第7話《モモ》
紗衣五村の対抗戦が行われた土肥村では、慰労会が行われていた。
松吉は木見村の長老に連れられ、アチコチの卓に挨拶に回っている。
その光景はどこか滑稽で、自慢気に松吉を紹介する長老に恥ずかしながら着いていく松吉はいつものように無口で、昼の対抗戦であれだけの活躍したとは思えないくらいに大人しかった。
モモはそれを見ていると何だかほっとした。
昼の松吉はモモの知っている松吉とは全くの別人だった。
特に最初の競技種目だった木渡りで五間以上間隔のある木から木へビューンと飛び移る様は、空中を自由に飛ぶ大鷲のようで初めは見とれていた。
しかし何度も何度もその情景が繰り返されるたびに、普段は見ない松吉の鬼気迫る表情が頭にこびり付き嫌な胸騒ぎを覚え、理由は分からないが徐々に怖いと感じるようになってきた。
そして競技が進むにつれて熱気が増していく会場の中心にいる様は、何だか遠くに行ってしまったような寂しさも感じた。
それが今はいつもの松吉に戻っているようで、モモにとっては対抗戦の優勝よりも、そちらの方が嬉しかった。
元々モモと松吉は幼馴染で家も隣同士だった。
三才の春に松吉の両親がちょうほうに出る時に仲の良かったモモの両親が一時的に松吉を引き取った。
それから7年二人はまるで兄弟のようにモモの両親に育てられた。
左目にある黒い痣で小さい頃にいじめられた性か、普段は引っ込み思案で無口な松吉はモモ以外の村人とはあまり会話もせずに、ただひたすら修行に励んでいた。
村同士の対抗戦で全種目優勝というのは紗衣五村では初の快挙で、しかもそれが同一人物だという事に他村の大人達だけではなく、同行した木見村の長老でさえ驚いていた。
松吉は引っ込み思案で村の子供組だけで修行する時でさえいつもオドオドしていた。
木見村の戦略として各種目ごとに一番優れている子供は出場させるが、二番手でも他の種目が一番の子には、その得意種目に集中させるのと怪我防止の為に他種目での出場を控えさせた。
結果的に平均してそつなくこなす器用な松吉が全種目出場する事になった。
その松吉がまさかここまで凄いとは一緒に住んでいるモモでさえ思ってもいなかった。
モモが住んでいる木見村が所属する紗衣五村には木火土金水の五村があり、それぞれの村ごとに木練、火練、土練、金練、水練と得意分野がある。
修忍里に行く直前の子供組でお披露目のように毎年対抗戦が行われる。
そこで優勝した村が、その後一年間紗衣五村の頭村となり、年に四回の長老会議はその村で開催される。
長老会議の前日には各村から特産物が届けられ、盛大な前夜祭が行われる。
普段は食べられない豪華なご馳走が振る舞われるので、対抗戦の出場者は村人の期待を一身に背負い子供ながら全身全霊をかけて優勝を狙ってくる。
各種目毎に各村から二人ずつ選出され、一位には五点、二位には三点、三位に一点が加算される。
例年通りならその種目属性の村からの出場者が一位二位となり、他属性種目で三位までにどの村が何回食い込めるか、あわよくばまぐれでも二位に入れるかで最後まで優勝争いが盛り上がるのだったが、今年の対抗戦では全種目で松吉が一位になった。
そうなるともうどの村の誰が何位に入ろうが関係なかった。
はじめは松吉の八面六臂の活躍に興奮が冷めやらない状態の慰労会だったが、話が進むにつれて次第に和気あいあいとしたいつもの紗衣五村の宴の表情に戻っていった。
村人達の楽しげな笑い声の中で徐々に夜も更けていく中で、モモは理由の分からない怖さにじっと耐えていたが、とうとう我慢できずに歌いだした。
モモは悲しい時も楽しい時も心が飽和すると唄を歌って自分を落ち着かせる。
つ~る よ~い よ~い よ~い つ~る よ~い よ~い よ~い
さい~の~むらにぃ~はぁ~ たかぁ~らぁ~のぉ~ やぁ~まよ~
はじめはモモの美声に聞き入っていた村人達も卓や椅子を楽器代わりに一緒に歌いだし、即席の秋祭りの宴に慰労会は盛り上がった。
楽しいはずの宴にもモモの胸騒ぎは一向に収まらずワサワサと水面下で続いている。
慰労会の和やかな雰囲気とは裏腹に、紗衣五村でも数年前から各村の子供頭がかみかくしにあう事件が発生していた。
そんな理由から木見村の期待を一身に背負った松吉はモモ達とは別道で村の大人達に守られながら修忍の里に向かう事になった。
その松吉がかみかくしにあったのを知ったのは、モモが修忍の里に着いた後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます