31
ステージ。
スポットライト。
その光を散らすマイクのヘッド。
鈍く光るアンプの筐体。
煙幕。
観客の熱気。
突き上げられる拳。
ギター。僕のギター。
怜未。
ソラ。
Aメジャーセブンスから始まる、僕ら三人を繋いだ音楽。
それらすべてのものごとが、まるで何万年も昔のことのように思える。
最後の曲が終わり、僕らの奏でた音の残響が空間から消えたとき、観客が吐き出す熱い静寂が、からっぽになった僕の心を静かに満たしていった。
終わった。
ついに終わってしまった。
魂を振り絞るような観客の歓声も、警察の来襲を告げる警報も、もはや僕の耳には入って来なかった。僕は隣のソラに目を向ける。彼女はステージ照明の鮮やかな色彩の中、じっとフロアを見つめている。
「ソラ」
彼女の名が口からこぼれ出た。胸の中で熱せられて膨張した空気が、喉を突き破って噴き出してきたみたいだった。でも僕の声に彼女は顔を向けない。彼女は恍惚とした表情で客席を見つめながらアンコールを聴いている。僕は色彩に輪郭を縁どられたソラの姿を見つめた。今にもつま先から消えてしまうのではないか、すぐにでも僕の目の前からいなくなってしまうのではないかと思えるほど、彼女は白昼夢みたいに淡く儚い。
「詠人っ!」
怜未に大声で名前を呼ばれ、僕は現実に引き戻された。鼓膜を突き刺すようなけたたましい警報が鳴り響き、さらにそれを掻き消すようなアンコールが鳴り止まない。
ステージ袖から世羽さんが声をあげている。
「おい、こっちだ、早くしろ!」
僕はまたソラを見た。彼女は確かにそこに立っている。いま手を伸ばせば、彼女の手に触れることができる。僕のこの手が届くところに、彼女は確かに存在している。
「アンコールに応えてるヒマなんてねえぞ! 警察が来る前に裏口から逃げろ!」
「詠人、行こう!」
世羽さんと怜未に促され、僕はステージを駆けた。放心しているソラの手を取り、彼女に声をかける。
「ソラ、行くよ」
それでも彼女は動こうとしない。十万発の花火が散ったあとの夜空を見上げるみたいに、その花火の残り滓のような小さな星々を眼に焼き付けているみたいに、ソラは遠く、はるか遠くを見つめている。
僕はこらえ切れずマイクをスタンドからむしり取った。
「待ってろよ! こんなクソみたいな世界、僕らの音楽で変えてやる!」
フロアの後方の扉が開き、警察がなだれ込んでくるのが見えた。それでもアンコールは鳴り止まない。僕はソラの手を引いてステージ袖へ走った。袖で待っていた怜未と世羽さんと合流し、裏口から出て世羽さんのライトバンに乗り込むまで、ソラは一言も口をきかなかった。繋いだ手に彼女の体温を感じながら、会場を後にした。
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