LT編

LTは迷わない

 LT


 有名ハンバーガーチェーン店の一つであり東京日本橋から開店したファーストフード店。 特徴を掴みづらいお店であり、ネット上では良い意味でも悪い意味でも有名。過去ファーストフード店論争では必ずイジられ役としての地位を築いていた。

 ナポリぱんだ、全部入り、十段、ふるポテホタテ味、ハロウィンシリーズ……

 日々迷走……良い言い方をすれば試行錯誤を繰り返し顧客を苦笑させ、沢山の革命的商品を世に出していたLT。

 そして、現在は……



「うーん……お姉ちゃん遅いなあ……」

 LTの近くにあるMCでシェイクを吸引する美代小豆は、姉である美代餡子と待ち合わせをしていた。

「この前は四十分遅れだったけど、もう一時間以上待ってるよ……」

「おーい! すまない、待たせた!」

 スマホを見ていた小豆に、遠くから餡子の声が響いてくる。

「もー! お姉ちゃん遅すぎ・・・・・・」

 小豆の視線の先には、見知らぬ姿があった。

 白く端っこがフリルのシャツに桃色のセーター、薄紫色のふわふわなフレアスカート。大きなリボンついた白い靴に頭には十字架のヘアピンとなんだかよく分からないふわふわなものがくっついていた。服にも所々ふわふわな何かがくっついている。マスカラもキツいのである。

「お、おおおお姉ちゃん!? ななななな何その格好!?」

「すまないな。今日は夢かわいい系で行こうと思って試行錯誤を――」

「ダメだよ! その格好が許されるのは十代半ばのユニコーンが好きな女子にしか認められない暗黙の聖域なんだよ! そんな青春を跨いでしまったお姉ちゃんが、踏み込んで良い領域じゃないんだよ!」

「大丈夫、大丈夫! まだ私はイケる! この前のイメチェンで、実は生まれて初めてナンパされたんだ! その時は怖くて逃げたけど、私はまだまだイケるって自覚出来た! 夢かわのままLTに乗り込んで行くぞ! 小豆こまめ!」

「ヒ……ヒェ……」

 やる気に満ちあふれた餡子とは裏腹に、小豆あずきはぷるぷると震えていた。





「それでは、今回もハンバーガー店の取材を始めます!」

「おう……ついにこのお店に来てしまったんだな……」


 そうかそうかと納得する餡子に、小豆は質問する。


「え? 何かお姉ちゃん、LTに何か思い入れでもあるの?」

「いいや、別に」

「ないの!?」

「ああ……だが、このハンバーガーチェーン店の取材を始めるとお前が言った時、このお店がパッと思いついたんだ」

「な、なんで?」


 恐る恐る小豆が訪ねると、餡子が話す。


「それはな……売りが全然思いつかなかったからだ」

「へ?」

「何となく今までLTを使っていたが、他のお店と比較した時、凄く迷走した謎の新メニューを作ること以外で全然思い浮かばなかったんだ」

「えええええ!? そ、そうなこと言って良いの!? 先に最悪なネタバレ! 今まで取材を続けてお店の良い所を言えないなんてどうしたら……」


 困惑する小豆に餡子が自信満々に答える。


「大丈夫だ。まかせろ小豆こまめ

小豆あずきだよ」

「ちゃんととっておきの物を見つけて来た。私はこれでも小説家志望だ。広げた風呂敷はちゃんと閉じられよ」

「だ、大丈夫なの?」

「ああ、それじゃあさっそく始めようか」


 二人は仕切り直していく。


「今回は、よく見かけるお店の一つかもしれないLTだ。今回注文したのは、定番のハンバーガー、照り焼きバーガー、サイドはポテト。ドリンクはオレンジジュースとコーヒーだ」

「おお! 久々にこれでもかったいうぐらい普通のメニューだね!」

「本当はエビバーガーとかスライダーとかリブサンドとか特徴のある物もあるが、今回の大きな特徴とは少し離れてしまう。まあ、それでもネタにつきないんだがな」

「えーちょっと聞きたいかもそれー」

「じゃあ、簡単に説明しよう。まずエビバーガーだが、実はこれがLTが生み出したハンバーガー業界を変えた一品の一つなんだ」

「へ?」

「エビフィレオとかいろいろなお店にあるだろ? それの先駆けになった商品なんだそうだ」

「えええ!? そうだったの!?」


 驚く小豆を置いておいて餡子が続ける。


「これだけが、かなりまともな伝説だ。次にリブサンドだ。ちょっと横長のハンバガーがある。BKのロングバーガーみたいな物があるが、肉の食感が違うがあれだ」

「うん」

「一時期凄く長かったことがある」

「へー、どれくらい?」

「三十五センチ」

「!?」


 ジュースを口にしていた小豆はむせ返った。

「まだあるぞ」

「まだあるの!?」

「LTは、よくハンバーガー小さいというクレームを受けていたらしい」

「そうなの?」

「ああ、今でも他の店舗と比べると小さい。包み紙を開けてみろ」


 ガサゴソと紙の擦れる音を拾い。小豆が発する。


「本当だ! 言われてみると小さいね!」

「そう。そしてそのクレームを受けつつ開発されたハンバーガーがこれだ」


 ドンと机に箱を置いた餡子が中身を開く。


のハンバーガー。スライダーバーガーだ!」

「ちいいいいいっっっっさ!?」

「逆転の発想で攻めてきた。因みに今のキャンペーンで、中に雪見だ○ふくが挟んであるのもあるぞ」

「意味が分からないよ!」

「もちろん、ちゃんと前に大きくした時もあった。肉を無理矢理十段重ねてな」

「もうそれ、ただの嫌がらせじゃん!」

「そうだ。LTは定期的に予想の斜め上や下をいく理解不能なハンバーガーやサイドメニュー達を我々に提供してくれるんだ。自分で調べてみると面白いぞ」

「何か聞いてるだけでお腹いっぱいだよ……」

「だが、我々はまだ一口も食べていないという事実。さあ食せ、妹よ」


 かぶり付いた小豆は、租借音を立てハンバーガーを飲み込んだ。


「うーん……ん!」

「ん?」

「おいしい!」


 スパンと小豆は餡子に叩かれる。


「それじゃあ、分析だ。全体的小さめのハンバーガーだ。構成はハンズ、肉、マヨネーズ、ミートソース。ハンズはMSより薄めで肉も薄め、ハンズに関しては縁が焦げていて歯ごたえが生まれている。ミートソースと濃いめのマヨネーズが絡まって旨味を強く引き出している感じだ。私的な感想だが、レストランで出されるハンバーグに味が似てる気がする」

「なるほどー、でも確かに今までのお店と比べるとボリュームはあんまりない気がする。いろいろな所に行き過ぎたせいかな?」

「因みにだが、実はLTのシステムにハンバーガーの詳細な具材を変更追加が出来るカスタマイズ制度がある。だから自分からどうしたいのかを選べたりも現在は出来るぞ」

「そうなのか!」

「じゃあ、次は照り焼きバーガーな。素材構成はレタス、照り焼きのタレ、マヨネーズだ。レタスが多めでマヨネーズの味はハンバーガーと同じ。肉の厚さは薄め、タレの味が濃い感じだ。大きさは小さいけど厚みがあるな」

「うん、そうだね!」

「次にポテトだ。MCと太さが同じで油分が少ない。食感が安定して塩味が利いてる」

「うんうん、わかるわかる!」

「総評としてハンバーガー類は可も無く不可も無い。以上、終わりだ」

「……え?」


 しばらくの沈黙が彼女等を包んだ。


「えええええええええ!? な、何か無いの?」

「何って?」

「もっと、味が多種多様とか! 旨味があって美味しいとか! スパゲッティが美味しいとか! ワッパーがデカいとか! もっとお店の面白い特徴はないの!?」

「……」

「う、嘘だよね!? そんな訳ないよね!? さすがにあるよね!?」

「……」

「こ、これじゃあ、LTはただ定期的に面白メニューを出してるだけの一発芸人みたいなお店になっちゃうよ!」

「お前の考えていることは……」


 突然机を引くような音と共に――





「まるっとすりっとお見通しだ!」





 机を叩く餡子。

「何故私が解説にベストを尽くさなかったのか……その解を教えてやる」

「あるの!? LTのネタ以外で他には負けない魅力があるんだね!」

「ああ、今までいろいろなお店でも出てきたが特に触れてこなかった物が決定的に違う。それが私の引いた伏線であり、LTの長期的戦略だ」


 スススと机の前に出した。


「……へ? 飲み物?」


 間抜けな声を出す。

 それに餡子は「ああ」と頷いた。


「もっと具体的に言うとコーヒーだ」

「コーヒー?」

「そうだ。今までずっといろいろな店でコーヒーを注文して飲み比べをしていたが、こうしてLTのコーヒーを飲んでみて分かった。LTのコーヒーは別格レベルで旨い」


 冷静だが、力の籠もった声音で餡子は言い放った。


「これはネット上の……残念ながらwiki先生や2ちゃんの一部でしか呟かれていないことだが、LTのコーヒーは他社とは格が違う。理由はたぶんLTは元々カフェテリアの方針で創業を始めたからだと思う。こくと深みが他の店とは全然違うんだ」

「そ、そうなの? 私コーヒー全然飲まないから分からないや……」

「飲んでみ」

「へ?」


 スススとコップを小豆の前に出す。


「え!? で、でも、コーヒーなんて苦くて私飲めないよ!」

「良いから飲んでみろ」

「えー……」

「えーじゃない! リポーターを目指してるなら度胸を出せ!」


 餡子に促され、渋々小豆はコーヒーを口につけた。


「……!?」

「どうだ小豆こまめ?」

小豆あずきだからね! 何か苦くて美味しいかどうか分からないけど、これ飲めるよ! 私でも飲める!」

「そうだ。特にキリマンジェロは今までコーヒーを飲んだことのない人にもお勧めできる。もちろんブラックの状態でもな。私も実はコーヒーが飲めるようになったのは、LTで間違えてコーヒーを注文してしまったのが切っ掛けだったりする」

「そ、そうだったんだ。確かに飲みやすいコーヒーだなとは思うよ。たぶん美味しいだと思う……」


 小豆は不満そうに話を続けた。


「でもさ、味もあって量も結構あるけどさ、二百五十円だしちょっと高いから手軽じゃないよね? MCのSサイズコーヒーは百円だよ?」





「何故ベストを尽くさないのか!」




 餡子は、机に何かを叩きつけた。


「お、お姉ちゃん!? 今度は何?」

「これがLTの切り札。ドリンクチケットだ!」

「ドリンクチケット?」


 小豆は聞き返し、餡子は話を続ける。


「これは五回分のドリンクチケットを千円で購入出来るシステムだ。チケット一枚につき無料でMサイズまでの飲み物を注文出来るようになるクーポンだ。購入する時はTの付くカードでポイントも貯まるぞ」

「えーっと……つまりコーヒーなら五十円引きで二百円で飲めるってこと?」

「そうだ。ついでにカフェオレは二百八十円だから八十円お得になる計算だ」

「うーん……」

「なんだ? 不服そうな顔をして」

「お得なのは分かったけどなんだろう……コーヒーに興味ないし……ドリンクが安くなるだけならMCとかのクーポンにもサイズアップみたいなのが……」

「ならシェーキとスープとかに使えば良いだろ?」

「へ?」


 小豆が間の抜けた声を出す。


「シェーキってMCでいうシェイクみたいなやつだよね? それにスープも交換出来るの!?」

「LTはスープも飲み物判定だからな。つまりそういうことだ。このチケットの一番は汎用性、その日の気分で好きな物を飲める。更に追い打ちをかけていくが、このチケットは時々割引期間があったりする」

「割引?」

「チケットを二セット買った時の得点みたいなものがあったりするんだ。地味だがMCよりコスパとして優秀な時が出てくるんだ」

「へー」

「そして良くも悪くもMCより客層の年齢が高いから店内は静かだ。特に駅の近くによく店があるから待ち合わせにはうってつけな店だ」

「なるほど-、確かに今までの味とか量とかで勝負してたお店とはちょっと雰囲気違うね。休憩に力を入れてる本当にカフェみたいに思えてきた」

「迷走を思わせるような奇行を公式が行いネット上で話題性を出しつつ、実店舗では長期ユーザーを作るサービスやお客様の声をちゃんと受け止めている。とても堅実で自分の立場をわきまえたお店だと私は思っている。この目まぐるしいハンバーガー業界を生き残る力を持った良いお店だ」

「おー! 何か良い感じで終わったね!」

「よし、それじゃあ今回はここまでだ」





 次回、最終回!

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