第16話 第四章・旅立ち(4)
目を開いたとき、ようやく視界がクリアになっていた。まだ痛みが体中を蝕んでいるものの、我慢できないほどではない。
「ラーラ?」
心配そうなグロリアの顔。すぐに、ラーラは意識を覚醒させる。
「お母さん、私の目、あの色は消えている?」
開口一番に尋ねた。
「何を言っているの? とんでもないことをしておいて! 自分が何をしたか……」
さすがに声を荒げられたが、ラーラは聞く耳を持たなかった。
「ねぇ、あの色は?」
弱弱しい声でもう一度尋ねると、グロリアは何か言いたそうな顔を隠しきれない様子で、ラーラの瞳をじっくり覗き込んだ。
「ない……」
呆気にとられたような声に、ラーラはほっとする。とりあえず、死なずに忌まわしい血を浄化することが出来たのだ。安心して眠りそうになったが、起き上がる。
「なんか、食べる」
「そんな顔色で、食べられる?」
ラーラは、生気の感じられない状態だった。
「すぐ、力をつけないと」
しかし、歩くことはできなかった。ひどい眩暈にベッドに倒れこむ。
「無理しないの。バカなことして。水と食事、持って来るから」
まったく、何をしでかすんだか、とうるさい小言を聞きながら、ラーラは感謝した。こうして生かしておいてくれたことを。
水を飲んで一息ついたら、グロリアからの質問と説教攻めになった。当然だが、ラーラはぐったりとした体で一つ一つ丁寧に答える。
「どうして飲む前にひとこと相談しないの? 死んじゃったら生き返らないのよ? そんなこともわからないの? だいたい、ラーラは…………」
涙声で言われる。けれど、グロリアのお説教も、また聞くことが出来て嬉しかった。毎日というのは、体にこたえたけれど。
毒を飲んでから、およそ二週間。ラーラは驚異的な体力で元の体をほぼ取り戻した。しかし、異様に疲れやすくはなっている。
「あなた、不死身ね」
見舞いに来たマヤに小ばかにされたが、それは嬉しい罵倒だった。マヤも、笑顔だった。
それから、ラーラは何度も街に降り、ありとあらゆることを調べ、吸収していた。おかげで、知識は普通の人よりも増えた。
当然、家族のこと。きょうだいのこと。血縁のこと。海のことなど、常識と思われるものは網羅したつもりだ。
けれど、肝心な情報は何も手に入らなかった。そう簡単に見つかるはずがないと思っていても、有益なものなどなかったのは、さすがに疲弊した体にムチを打つ。
勉強している時、一番先頭にたって指揮してくれたのは、ゼフィラの祖母だった。知る限りの知識をすべてさずけてくれた。ゼフィラの祖母も母も、ラーラによくしてくれる。
最初は遠慮がちだったゼフィラも、資料の整理など手伝ってくれた。ラーラの決意に余計おののいてしまっていたが、出来ることはしようと思えるようになったみたいだ。
「まさか、ラーラが毒を飲むなんて……。わたしがあんなことを言ったせいで」
信じられないといった様子だが、最近では以前のゼフィラに戻ってきている。精神は安定してきているみたいだった。ラーラはそれを知り、もう彼女を置いていっても大丈夫であろうと判断した。
「ラーラばっかり辛い目にあわせて。好きな人だっていたのに……ほんとに、出来ない子でごめん」
「大丈夫、最初から何も期待して無いから」
「何よ!」
本に囲まれながら、ラーラは軽口を叩く。ゼフィラは可愛らしく怒る。
いつもの二人だった。それを見て、村の人たちも笑う。
こんなに素晴らしい人たちがいる種族を、滅ぼしてなるものか。ラーラの中に新たな決意が生まれた。
*
それからの一年は、人生で一番あっという間だった。
ひとつ年を重ねたとは思えないほど。
今、ラーラは旅支度を整えた格好だった。とはいっても、特に持っていくものなどない。いつもどおりの麻のワンピースにグロリア特製の白い色のザック。
ラーラはある決意をしていた。
旅をしよう。この辺りでは見つからない何かを探しに行こうと思った。
もちろん、危険なことだ。毒を飲んだから、あの色が消えたからといって、男性に会って、恋をしない確証などない。また誰かの命を犠牲にしてしまうかもしれない。
けれど、恐れていてはまたこの繰り返しだ。幸せになるために、鉄の意志を持つことも可能な気がしていた。
ゼフィラがなんともなしに寄越したナイフが、鞘に収められて懐にあった。いざというとき使えるように。
「どうか、うまくいくように見守っていて」
胸には、海水のつまったビンをかけていた。もう中身は蒸発していて、白い結晶になってしまっていた。保存状態が悪かったことを反省した。ぎゅ、とそのビンを握る。
いつか、新しい海水をここにつめるのだと、空に向かって宣言した。その時は、またヴィックに会いに行く。
ふわり、とポプラの綿毛が舞った。
毒を飲んで、寝る間も惜しみ、調べ物をしていたラーラには早すぎる一年だった。何度グロリアに休みなさいと叱られたことか。
旅を始めるには絶好の季節じゃないか。見送られるのは苦手だから、誰にも告げることをせずに旅に出る。旅に出る準備はしていたから、さほど心配はしないだろう。
ザックには、日用品の他に、荷物になるけど持って行きたいものも入れた。
あの絵本。
きっと、ラーラを勇気付けてくれるものだから。
ラーラはひとり、長い髪をなびかせ歩いていった。その姿をポプリが彩る。
いつか幸せを掴んでやると決意したその背は、何よりも強いものだった。
帰ってきたら、きっとグロリアに殴られるだろうな。
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