第5話 水の都

歩いて数刻。

未だ都は見えて来ず、しかし私は命の危機に瀕していた。

「オウガ!ちょっと、どうすればいいの!?」

「ミューは逃げて!」

「無理だよ!」

周囲は魔物に囲まれ、四面楚歌。何をどうすればいいのかもわからず、私はスマホをタップし続ける。

『みう:ウワアア囲まれた!』

『かい:ならなぜ機器を触ってるんだよ!逃げろよ!』

世界を股にかけ画面の向こうの一人の男の子は、すぐに返信をしてくれる。心強いとは思うが、戦力になるのかと聞かれれば否、そんなはずはない。

『みう:ここで私は死ぬのか死ぬ前にあのゲームのエンディングを見たかったよ…』

『かい:まて遺言を書くな!フラグが立つぜ!』


実際はそこまで大変でもなかった。

オウガが何とか撃退させ、落ち着いて考えると逃げれそうではあった。

うさぎが変化した魔物。魔兎まとというらしい。まんまだな。人を食うほどの肉食とはいえ、魔兎は力がない。

集団で、それもウン十匹でやっと人間を食することができるほど力が弱い。噛まれたら血が出る程度で、致命傷にはならないという。

それを冷静になり、かいくんに言ったところ、可愛らしい顔文字で脱力されてしまった。

申し訳ないとは思うが、異世界での初モンスター、パニックになってもしょうがないだろうと開き直ってやる。

私たちはそれから数十分歩き(途中で崖から落ちそうになったり谷を渡ったりして命の危険を感じたりはしたが)やっと都が見えてきた。

赤レンガの、俗にいう「中世ヨーロッパ風」な街。

大変私好みで、いささかテンションが上がってしまう。

小さな子供が、色とりどりのきれいな髪を翻して目の前を駆けていく。

その姿に少し、寂しさを覚えた。

昔は、私もああやって友達と遊んだものだ。

今はその友達も向こうの世界。会おうにも会えず、今、彼らが何をしているのかさえわからないのだ。

向こうが朝なのか昼なのか夜なのか、暖かいのか寒いのか、平日なのか休日なのかさえ、もうわからないのだ。


寂しい。


「…ミュー?」

「えっ?あ、ああ、何でもないよ!」

「……」

顔を覗き込まれ、慌ててそらす。

泣いていなかったかと袖で目元を拭くが、泣いていなかったようなのでよしとする。

「あ、行こっか。こっちだよ」

「ん?」

行く、と言ったが、はてどこへだろうと首をかしげる。

連れて行かれたのは、巨大な、一体どんな巨人が通る扉なんだと叫びたくなるような門。

「オウガ、ここ、何?」

「騎士団の寄宿舎さ。友達がいるんだ。顔を出そうかと思ってね。ついでに、ミューの紹介とか、ね。」

「紹介?」

「短い期間だろうけれど、一応一緒に旅をするんだ。それに、騎士団の連中はミューみたいな女の子が来るとやる気を出すからね」

おいそれでいいのか騎士団は、と叫びだしたくなる。

叫んで、多分頭をかきむしるぐらいはやりたくなる。

やらないけど。

騎士、と聞いて思い浮かぶのは馬に乗って剣を持ち、敵を切り裂いて行く男の人のことを思い浮かべる。

お偉い方のイメージは間違っていないのだろうけど、この世界はそこまで野蛮ではなさそうだ。戦争があっている、というような話は今のところ聞いていない。


オウガが騎士の人たちに話をし、中に入れてもらった。

男臭いかと思えば、そうでもなく、花のいい香りが漂っていた。

話を聞けばもちろん男の方が多いが、女性騎士も大勢いるのだとか。女性差別とかなさそうでまあ、良かったといえば良かった。

「オウガ!」

肌色のタイルの上を歩いていると、女の人の声が聞こえた。

オウガとほぼ同時に声がした方向を見ると、そこには赤い鎧を身につけたかっこいい女性騎士が走ってきていた。

私たちの前に来て、止まる。背はオウガより少し低いぐらい。私よりはかなり高いことに違いはないが。

「リリィじゃないか!元気?」

「元気も元気さ!今日も汗臭い男どもをしごいてばっかさ!あたしも汗をかきたいもんだよ!」

おお、豪快な。実に私好みだ。キャラクターを作るならこういうキャラをまず作る。

リリィさんはその後、オウガの陰に隠れていた私を見つけ、驚いたような表情をする。

「その子は?」

「ミューだよ」

「何その、可愛らしい名前は!」

「…ですけど。」

「違うじゃないか!」

この人、面白い。

訝しげな表情は一切見せず、むしろ歓迎の雰囲気が感じ取れる。その態度に、上からだが好感を示せたし、仲良くなれそうな気さえして来る。もちろん、この態度がリリィさんの本当の顔ならば、だが。

「みゆちゃんか。オウガ、どうしたの?」

「え?ああ、昨日泊まった無料宿の近くで倒れていてね。助けてあげたんだ」

「珍しいこともあるのね」

「行くところも帰るところもなさそうだし、とりあえず一緒に旅をしようか、って。」

間違っていない。行くところも帰るところもないんじゃなくて、帰るところはあるが帰るに帰れないだけだが。

「へえ、あのオウガが二人旅か。良かったじゃん」

リリィさんは腰に手を当て、にっ、と笑って見せた。

そして、言うのだ。


「みゆちゃん。水の都へようこそ。あたしは、この都の騎士団の団長をしているリリィ=ヴェルフェンだよ」


異世界で初めて度肝を抜かされた瞬間だった。

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