明るい暗がり
第18話 時に彼は厳しくて(香澄編)
四月十日火曜日
莉子が入社して一週間と一日が経った。そして初の実戦、フィリピン戦から四日が経過していた。
日本に帰って来たのは六日の午前十時、その日はそのまま休暇となり解散、帰宅した時は正午をまわっていた。
昼飯どころか着替えもせずに布団に入ってぐっすり眠った。
夕方頃に空腹で目覚めた莉子はシャワーを浴びてから夕食を摂り、再び布団に入った。
その際タブレットに社長から土日も休暇とする旨が書いてある事を確認して爆睡。次に起きたのは翌日の夕方だった。
焦った莉子は何かせねばと立ち上がった瞬間、全身を筋肉痛が襲い再び布団にダイブ。次に起きたのは翌早朝。
ニチアサキッズタイムを観ながら棚に入っていた煎餅を朝食替わりにし、最後の休日(大袈裟)をどう過ごそうか考えていた。
街に出ようと思い立つも筋肉痛のせいで部屋に引きこもる事を決断、こうして香澄莉子の初めての休日が過ぎていった。
まさか一度の実戦であそこまで体がガタツクとは思いませんでした。
莉子はシミュレータールームのコックピット席で溜息を吐いた。
「じゃあシミュレーター訓練始めるよ、準備はいい?」
山岡の声に莉子は「はい!」と答えレバーを握る。
モニターが起動して次々と風景を映し出す。今回は海辺にある廃屋や廃ビルが立ち並ぶ寂れた街だった。
「あの、ここは」
「美海市だよ、南にあるスラム街だ」
「スラム街、そういえばそんな街がある事を聞いた事ありますね」
「うん、昼から案内するよ。ここはこの街で最も奇獣が出現するポイントであり、身寄りのない人や犯罪者が集まる街だからね」
出来れば案内して欲しくない。相変わらず山岡さんは厳しいです。
「じゃあ始め!」
山岡が訓練開始の合図を出した。
――――――――――――――――――――
一時間後
「すごい、反応速度が上がってるし周囲への気配りも良くなってる」
「ホントですか!?」
山岡の総評が思いの外よくてつい大声を出してしまった。
思えば山岡にここまで褒められたのは初めてだ。
「この間の実戦の賜物なのかもしれないね」
「なるほど、そういえば百の訓練より一の実戦ともいいますしね」
「そうだね、よし訓練レベルを引き上げようか」
「ええっ!?」
「一の実戦を生き残るためには百の訓練じゃ足りないからね、ガンガンいくよ」
ニコッととてもいい笑顔で山岡が笑った。
それは嗜虐心に満ちた笑顔、いじめっ子の顔だった。
ポンと戦術画面に映し出された情報を見て莉子の顔が引きつった。
「ひえ〜、アスデリオス二十体とか無理ですぅぅぅ」
――――――――――――――――――――
昼休み、社内食堂にて
午前の訓練が終わり、昼食もとらずにテーブルの上でぐったりしていると、静流がうどんを乗せたお盆を持って相席した。
「お疲れやなぁ莉子ちゃん、まっ結構やられとったししゃーないか」
静流はうどんに七味唐辛子の瓶を五回振って中身をかける。辛いものが好きなのかな。
「はい……四時間の戦闘訓練で八十二回死にました」
「めっちゃ死んでるやん」
テーブルに突っ伏したまま、莉子は戦術画面を映したタブレットを静流に見せた。
静流が付け合せの漬物をポリポリと齧りながら覗き込む。
場所はスラム街、装備は戦車用アサルトライフルとスペツナズナイフ、カドモスを中心に半径一キロメートル以内に中型奇獣のアスデリオスが二十体点在している。
「こらまたキッツいなあ、個別に倒せば何とかなりそうやけど」
「一体倒す間にグループが五つ出来て、一つのグループを片付ける間に十体以上の群れが出来て、これだけで五十回は死にました」
「こんなん無理やろ、泰知に抗議したろか?」
「ああいえ、一応クリアは出来たんで」
「嘘やろ!?」
静流がバンとテーブルを叩いた。その拍子にうどんが撥ねて汁がテーブルの上に溢れ近くのダスターで拭いた。
「まず最初の一体を倒して、その一体の腕をナイフで切り落として棍棒にするんです。アスデリオスの腕は硬いですから」
「お、おうせやな」
戸惑う静流。
「そして次は近くのグループ全てのアスデリオスの目を狙撃で潰して他グループとの合流を阻止します。すぐに移動して次のグループも狙撃。ひたすらそれを繰り返して、後は隙を見せたアスデリオスから順に止めをさしていきました」
「凄いな莉子ちゃん」
静流は感心した面持ちで莉子を眺める。そんな静流に莉子は「そんな事ないですよ」とことわって先を続ける。
「そのミッションだけで二時間半使いましたし、射撃は得意じゃないので何度かミスして反撃をくらいましたし、暴れるアスデリオスの動きを予測できずに破壊されましたし、もうボロボロです」
はぁ〜と大きな息を吐いて再びテーブルに顔を押し付けた。お疲れである。
「泰知も中々スパルタやなあ。午後からは何をやんの?」
「午後ですか……確かスラム街に行くって言ってました」
「スラム街か、かなり治安悪いから気ィつけや」
「わかりました。気を付けます」
「まあ泰知が付いとるし大丈夫やろ」
そしてうどんを啜る、一口啜って静流は「ん?」と首を傾げた。何だろうと思って見てみると静流は七味唐辛子をまたまたうどんにかけ始めた。
「全然辛さが足りひんな」
まだ入れるのですか。
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