第14話 フィリピン決戦〜肆〜(山岡編)

 香澄莉子は独断先行でここまで来たようだ。確かにM.Oよりカドモスの方が格段に早く、旋回性能も高い。しかしその分装甲を落としているため一発の攻撃が致命傷になりやすい。


 山岡は、香澄の事を口では歓迎していたが内心戦場に出て欲しくはなかった。


 実戦経験の無い香澄に戦場はまだ早い。そう思ったからだ。しかし今それを言ってしまうと香澄の士気を下げてしまう可能性がある。


 ゆえに香澄の発した。「いや、でもおかげで山岡さん達を助けられました!」という独断先行を正当化しようとした発言には眉をしかめざるを得なかった。


「アスデリオスの攻撃くらいなら簡単に避けられるよ」


 こう返したのは山岡の精一杯の譲歩だ。

 そしてそんな山岡とは裏腹にローブの男は慌ただしかった。


「何故だ! 何故救援が来ている!」


 ローブの男は今しがたアスデリオスを切り伏せたカドモスを見上げて言った。

 その声音は信じられないものを見たというように震えていた。


 その隙を付いて山岡はローブの男に肉薄、心臓にトンファーを突き刺そうと逆手に持ち替えて突き出す。


 ギリギリで山岡に気付いたローブの男が何とかそれを躱す。

 人質としていた静森は奇人の手元から離れてしまった。


「ちっ、今ので殺る気だったんだけど」


「無茶をするな山岡」


 隣に若宮が立つ。

 若宮の正面に猫のような体躯を持つ首の長いマフトが現れ、襲いかかった。


 若宮は焦るでもなく、慎重にマフトを引き付けて後の先をとる。マフトは猫のように軽やかな動きで左右に大きく揺れ動きながら近づく。


 あと二メートルというところでマフトが右に飛び、その瞬間首を左から円を描くように水平に振りかぶった。


「ふんっ」


 レーザーブレイドが一閃、するとマフトの首は半ばで切り落とされた。若宮はレーザーブレイドを軽く振るだけでマフトを退けた。


「一旦空港館内に戻るぞ、ここは小型奇獣が多すぎる」


「OKだ! なら殿は俺に任せろ」


 エンジェルが両手の重機関銃を乱射して小型奇獣の進軍を止める。

 その間に若宮は静森を肩に担いで走り、山岡はトンファーの形状を盾に変え、腰からハルバートを取り出して護衛を務める。


 館内まであと少し、それを確認したエンジェルは撃ち方を止め、手榴弾を三つ小型奇獣の群れに放り込んで自らもまた走り出した。


 背後で響く爆発音に「ヒャッハー」と叫んで館内に駆け込んだ。

 エンジェルが入ると同時に扉が閉められる。


 一安心……では無い、館内には窓も多く、ガラス張りの壁もある。どこからでも侵入し放題だ。


 よって休むまもなく上へと向かう。

 向かった先は管制室、幸い館内に奇獣はおらずスムーズに移動出来た。


「まずは一安心だな」


「へッヘッへ、どうやら俺達はクソッタレな幸運の女神に恵まれてるみてえだぜ。今松尾から通信がきたんだが、どうやら歩兵部隊が救援部隊と合流したらしいぜ」


「「おおっ」」


 光明がみえた。しかし山岡はそんな事には意も介さないのか、しぶい顔で視線を窓の外に向けていた。


 M.Oの部隊は二機一組で一体ずつ確実に中型奇獣を倒していっている傍ら、滑走路外れの荒地にて棒立ちしているカドモスがいた。


 そのままでは命の危険があると判断した山岡は香澄に通信を飛ばす。だが繋がる事は無く、ただノイズが走るだけであった。


「長距離通信が使えないてことは一キロ以上も離れているのか」


 通信にはいくつか種類がある。代表的なのは超長距離通信と長距離通信。前者は衛生軌道上にある通信衛生を利用した通信方法、地球上のほぼあらゆるところに通信をとばせるが、妨害されやすく傍受される危険性も大きい。


 後者は戦闘用スーツや戦車に内蔵された通信方法、妨害されにくく傍受もされにくい。しかし一キロ圏内でないと繋がらない。


 いずれも戦争が始まってから用途や使用方法が変わったものばかりだ。


「エンジェルさん、松尾さんの小隊……いえ分隊だけでも借りれませんか?」


「ああ? 何に使う気だ」


「ちょっと後輩を助けたくて、市内に罠を張って貰おうかと」


 エンジェルは窓の外を観る。一キロメートル先、スコープで拡大しないとハッキリとみえない位置に黒い人型戦車が見えた。


「ふむ、まあいいだろう。松尾の部隊を貸してやる、殺すなよ」


「ありがとうございます」


 早速山岡は松尾に連絡を取る。エンジェルが念のため空港付近に待機させていた。そんなに距離はないはず。


「こちらエンジェル小隊副長の松尾」


 繋がった。


「松尾さん、山岡です。少し手を貸して下さい」


 ――――――――――――――――――――


 同時刻、クラーク国際空港西、駐車場


「わかりました、お任せ下さい。小隊各員出撃用意!」


『了解!』


 松尾の号令一つで小隊各員が力強い声をあげた。


 駐車場では、エンジェル小隊が駆けつけた補給部隊から補給を受けていた。補給部隊の要望としてはこのままエンジェル小隊には後方に下がってもらいたかった。


 それゆえに出撃しようとするエンジェル小隊を補給部隊の隊長が押し止める。


「困ります! 皆さんにはこのまま退却指示が出ています。戦闘は救援部隊に任せて下さい」


「なら今から俺達は救援部隊だ」


「は?」


 補給部隊の隊長は訳が分からないという顔をした。


「それなら何の問題もないな、全員出動!」


『おおおお』


 松尾率いるエンジェル小隊はジープに乗り走り去ってしまった。

 隊長はその動きについていけなかったのかその場で呆然としていた。


「何やめっちゃ元気な小隊やなあ」


 補給部隊と共に前線に出てきた指揮車から赤毛の少女が顔をひょこっとのぞかせた。


「あ、あの!」


 正気に戻った補給部隊の隊長が叫んだ。


「お?」


「彼等を追って下さい!」


 赤毛の少女は一度車内に引っ込んだ。内部から「どないする?」「構わんだろう」というやり取りが聞こえた。

 そういえば中には熊みたいな巨漢の男性がいたな、と隊長は思い出した。


「わかった、ほな追いかけるわ」


 そして指揮車が発進する。


 ――――――――――――――――――――


 クラーク国際空港管制室


「わかりました、お任せ下さい」


「ありがとうございます」


 ブツと通信を切る。松尾とはうまく連絡を取れた。皮肉にも昼間の言い争いのおかげで両者の間に僅かばかりの信頼というものが生まれていた。


 次は香澄さんに連絡を取らないとだが。


 カドモスは依然その場にとどまっている。もう三分は経ってる。生き残っているのが奇跡だ。


「やっぱり近づくしかない……すいません僕はこれか」


 これから下に下ります。そう続けようとした。だが窓から視線を室内に移動させた時、ドアのところにローブの男が立っていた。

 ローブの袖から植物の蔦のようなものが伸びていて、それはドアの近くにいた静森の足を貫いていた。


「静森! クソ!」


 エンジェルが拳銃を取り出してローブの男に向かって撃つ、銃弾はローブの男に命中するも、威力を殺されてポロポロと落ちていく。


 その間に若宮がレーザーブレイドを一閃して蔦を切って静森を開放する。

 山岡が静森の両脇に手を入れて後ろに下がる。


「静森さん、しっかり」


「あっ、……はぁっ、ゲボァ」


 静森はしばしの痙攣の後吐血して呼吸を止めた。山岡が首筋に指を当てて脈を測ってから首を横に振った。


「クソがっ!」


 悔しさの余り、エンジェルが床を拳で打ち付ける。ローブの男はその様子を見てケタケタと笑い出した。


「何を悲しむ、その男は部下と自分の保身のために貴様達を売ったのだぞ。お前達をおびき寄せて一網打尽にする計画にのったのだぞ、お前達にとっては裏切り者だろうに何故悲しむ」


 淡々としたその言葉にその場の全員の頭の中でプツンと何かが切れた。それは世間一般でいう堪忍袋の緒というものだ。

 そして真っ先に行動にうつしたのはエンジェルだった。


「てめえええぶっ殺してやる!」


 怒りの沸点に達したエンジェルが重機関銃をローブの男に向けて撃つ。

 しかし至近距離で撃っているにも関わらずローブの男にダメージが通ったような素振りは無い。


「落ち着いて! ここじゃ戦いにくい、下へ飛び降りましょう」


 言った直後若宮が窓を破って飛び降りた。続けて山岡とエンジェルが飛び降りる。


 戦場は再び滑走路に移った。

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