第27話 第七章・愛の色(1)

 バニラの家で夕食をごちそうになりながら、これからの作戦をたてようという話になった。

 正直、それどころではない。早くヴィックを助けて欲しいと言ったが、空腹のバニラは聞く耳も持たずに自宅へ帰ってしまった。

「おなかすいたあたしが、こんな時間に森に言ったら倒れちゃう」

 そう言いながら、具沢山のスープを食べている。しかし、ラーラは手をつける気分にならなかった。

 バニラの家族は寝静まっている。声のトーンを落としながら話す。

「お願いよ、早く……」

 じれるような思いで言う。バニラははいはい、と芋を口に入れた。

「ドコに泊まってもらう? 一緒でいい?」

「ダメ!」

 即座に拒否した。怒っているであろうヴィックと一緒にいるのは辛い。まして、血を提供して欲しいだなんて……。

「んー、じゃあさ、開いてる家があるからそこでいいよね。汚いけど、森の中よりはマシでしょ。そしたら、明日、個別にロクェのところへ行って、薬を作ってもらえばいい」

「そうね。それが一番いいかな」

 ゆらりと湯気のたつスープを眺めながら、ラーラはうなずいた。本当は、会いたくてたまらない。けれど、そう思っているのは自分だけ……。

「ラーラって、人の気持ちわかんない人だよねぇ」

 スプーンで最後の一滴まで拾い上げながら言う。

「え?」

「別にいいけどさ。あたしは面白いから」

 ようやく満腹になったようすのバニラは、椅子から立ちがる。

「じゃあ、これから迎えに行ってくる。ラーラはさっさと食べて、あの小屋に戻っててね。ぜーったいに、会いたくはないでしょう?」

 にやにやと言われる。なぜそんな顔をされるかわからないけれど、ラーラはうなずいておいた。

 そして、バニラが一人森に向けて出発し、残されたラーラはようやく気付いた。

 バニラは、会いたがっていることに気がついている。

 見透かされたんだと思って、腹立たしくなりながらスープを飲んだ。

 母の料理が懐かしくなる。


 ラーラは一人で小屋に戻って、落ち着かない時間を過ごした。

 辺りは寝静まり、虫の音が時折聞こえる。もったいないから、ランプもつけずに真っ暗闇の中、ベッドに腰掛けていた。

 すると、小屋の側を歩く足音が聞こえた。それはどんどん近づいて来る。二人の男女の声がした。何か話しているけれど、小さな声だから内容まではわからない。何を話しているんだろう。男の声に心が浮く。

 ヴィックが、そこにいる。

 どうしようもない程心臓が高鳴る。隣の小屋の扉が開閉され、足音がこちらの小屋に近づいて来た。

 もしかして、ヴィックは怒鳴り込んでくるかも。それでも自分の気持ちが抑えきれなかったら大変だ。お願いだから、顔を見せないで欲しい。思わず短剣に手を伸ばす。

 扉が開く音がした。

 緊張して顔をあげると、ランプを持つバニラが一人、笑顔でこちらを見ていた。

 ホッとした反面、彼の顔を見ることが出来ずに落胆してしまう。愚かな自分に苦笑いしてしまった。

「あの人……ヴィックさんには、隣の小屋に泊まって貰うね。だいぶ弱っているから、食事と水を出しておいた。さっきの残りだけど」

「ありがとう」

ラーラが礼を言うと、バニラは頭をかいた。

「ま、いいんだ。ふふ」

よくわからない笑いに、ラーラはいぶかしむ。

「何?」

「なんでも。さ、もう遅いから寝よう。着替え面倒だからこのまま寝ちゃお」

「バニラったら」

ラーラはくすくす笑いながら、ベッドに潜り込む。バニラもベッドに腰掛け、ランプの明かりを消した。暗闇の中、衣擦れの音がする。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 すぐに、バニラの寝息が聞こえた。疲れさせちゃったかな、とラーラは申し訳なくなる。

 すぐには眠れない。

 隣に、ヴィックがいる――。

 そう思うと落ち着かない。

 耳を澄ませば、ひょっとしたらヴィックの発する物音が聞こえるかもしれない。しかし、聞こえるのはバニラの寝息だけ。

 何してるんだか。

 呆れてため息をつく。

 しかし、今のラーラにとっては一番安心出来る距離だった。

 姿が見えないけれど、ヴィックを感じられる。そこに、ヴィックは生きている。それだけで幸せだった。

 果たして、彼は協力してくれるだろうか。わからないけれど、バニラに説得して貰おう。

 自分たちの未来がかかる出来事なのだから。

 ヴィックの側にいられることを幸福に感じながら、眠りについた。

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