21
僕は考える。
世羽さんはどうして僕たちをライブに行かせたんだろうか。音楽をやることの危険性を思い知らせてライブをやめさせるためだろうか。
でも、それはもう無理だ。
だって、僕らは知ってしまったんだから。
音楽の力を、人々を狂わすほどの音楽の魔力を。
「音楽、やります。やらせてください」
『路地裏』に戻った僕は、世羽さんにそう告げた。
「お姉ちゃん、私からもお願い。音楽、やらせて」
そこへ怜未が言葉をかぶせる。
「お前らなあ……」
世羽さんはひとしきり僕たちを睨みつけたあと、観念したように深い溜息をついた。そして、いのりさんと耳打ちで会話をする。頷いたいのりさんが店のカウンターの奥に消えたかと思うと、またすぐに僕らのところへ戻ってきた。
彼女の手には、ひとつの鍵が握られている。
「しばらく預けとく、ぜったいに失くすなよ」
「世羽さん……いいんですかっ?」
「ふん。勝手にしろ」
そう言って世羽さんは奥へと引っ込んでしまう。
フロアに残ったいのりさんが、僕の手を取って鍵を握らせてくれる。
「スタジオルーム、一〇一号室。機材の使い方がわからなかったら、私に訊いてね」
彼女は「今日はもう店じまいするから、きみたちは帰って。ね?」と言って、店の奥に引っ込んでいった。僕は茫然としてその場から動けなかった。怜未もそうみたいだ。「お姉ちゃん……いのりちゃん……」とつぶやいたまま動かない。
「あ、そうだ」
カウンターから声が聞こえて、世羽さんがふたたび顔を出した。
「ライブの日程、考えとけよ」
言ってすぐに顔を引っ込めてしまう。
僕は怜未と顔を見合わせた。怜未はたまりかねたようにみるみる笑顔になる。僕も思わず頬が緩む。世羽さんが認めてくれたんだ。いのりさんも手助けしてくれるんだ。ここ下北沢で、僕たち三人のライブができるんだ。たった一回じゃ世界は変えられないだろうけれど、これから世界に音楽を思い出させてやる、その一歩になるかもしれないんだ。
「ソラ、やったねっ!」
「……うん」
怜未がソラの手を取ってはしゃいでいる。微笑ましい青春の一ページだ。僕はのんきにそんなことを思っていた。考えてみれば、このときから悲劇は始まっていたのかもしれない。彼女の異変に僕がもっと早く気が付いていれば、あんな最悪な物語を、僕たちは辿らずにすんだのかもしれない。
なにもかも僕が間違っていたんだ。そのせいで、彼女は深く傷ついてしまった。
自分の犯した取り返しのつかないほどの失敗に、僕が気付かなかったばかりに。
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