第12話 フィリピン決戦〜弐〜(山岡編)

 二十一時十五分、フィリピンルソン島パンパンガ州クラーク経済特別区、クラーク国際空港ロビーにて。


 ピチャと水を踏む音をたてながらロビーを歩き進む三人、時折不規則に揺れ動くのは足元の障害物を避けてるからだ。


「ここは昨日のままなんだな」


「ケッ、胸糞悪い」


 昨日の戦闘でこのロビーでは百人程の警備兵が死んだ。その死体がまだ残されているのだ。

 足元の水は血液だ。


「ほとんどの死体が食い破られてますね、奇獣が一度戻って食べたんでしょう」


「頭が残っているのがせめてもの救いだな」


「そうでもないよ若宮、あそこの死体、目が無い。多分目に口を刺してそこから脳を吸い取ったんだよ、ジュースみたいに」


「ああもう! そういうのはいい! さっさと終わらせてこいつらを家に帰すぞ」


「そうですね」


 山岡はロビーを抜けて弾薬庫代わりに使っていた空き部屋に入る。若宮とエンジェルは向かいの武器庫へ。

 部屋の中には弾薬類が安全管理等どうでもいいという風に杜撰な置き方をされていた。


 管理責任者は講習の一つもまともに受けていないのだろうか。


「さて、中身は……ふむ」


 手近な箱を開けて中身を確認する。それが終わったら次の箱へ、半分程覗いたところで確認作業をやめて向かいの部屋に入った。


「若宮、エンジェルさん、そっちはどうですか?」


 武器庫代わりの部屋では若宮とエンジェルが使える武器を探していた。


「駄目だ、どれも破壊されて使い物にならない。鈍器にはなるだろうがな」


「こっちも一緒、火薬が湿気ってる。全部確認したわけじゃないけど希望は薄いね」


「クソッ! 奴ら俺らを逃がす気ねえのかよ!」


 ドンッと壁を打ち付けるエンジェルの肩を抑えて、まあまあとなだめる。


「予測してた事じゃないですか、使えればラッキーぐらいにさ」


「その通りだ、ここはもういい、滑走路に行くぞ」


 若宮の先導に従い空港内を歩く、流石にロビーを抜けると廊下に血溜まりは見られなかった。


 それでも時折奇獣が肉片を引きずった跡や持ち帰えろうとして取りこぼしたであろう内蔵が散逸していた。


「さて、この扉を開けたら滑走路ですけど」


「ここまで奇獣の反応がねえのが気になる、罠か」


「罠ですねえ、確実に」


「ふむ、少し熱感知で透視してみたが。奇獣が二十体程いるぞ。おそらく滑走路の向こう側にもっといるだろうな」


 若宮と同じように山岡も熱感知モードに切り替えて扉の向こうを透視する。


 確かに奇獣の群れが見える。温度がイマイチ低いのは何かで隠しているからだろうか、滑走路の向こうにいるであろう奇獣も隠しているのだろう。


 作戦前に偵察を出していたが、奇人の襲撃を恐れてあまり深く探らせていなかった。


「僕が偵察すればよかったかな、まあとりあえず行きましょう。気になる影も見えたし」


「気になる影だと?」


 エンジェルが聞いた。


「ええ、奇獣の影に隠れてね。まっ行けばわかりますよ」


 そう言って山岡は扉をゆっくりと開けた。

 三人は滑走路に出て歩を進める。民間人が虐殺されたヘリを通り過ぎ、昨日弾幕を張っていた位置にまで来た。


「よく来たな」


 しゃがれた声がした方向を向くと、全身をフードとローブで覆った男が一人の警備兵を小脇に抱えていた。


 状況から見てローブの男は奇人とみて間違いない。親玉だろう。


「静森じゃねえか」


 警備兵を見てエンジェルが呟いた。直後、ローブの男は静森と呼ばれた警備兵を離して脇に立たせた。


「あっ、エンジェルさん。その……すいません!」


 静森が謝った。元々細い体が萎縮して更に細くみえる。


 この間に山岡は薬を口に含み(飲み込む事はせず舌の裏で保管)トンファーを構えた。若宮はレーザーブレードを、エンジェルは重機関銃を構えた。


 わけがわからないというようにエンジェルが「はあ?」と聞き返した。


「まあ、やっぱりというか何というか。僕達を売ったんですね」


 静森は小さく頷いた。


「ぶ、部下を助けてやるから協力しろと言われて」


「そうかお前が……」


 エンジェルは激怒するでも悲嘆するでもなく、ただ諦観したかのような態度がとった。


 そんなエンジェルを観て何が楽しいのかローブの男はフードの下で文字通り「ケタケタ」と笑った。


「仲間に裏切られた気分はどうだ?」


「どうです? 解説の若宮さん」


「誰が解説だ、どうって、予想してたから別に」


「だそうです」


 山岡と若宮の軽い態度を観てローブの男はあからさまに舌打ちをして歯ぎしりをした。


「予想してたからなんだ! 周りを見ろ! この空港は数百の奇獣で囲われている。貴様らに逃げ場等ない! 言っておくが救援は来ないぞ、あれは貴様らをおびき出すためのエサだ!」


 ローブの男が叫んでる間に数多の奇獣が物陰から姿を見せ始めた。ざっと見て二百はいる、昨日滑走路で戦った時とほぼ同数だ。


 半魚反蜥蜴はんぎょはんとかげのスキュラに、四メートルもある巨大蜘蛛のシェロブ、体の三倍の長さの首を持つマフトと小型奇獣が八割を占めている。


 残りの二割は中型奇獣、ナックラヴィーが約三十体そしてアスデリオスと呼ばれる中型奇獣が十体。


 アスデリオスは十メートル以上ある四足の奇獣で、牛のような頭部を持ち首がない。そのため常に前を向いている。前脚が胴体と同じくらい太く、そしてナックラヴィー程では無いが長い。


 ゴリラの体に牛の頭がついてるようなものだろうか。


 全身が鎧で覆われているかの如く硬く、前脚は戦車を紙のように砕く事が出来る。


 巷では戦車キラーなんて呼ばれている。


「ケタケタケタ、囲まれた! 救援はこない! もうお前達は終わりだ! ケタケタケタケタケタケタ」


 ローブの男が勝ち誇った笑みを、おそらくフードの下で浮かべている。

 静森はガクッと項垂れて短く「すみません」と呟いた。


 そんな彼等とは対照的に、山岡達は至って冷静だった。


「ふむ、どうやら来たようだ」


 と突然若宮が言った。


「へっ、おせえよ」


 続いてエンジェルも。


 耳を澄ますとズンと鈍い音が聞こえてくる、そして次第に音と共に振動が足元から伝わってきた。


 そしてその鈍い音は段々大きくなりこちらに近付いてくるのがわかる。


「何だ一体、おいアスデリオス! ひとまずこいつらを殺せ!」


 ローブの男の指示を受けて一番近くにいたアスデリオスが腕を振り上げて山岡達を狙う。


 だがその腕は山岡達に向かって振り下ろされる事はなく、そのままだらんと地面に投げ出すように降りた。


 理由は明白だった。アスデリオスの脳天から心臓に掛けて背後から一つの大きな刃が唐竹割りをしていたからだ。


 刃は引き抜かれて、アスデリオスが地面に崩れ落ちる。


 刃の持ち主は、大昔の軍服を思わせる造形に燕尾のコートを羽織り、頭部には一文字のスリット。


 株式会社ジッパー保有の人型戦車カドモスだ。


 そのカドモスからオープン通信が飛ばされる。


「香澄莉子、ズバッと参上しました!」


「それじゃそのままズバッと解決しようか」


 山岡は薬を飲み込んだ。

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