第13話 フィリピン決戦〜参〜(香澄編)
作戦開始前 二十一時、輸送機にて
「えっ? じゃあ救難信号を発したのは山岡さんなんですか?」
「そうらしいで、エッツェル女史から聞いたんやけど、空港から脱出する時に発信したらしいんや」
降下前、コックピット内にて莉子は静流とたわいもない雑談を交わしていた。
最終チェックは完了している。
モニターの真ん中に映る静流はいつも通り赤みがかった髪を後ろで纏めている。
「他の人は救難信号を出さなかったんですか?」
「いや出してたと思うで。ただフィリピンのルソン島全体に
「そんなに広大な電波をどうやって……あれ? じゃあ山岡さんはどうやって救難信号を出したんですか?」
静流は「う〜ん」と唸りながら腕を組んだ。
「わからん!」
本人に聞くしかないようだ。
「ああそや、莉子ちゃん。その剣はどうや?」
「これですか?」
莉子はカドモスの腰に下げている全長八メートルの大太刀をモニターに映す。
「そうそれや」
これはつい先程エッツェルから貰ったものだ。
元々はカドモス用に作った武器らしい。だがある事情でこれだけは納品されなかったとの事。
流石にそのある事情までは教えてくれなかった。
「どうって言われても、まだ使ってないので何とも言えないですね」
「ほうか、ちょいそれ調べたんやけど、その刀の材質に大型奇獣の装甲が使われとんねん。んで切れ味そのものは良くて、中型奇獣なら簡単に切り結べるらしいで」
「へえ」
仕様書を読んでなかった莉子にとっては驚きの事実だ。
決してめんどくさくて読んでないという訳ではない。
「やけど強度に問題があってな、そんなに多くは切れへんらしいで」
「成程、日本刀と一緒ですね」
実際日本刀は余程の業物でない限り二、三人切ったところで折れたり刃こぼれしたりで刀としての役割を果たせなくなる。
「あと十分で指定ポイントに到達します。各自降下準備に入って下さい」
オペレーターの声が作戦開始を告げる。雑談は終わりだ。
静流は「ほなな」とだけ言って通信を切ってしまった。
――――――――――――――――――――
二十一時三十六分、クラーク国際空港
香澄莉子の視界には中型奇獣のアスデリオスの背中が映っている。
十メートルもあるその巨体は、頭頂部から心臓部にかけて真っ二つに切り裂かれていた。
「香澄莉子、ズバッと参上しました!」
と敵を初撃破したことによる高揚感に身を委ねて通信をオープンで飛ばした。
「それじゃそのままズバッと解決しようか」
山岡の声だ。声の調子から元気そうだ。
「生きてて良かったです! 山岡さん」
「くぉら! 黒いの! 勝手に先行するな!」
と野太い声の通信が飛んできた。叱咤したのは今回の人型戦車小隊を率いる隊長だった。
M.O六機で構成された戦車小隊、名前はブランゴ第二小隊。事前に聞いた情報によると、派手な戦果は無いが連携の良さと堅実な戦術で損耗率を下げて生き延びてきたらしい。
「は、はい! すいませんでした!」
本来なら他の戦車と足並みを揃えて移動するべきが、莉子は全速でカドモスを走らせて隊長の止めるまもなく先行してしまった。
「いや、でもおかげで山岡さん達を助けられました!」
「アスデリオスの攻撃ぐらいなら簡単に避けられるよ」
ベテラン兵士山岡泰知からの通信により言い訳が潰されてしまった。
項垂れる莉子の耳に隊長の怒号が突き刺さる。
「どうでもいいから気合いいれろ! Tank platoon is kill all the medium-sized odd beast! (戦車小隊は中型奇獣をすべて殺せ!)」
『Yes,sir!! (了解!!)』
隊長に負けず劣らずの野太い声が揃った。
「えっ? あの……えっと、ああなるほど了解です!」
莉子だけは他の隊員と違って英語が出来ないため、カドモスに内蔵された翻訳機を使わないといけなかった。
海外で任務を行う時は英語が基本になる。覚えなければいけないのだが、何分勉強は苦手である。
この隊長は莉子に合わせてなるべく日本語を使ってくれるためまだ助かる。
「Kill the hell must always two aircraft over! (必ず二機以上で一体を屠れ!)」
『Yes,sir!! (了解!!)』
翻訳待ち……翻訳完了、よしわかりました。
「了解です!」
返事をするも出遅れたためペアは組めず、その場で右往左往しているのみであった。
その間にも各機体はそれぞれ二機でペアを組み中型奇獣に向かっていた。
二組は動き回り中型奇獣を撹乱し、
だが流石に全ての中型奇獣を引きつける事は不可能に近く、現に五体のナックラヴィーがカドモスの元へ集まって来た。
「香澄さん聞こえます……っか?」
山岡から音声通信が飛んできた。通信の奥から風切り音や金属の打ち合う音が聞こえる。
「は、はい聞こえます!」
「よし、悪いけど今戦闘中でね。簡潔に言うよ、今から指定するポイントに中型奇獣を引き連れてほしい。罠を仕掛けてるから」
「わかりましたっ」
「無理はしないでね」
そして通信が切れ、同時に赤いマーカーが記された付近の地図と罠の詳細が送られてきた。
このマーカーのとこに行けばいいのか。
香澄は大太刀を左手に持ち、右手で戦車用アサルトライフルを取り出して乱射した。
当てる事は考えていない、ただこちらに注意を引ければいい。
狙い通りナックラヴィー五体がカドモスに引き付けられた。アサルトを撃たれている為ナックラヴィーは満足に走れない。
アスファルトの地面を歪ませながらゆっくり後退していく。その間に罠の詳細を確認する。
罠はとてもシンプルなものだった。リモート式の地雷を仕掛けた地点に奇獣をおびき寄せて、動きを止めたところを付近に潜んでいた歩兵部隊が一斉火力を叩き込むというものだ。
高速道路を挟んで南東にあるヴィラソロの街に入る。
その時一番離れた位置にいたナックラヴィーが背を向けた、慌てて莉子はその背中にアサルトライフルの弾を撃ち込む。
数発当たったおかげで再びこちらを向いた。
「マーカーまで、もう少し」
二百メートル……百五十……百二十……百……七十……五十。
五十メートルをきった段階でカドモスはペースを上げてマーカーを追い越した。
カドモスの動きに合わせてナックラヴィー達もまたペースをあげる。全てのナックラヴィーがマーカーの地点に達した瞬間、激しい音をたてて爆発が起こった。
それは地面だけでなく建物の壁や路面の車からも発生した。
爆発が止んだ後、そこにはナックラヴィーが傷付き倒れていた。先頭にいたナックラヴィーは爆発で絶命したようだ。
残りのナックラヴィーも立ち上がる事もままならない。
すかさず複数の建物の影から歩兵が現れ、火砲や機関砲を叩き込んでいった。
「ナイス囮やで、莉子ちゃん」
「静流さん!?」
突如静流から通信がきた。静流と社長は一度救助対象を保護してからカドモスの支援に回る筈だ。
「遅れてすまんな、救助対象の松尾って歩兵部隊が戦う戦ううるさかったんや」
「は、はあ」
松尾って誰?
「大人しく下がりゃええのにしゃーなしやから作戦に参加させたんや。そこにおるんが松尾やで」
モニターの下を見る。アメリカの特殊部隊を思わせる真っ黒なスーツに身を包んだ歩兵部隊がナックラヴィーの生死を確認している。
「あいつらにはこのまま小型奇獣の掃討に移ってもらうねん、滑走路に固まってた小型奇獣共が今の数分で散ってもうたからな」
「わかりました。それで私は何をすればいいのでしょうか?」
「香澄君、私だ」
社長の熊木だ。
「ちょうど今ブランゴ第二小隊がナックラヴィーを殲滅したそうだ」
「ほんとですか!?」
莉子の顔が明るくほぐれる。希望が見えたからだ。
「ああ、残るはアスデリオス六体だ。このアスデリオス達はあえてブランゴ第二小隊の挑発にのらずに静観していたそうだ」
途端、莉子の顔が暗く陰る。アスデリオスの装甲は硬く並の戦車用アサルトライフルでは貫けない。先程の作戦もアスデリオス相手には通用しないだろう。
アスデリオスを倒すには二百ミリ以上の砲弾を浴びせ続けるか、接近戦を仕掛けて急所を破壊するかのどちらかしかない。
前者は資金が豊富な会社しか行えないうえに周囲の被害が甚大になる。後者は戦車用ナイフ一本あれば事足りる上に周囲の被害は小さい。
だがアスデリオス自体が接近戦を得意とする奇獣ゆえに余程のテクニックが無いとやられてしまう。
莉子がアスデリオスを一体倒せたのは奇跡だった。
「残念だがブランゴ第二小隊にアスデリオスを倒せる程の火力は無い、それにM.Oの機動力ではアスデリオスの攻撃を躱すのは難しいだろう、だから香澄君」
「はい」
「君がアスデリオスを倒すんだ」
その言葉は香澄莉子の心に重くのしかかりプレッシャーという名に変わった。
指が震える。それは恐怖からくるもの、奇獣にではない、死でもない、自分にかけられた期待にだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます