固な繋がり、肉体関係を求めた。

 そして相手に必要されるように振る舞った。

 だけどそんな肉体関係前提の繋がりが上手く行く筈ないのは理解していた――つもりだった。


(段々と回数重ねるウチにSEXも気持ち良くなって・・・・・・安心感を得られたけど・・・・・・けど待っていたのは・・・・・・)


 待っていたのは一度目の別れだった。

 学校が変わったのもあったかも知れない。別れ話を一方的に切り出され、そして彼は新しい彼女を作っていた。

 そして自分には居場所は無いんだなと思った。

 仲の良い友達には「ふってやった」と笑いながら言ったがショックだった。

 

(高校に入った後、新しい彼を作って一年近く付き合ったけど結果は同じ――いや、前より酷かったかも知れない)


 恋人と言うよりセフレの関係に近かったかもしれない。恋人らしい事はするけどセックスの頻度は多かった。避妊とかする場所で悩んだ経験がある。

 

 その傍らで父親は荒れていった。

 そうして家を失い、ホームレスになった。 


 この学園島に来る前に、彼に助けを求めた事がある。

 だが断られた。所詮その程度の関係と言うかそれが普通なのだ。


 親戚も正直頼りたくなかった。痩せ我慢と言う奴かも知れない。よしんばあったとしてもわざわざ神経に気を遣う場所に飛び込むような真似はしたくなかった。


(アイツはどうなんだろう・・・・・・)


 今日初めて会ったばかりの谷村 亮太郎。

 父親とは別の部類でのダメ人間だ。

 だが自分を助けてくれたし、追い出す気配も微塵も感じられない。

 罠かと思った。


 でも――


(あの料理、美味しかったな――)


 誰かに作って貰った手作りの料理。

 数年ぶりに食べた気がする。

 


「で? どうしてまた俺の部屋に来てるの?」


 机に座り、PCで動画を見ながら亮太郎は尋ねた。


「いいじゃん。私の部屋なんもないんだし。ニートなんだから別に何時まで起きててもかってでしょ?」


「まあそりゃそうなんだが――てかさっきから熱心に何フィギュア見てるの?」


 愛菜はライダーのフィギュアをじっと眺めていた。


「こう言うの疎いから珍しくて。ライダーってこんなにいるんだ」


「まあな。数えた事は無いけど」

  

「ふーん」


 棚にはかなりの数のフィギュアが並べられている。

 正直本当にニートかと疑いたくなる。

 何か別の収入源が――


 ――いや、別にそこまで積極的に戦ってるわけじゃない。ただメダルとウォッチを危険視している連中に渡すと金になるから戦ってるだけだし。


 ふとその言葉を思い出した。


「そうか、メダル売ってるから金あるんだ」


「ああ、それ気になってたんだ――何か売人やその裏にいる連中を突き止めたいからサンプルは一つでも多い方が良いんだとよ」


「で、幾らぐらい貰えるの?」


「あ~メダルとウォッチで百万円ぐらい?」


「百万!?」


 凄い額だ。

 愛菜のアルバイトで稼ぐ数倍以上の額である。

 普通に働くのが馬鹿らしくなる。

 ニートやってるのも分かる気がした。


「うん。だから貯金とかした上で食費とか水道代、ガス代、電気代、通信費とかに回してるからね? 自由に使える金は限られてるよ?」


「それでも凄い大金じゃない」


「――最初は驚いたけど、段々こう言う収入を宛てにするのはどうかなと思ってるから職業安定所とかに通おうかなとか思ってるんだ、それに法律の関係で結構面倒なところあるし」


「意外と手堅いのねアンタ・・・・・・」


「そうか?」


「で? 今迄どれぐらい倒したの?」


「倒した数だけで言うなら既にもう十体近くは――」


「てことは一千万!?」


「いや、他にも俺と同じ事やってる奴いるから正確な稼ぎは750万かな? 割り勘って感じで分けたりして――正直家計は大助かりなんだけど、一人の人間としてこの状況どうかと思うんだ」


「そ、そうよね・・・・・・」


 稼ぎが多いと言う事は駅前で出会った恐ろしい連中が頻繁に出現していると言う現れだ。

 手放しに喜ぶべきでは無いだろう。


「て、その口振りだと他にも同じ事をしている人がいるみたいな感じだけど――」


「まあな。ちなみに、報復が恐いから個人情報は例え親しい仲でも明かさないのが暗黙の了解だ」


「そ、そう――」


 ここまで聞いてふとある疑問を抱いた。


「そういえばどうしてニートになったの?」


「容赦ないな君――」


「いやだって気になったからさ。やっぱヒーロー活動が原因なの?」


「いや、それとこれとは話は別だ――」


「じゃあどうしてニートになったのよ?」


「・・・・・・どうして良いか分からなかったからかな」


「え?」


「世の中、正しい事をした筈なのに何故か自分が悪い事になっている――中学時代の頃かな? そう言う経験したんだよ」


「どう言うことよ?」


「イジメ受けてたんだ。中途半端な正義感燃やして助けたら今度は自分が標的にされたってわけ。親や教師に頼ったけど何か自分が悪いみたいに言われた」


「あ――そう・・・・・・」


 愛菜の周りにもイジメを受けていた子はいたが知らんぷり決め込んでいた。

 いじめられる奴が悪いと自己防衛をして。

 だからかちょっと心に来る物があった。


「んでまあある時、キレちまって。少年院に行く覚悟で暴れたんだ。消化器を撒き散らしたりガラスの窓を割ったり、特注の電動ガン乱射したり――もう大騒ぎになった。んでイジメの実態が明るみになって、学園の隠蔽体質が暴露されて――」


「そ、そんな事したの?」


「警察や警備部の人間に取り調べを受けて、親や教師に散々怒られた。だけど無かった事になった――今の時代、幾ら情報規制してもネットで拡散されるし、天下の天照学園で無差別テロ同然の大事件が起きたとなれば世間の注目度は違う。出来うる限り最小限の被害にしたかったんだろう。だから無かった事になった」


「そ、それからどうなったの?」


「周囲から孤立したよ。親との会話も極端に少なくなった。教師も態度がよそよそしくなった――高校の時も変わらなかった。そっからまあ趣味に生きる様になって、んで高校卒業した後はテキトーに専門学校に通ったけど、卒業しただけで職に就けず、今に至るって感じ」


「じゃあ五年間ニートってわけ? あと専門学校は何の専門学校なの?」


「漫画の専門学校――上手く上達しなくて結局って奴さ」


「それでも卒業できるんだ?」


「ちゃんと単位取って卒業試験に合格さえ出来れば絵が下手でも卒業できんだよ」


 多少疑問は残る部分はあるが、中々考えさせられる話だった。

 だがふと次の疑問がわき上がった。


「それがどうしてニートになる事に繋がるの?」


「漫画の専門学校行ったのも、好きなのもあったけど正直中学の経験で勉強やる意味が分からなくなったからそこに行ったって感じだしな。正直めんどくさかったんだろう。卒業後のちょっとの間はアルバイトとか探してた。だけどその頃の自分は普通の社会じゃ受け容れられない生物なんじゃ無いかって思うようになって――いや、これこそ言い訳かな? 気が付いたら五年もニートやってたってわけ」


「あーつまりイジメを言い訳にしてだらけた生活を送ってたら今に至ったってわけ?」


「容赦ないな君は。まあそれで正解なんだろう」


 長々と語った内容を彼女は手短に纏めた。

 まだ同居して一日も経ってない相手に失礼だろうが、亮太郎は何故か笑みを浮かべていた。


「仕事とかする気あるの?」


「しなきゃ行けないとは思ってる――だけどずっと言われるがままに生きて来たから分からないんだ。何をすればいいのか」


 その言葉でまたしても疑問が沸き上がった。


「ヒーローも、誰かに言われたから?」


「それは――」

 

 その一言だけで十分理解できた。


「大丈夫。働けるよ。亮太郎は」


「・・・・・・川島さん――」


 プッと吹き出してしまった。


「普通年下の女の子に名字でさんづけして呼ぶ? 勝手に亮太郎って呼んじゃってるし愛菜で呼び捨てでいいよ」


「あ、ああそうか――」


「さて、そろそろ寝ようか――その」


「うん?」


「これからよろしくね?」


「あ、ああ」


 とても照れくさそうに愛菜は言った。

 何だかその仕草がとても可愛らしく思えた。



 これが谷川 亮太朗と、川島 愛菜の出会いの物語である。

 

 それ以降、愛菜はアルバイトしながら家に住み、そして天照学園の高等部に入学した。


 亮太朗も簡単なバイトを始めながらも怪人退治を続けるようになった。


 人は良くも悪くも変わる生き物だ。


 今が永遠に続くとはお互い思っちゃいない。


 けれども何だかんだ上手く関係は続いていた。

   

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