第15話 フィリピン決戦〜伍〜(山岡編)
クラーク国際空港滑走路
どれだけ走ったか、言うてもそんなには走っていないだろう。
山岡は現在位置から管制室までの距離を目視で簡単に測って、約一キロメートルと判定した。
「くそっ、んだあのローブ野郎は! 静森……」
悪態を吐きながらエンジェルは管制室に向き直り重機関銃二丁を両手でそれぞれ構えた。
僅か一キロメートルとはいえ、重さ四十キログラムもある重機関銃を二丁も抱えて走っていながら息も切らしてない。
「静森は諦めろ、もう死んでる。それに奴の事は因果応報だ」
若宮も同様で息が切れた風には見えない。銀の仮面の下では涼しい顔をしている事だろう。
「わかってんだよんなことは! でも、それでもあいつは故郷に戻って法の裁きを受けるべきだったんだ」
「意外と情に厚い人だったんですね、エンジェルさん」
「悪いかよ」
「いいえ、むしろ好きですよ。そういうの、久しく感じてない感情だから」
断片的な情報から察するに、静森は昨日の空港から逃亡する時に部下共々に逃げ遅れたのだ。
その時あのローブの男に唆され、僕達を再び空港に集めて殲滅する作戦に無理矢理加担させられたのだ。部下の命を盾にされて。
結果僕達を誘い出す事には成功した。しかし静森は死に、おそらく静森の部下もまた殺されているだろう。
「来たぞ!」
管制室の方向、そこからローブの男が掛けてくる。
エンジェルが重機関銃を撃って足を止めようとする。ローブの男は着弾寸前で右に曲がり円を描きながら回り込む。
若宮がレーザーブレイドを展開してローブの男の前に出る。
上段からの振り下ろし、視覚に捉えるのが困難な程神速の剣でもって斬る。
ローブの男はすんでで両袖から蔦を伸ばしてレーザーブレイドを受け止める。しかし熱光学兵器であるレーザーブレイドに切れない物はない、受けとめた部分の切り込みが徐々に深くなっていく。
この間に山岡はカドモスに通信をとばした。この距離なら届くと判断したのだ。その見込みは正しく、無事繋がった。
「香澄さん、聞こえます……っか?」
話しながら山岡はブレイドを展開したトンファーで殴りかかる。
あえなくそれはバックステップで躱された。
「は、はい聞こえます!」
「よし、悪いけど今戦闘中でね。簡潔に言うよ、今から指定するポイントに中型奇獣を引き連れてほしい。罠を仕掛けてるから」
もう一度山岡はトンファーで攻撃するため走る。ローブの男は傍にあったヘリを壊し、その破片を蔦で掴んで投げた。
山岡は右のトンファーで弾いて防ぐ。子気味良い金属音を鳴らして地面に落ちる。
「わかりましたっ」
「無理はしないでね」
ブツと通信を切る。流石に喋りながら戦うのは難しい。
再びローブの男がヘリの破片を飛ばす、破片は大きいため躱すのは困難なため山岡はそれを弾き落とす。瞬間その破片に隠れて飛んできた蔦ががら空きになった山岡の胴体に突き刺さった。
「ぐっ……」
刺さる直前に身をよじったおかげで何とか内蔵への直撃は避けられた。
「内蔵は避けたか……ケタケタ……しかし無駄だっ! この蔦には毒が仕込まれている! 掠っただけであの世いきだああ!」
全身が熱い、それは痛みによるものだけでは無い。毒のせいで内蔵、血液、筋繊維が異常な活動をしているからだ。
山岡は喉元に鉄臭いものを感じ思わず吐き出す。直前に仮面の経口部を開放して仮面内にぶちまける事を避けた。
赤黒い液体が地面に染みを作った。
「山岡! てめええええ」
エンジェルが叫び、重機関銃の引き金に指をかける。しかし若宮が「よせ」と言って彼を制した。
「止めんじゃねえ!」
「まだ山岡は死んでない!」
「!? ……だがっ!」
大丈夫だ、と言って若宮はエンジェルの肩に手を置いた。
「奴は毒程度では死なん」
「何言ってんだおま」
エンジェルの言葉は途中で切れる。それは山岡の声が耳に入ったからだ。
「主要成分はアコニチン、他にアコニン、メサコニチン、ヒバコニチン、ヒゲナミン、イサコニチン、アチシン、ソンゴリン。
成程、これはトリカブトだ。そのフードとローブ姿は本来の姿を隠すためかと思ったけど、それが本来の姿なんだね。
英語ではmonkshood、僧侶のフードというからね。さしずめトリカブト奇人と呼ぶべきかな」
「なっ……貴様、何故死なない」
ローブの男、もといトリカブト奇人は予想に反して平然としている山岡に戦戦恐恐としていた。
「何故って僕に毒は効かないからさ」
言って仮面を外した。まだ幼さの残る顔が露出する。
「その目! まさか貴様!」
山岡の瞳は金色に変わっていた。それを見たトリカブト奇人は更なる畏怖の念におそわれる。
「松尾が山岡の瞳が金色に変わったとか言っていたが、本当だったのか」
「あいつだけじゃない、俺もだ」
若宮もまた仮面を外してその瞳の色をエンジェルに見せる。
金色だった。
「お前達、なにもんだよ」
エンジェルが問い、若宮が答える。若宮が答えるのと山岡がトリカブト奇人に答えるのはほぼ同時だった。
「俺達は奇人だ」
「僕は奇人だよ」
「きっさまあああああ! 我等と同じ奇人の癖に我等を裏切るかあああ!」
「元から敵だああああ」
山岡が叫びながら腹に刺さった蔦を強引に引き抜いた。血がボトボトと地面に落ちるが、それには意を介さずトリカブト奇人に襲いかかる。
さっきよりも激しく、より苛烈な攻撃がトリカブト奇人に加えられる。それは山岡が追加で身体強化薬を飲んでいたからだ。
山岡が動く度に血が溢れ出る。だが苦痛で顔をしかめるどころかむしろ嬉々とした狂った表情を見せ始めていた。
「どうした! もっとお前の力を見せてよ! もっと僕に痛みをくれよ! そうでなきゃ面白くならないじゃないか!」
笑っている。理性も何も無い、子供のようにただただ笑っていた。
「何だありゃ、本当に山岡か?」
「ああ山岡だ。奇人になった副作用であいつは戦いになると、特に危機に陥ると理性を失って狂人になる。なるべく抑えているのだが、難しいらしい。まあそれは、俺もだがな」
「なっ、おい!」
エンジェルが止める間もなく若宮が掛けた。若宮は大きく円を描きながらトリカブト奇人の後ろに回り込んでからレーザーブレイドで切りかかった。
ブレイドがトリカブト奇人の右腕を切り落とした。
「ぐあああっ!!」
「俺を忘れるな!」
「駄目だよ若宮! これは僕の敵! 僕の遊び相手なんだ! 邪魔しないでよね!」
そして山岡は若宮を蹴り飛ばしてトリカブト奇人から一時引き離した。
すぐにトリカブト奇人にトンファーで切りかかりその体に傷をつけていく。
山岡がトリカブト奇人を地面に倒しマウントポジションをとろうとした瞬間、いつの間にか近くまで来た若宮が山岡を突き飛ばしてトリカブト奇人の胸にレーザーブレイドを突き立てた。
その瞬間、勝負は決した。トリカブト奇人が死んだのだ。
エンジェルはその一部始終をただ呆然と見ていただけだった。
最早最後のは戦いでは無かった。小さな子供達が新しいおもちゃを奪い合って最終的に壊してしまった。
そんな絵面だった。
「さて、状況終了だね」
「ああ」
「とりあえず救援部隊と合流しよう」
そう言った山岡と若宮の顔はさっきまでの狂った表情はしておらず、昨日と同じ頼りなげな顔をしていた。
「エンジェルさんも早く」
「あ、ああ」
駆け足で空港に戻り外に出る。外に出てすぐに補給車が止まっていた。
そこで状況報告をし、山岡を救護班に預け、エンジェルと若宮は一時休憩をとる。
休憩中、エンジェルは奇人について考えていた。
目的は不明だが、敵の奇人は人類と敵対する意思を見せていた。
しかし味方の奇人、山岡と若宮は違う。
彼等は人類のためでも仲間のためでもない、彼等はただ遊びのために戦っていた。
トリカブト奇人と山岡に若宮、果たして一体どちらがまともだったのだろうか。
いやどちらもまともではない。そもそも、この世界そのものがまともではなかった。
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