第17話 エピローグ

 現地時間午前零時、クラーク国際空港滑走路に設営された救護テントにて。


「これが、香澄さん」


 山岡はベッドにて半身を起こし、タブレットで先程の戦闘記録を見ていた。

 出血の割には傷は浅く完治にそう時間は掛からないとのこと。


「ああ、ひょっとすると彼女は本番に強いタイプなのかもしれないな」


 そう答えたのは熊のような体躯を誇る熊木だった。その巨体は椅子に座らずベッド脇に立っていた。


 テントの外から銃声が微かに聞こえた。まだ小型奇獣の掃討が続いているのだろう。


「彼女のセンスが高いのか、訓練学校の教えが良かったのか。両方かな」


 画面ではちょうど香澄がアスデリオスを一本背負投げするところが映った。


「人型戦車で一本背負いする人初めて見たよ」


「それは俺もだ。さて、そろそろ本営に戻るとするか」


「あぁお疲れ様です。そうだ静流と香澄さんに袋詰めを手伝うように言ってくれませんか?」


「構わんが、少し酷ではないか?」


「彼女達にはあまり勝利の余韻に浸らせたくないんです。なるべく現実を見せてあげたいんです」


「わかった、言っておこう」


 そう言って熊木はカーテンを開けて救護テントを出ていった。

 熊木が出ていったのを確認すると、山岡はタブレットを操作してもう一度最初から戦闘記録を流した。


 これは訓練項目を変更する必要があるかもしれない。


 カドモスが二体目のアスデリオスを倒したところで二人目のお客が救護テントにやってきた。


「入るぞー」


 無愛想な声と共に入って来たのは黒い強化スーツに身を包んだ金色の髪をネオ2ブロックにした男だった。

 歳のころは三十手前ぐらい。


「おや、これは意外な」


「意外とはなんだ意外とは」


 男はあからさまに不機嫌な顔をした。


「まさかエンジェルさんが見舞いに来てくれるとは思いませんでした」


「ハンッ、てめえには聞きてえことがあるからな」


 エンジェルはヘルメットをベッドの柵に引っ掛けて、自分は丸椅子に腰掛けた。


「聞きたい事ってのは他でもねえ、奇人についてだ。若宮は小型奇獣の殲滅に行ったからおめえに聞きに来た」


 ピクッと体が震えた。フゥと一息ついてから山岡は「場所を変えましょう」と続けた。

 エンジェルはそれに了承して、二人は救護テントを出て少し暗がりの所まで移動した。


「さて、どこから話しましょうか」


 山岡は手頃なコンテナに腰掛けた。エンジェルはコンテナに背中を預けるだけでその場で立っている。

 コンテナは高さが一メートル半あるため自然腰掛けた山岡がエンジェルを見下ろす形になる。


「どこからでもいい」


「それじゃあ、エンジェルさんは仮○ライダーを見たことありますか?」


「ああ? いきなり何だ?」


 エンジェルは怪訝な顔をした。ただ、山岡は冗談で言っているわけではなかった、伝わりづらいがその目は真剣だった。


「いいから答えて下さい」


「……名前は知っているけど、見たことはねえ」


「そうですか、まあ四分の三世紀は前の作品ですし、仕方ないかな」


「で? そのヒーロー番組と奇人が何か関係あるのか?」


「関係はありません、ただ似ているんです」


「どこがだ?」


「悪の組織に造られた改造人間が、世界征服を目指して悪事を働くところ」


「……つまり奇人てえのはどっかの組織が造った改造人間つうことか」


「ざっくり言うとそうです。ただその組織の名前はわかりません。度々名前を替えているんで」


 エンジェルは腕を組んで指をトントンとで叩いた。

 山岡は少し意外に思っていた。エンジェルは直情タイプで人の話をろくに聞かないと思っていたからだ。

 それが話を脱線させるでもなく大人しく冷静に聞いている。


「少し考えたんだが、奇人てのは、もしかして人間なのか?」


「いいえ、人間だったものです。人間じゃありません」


 一泊置いて。


「そもそも奇人とは奇獣の細胞を人間のDNAに無理矢理植え付ける事で突然変異を人為的に引き起こして出来るものです。そのおかげで強靭な肉体と特殊能力を得られるようになったんです」


「だから人間じゃないと?」


「ええ、奇人はただの化け物です」


 その時山岡の目が静かなる憎悪に満たされていた。エンジェルはその目に一瞬狂気を覚え、すぐにかぶりを振った。


「ならお前は何なんだ。若宮は言っていたぞ、俺達は奇人だってな」


「そのまんまですよ、僕は奇人という名の化け物です」


 その目は既に憎悪を写していなかった。替りに哀しみを称えていた。それは人への未練から来るものなのだろうか。


「そうか、奇人であるお前が何故ここにいるのかは聞かないでおく、あまり楽しそうではないからな」


「ありがとうございます。僕も正直話したくはないんです。でも知りたかったらいつでも話しますよ」


「そうかい。とりあえず今は今回の敵の目的を知りたい」


「目的ですか、僕達が国連軍が逃げるための囮にするために奇人を使ったって事かな」


「クソッ! 胸糞悪いぜ、今すぐ国連事務総長の体を蜂の巣にしてやりたいところだぜ」


「そうですね、いずれ国連軍は倒さなきゃいけません」


 ピタッとエンジェルの時間が止まった。それは山岡の言っている意味を理解するのに時間が掛かったからだ。


「お前、本気で言っているのか?」


 エンジェルが正気か? という顔をした。


「ええ、だって国連軍が逃げるために奇人を使ったって事は、国連軍の中に奇人の組織と繋がっている人間がいるという事になります」


「あっ」


「そしてそう考えると今回の事件にはもう一つの側面があるという事がわかります」


 エンジェルは唾を飲み込み、無言で先を促した。


「今回の戦いはデモンストレーションなんです。今まで奇人は表立った行動はしてきませんでした、なのに今回は派手に立ち回っている。それは隠れる必要がなくなったから、その強さを証明しようとしたんです」


「誰にだよ」


「考えられるのは、まず武器商人、そしてテロリスト集団、警備会社、国連軍。前者二つは武器としての売り込み、後者は牽制。いや意外と売り込んでるのかもしれない」


「じゃあ俺達はそのデモンストレーションの生贄にされたって事か!」


「かもしれない、ていう話ですよ。事実確認はエッツェルがしてくれます」


「クソッ」


「じゃあ僕は救護テントに戻りますね」


 山岡はゆっくりコンテナを降りてエンジェルを置いて歩き出した。その背中に向けてエンジェルは一つの問を投げかける。


「そういや、お前達はどんな能力をもってんだ?」


 歩みを止め、半身だけエンジェルに向けた。


「大した力はありませんよ、他の奇人と違って僕等は奇獣を操作出来ませんし。

 一応僕はあらゆる毒を無効化する事が出来ます。最近じゃ毒の判別も出来るようになりました。

 若宮は電気です。体内で発電して電気をそのまま対象に流せるんです。それでレーザーブレイドのバッテリーを随時充電してたんです。

 それと妨害電波ジャミングに一時的ながらも穴を開けられます。救援はそれで呼びました」


 それだけ言って山岡はその場を去った。後に残されたエンジェルは二人の能力に畏怖の念を抱いていた。


 どちらも地味で頼りないと思うかもしれない。だが毒を無効化するという事は大気の状態に左右されない上にサバイバルにおいては最強の部類である。


 電気を操る力も、ほぼ一撃必殺のレーザー兵器を無制限に使えるという事に驚きを隠せない。


「ははっ、すげえなおい。だがよ……人間じゃなくなるって、どんな気分なんだろうな」


 その呟きは誰に聞かれるでもなく、夜空に消えていった。


 ――――――――――――――――――――


 同時刻、クラーク国際空港館内。


 香澄莉子と村井静流は山岡に言われた通り袋詰めを手伝っていた。袋詰めとはズバリ、死体を袋に詰めて運ぶ事である。


「うっ、うぅ」


 莉子は半泣きでベソをかきながら、たまに吐き気を堪えて袋詰めに従事していた。


 それはまた静流も同じだった。


「目を逸らしたらアカンで莉子ちゃん、これがウチらがこれから飛び込む世界なんやから」


「はい、わかってます」


 本当は袋詰めに関して二人の手は必要なかった。事実袋詰めを監督している警備会社の人も戻ってよいと頻繁に言ってくれている。


 あまりにも過酷だからだ。内蔵がでていたらもどし、四肢が千切れていたらそれを探して一緒にいれ、首を抱えればひん剥いた目と視線が合い。


 年頃の女性には耐え難い苦痛だった。


 莉子は心の中で山岡さんは意外とスパルタなんだなと思い、感謝した。


 この先何度も見ることになる光景、それを早い段階で体験させて慣れさせようとしたのだ。


 莉子も静流もそれをわかっているからこそ、袋詰めを止めなかった。


 この日莉子は初めて、「死」というものを実感した。



 第一章、激戦のフィリピン 完

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