カンナギの少女

 少年が1匹のに追いかけられていた。腐敗が進行した犬の死体——まるで皮をひん剥いて、何本かキノコを突き刺したような風貌であった。



 夜の闇、街灯一つ無い山道。時刻は子の刻。十三夜の月は既に南中を過ぎて傾いていた。


はるか!」


少年が叫ぶ。



 少年の走る先には一人の少女が立っていた。小袖に緋袴——実にオーソドックスな巫女装束を着ていた。



 少女は持っていたランプをアスファルトに置き、懐から刃渡り1尺弱の小刀を出す。少年は制服のポケットに手を突っ込み、札を出した。



 少年が後ろに向かってその札を投げる。それは後ろの犬のような何かに吸い寄せられるように飛翔した。



 そして犬のような何かに当たった途端、それは細長い紐状に変形する。一瞬にしてその犬を縛り上げた。



 それと同時に少女が飛び出し、少年と犬の間に入り込む。少年はすぐに止まり、それの方に向かって札を投げる用意をする。


「行くよ。」


少女は持っていた小刀でそれを斬りつける。首が宙に舞うまで時間は掛からなかった。



 ドスッと鈍い音を立てて落ちた。落下の衝撃で首は無残に潰れるが、それでも勢いは収まらないようで、ゴロゴロと数メートル転がった。そして最終的には道の片側にある崖に落ちていった。



 胴体がまだのたうち回っていた。少年が札を投げつけると、胴体は火に包まれた。



 はあ、はあ、と少年は息を切らしていた。


まがり、最近、変じゃ、ない?」


「うん、これじゃ妖だ《あやかし》よ。」


少女がペパータオルで小刀を拭きながら言う。


「妖ね……。これ、本当にまがりなんだよな?」


「うん。」


少女が頷いた。


「赤い霧かなぁ。」


「ああ……、そろそろそういう時期かぁー。」


少女は小さく笑った。


「何が可笑しいんだよ。」


かんなぎにとってはね。それに、どこに出るかはまだ分からないよ。私としてはここに出て欲しいけど。」


「おいおい……っと、そろそろ帰らねぇとまた怒られる。あと、赤い霧は家の方である程度予想できてるみたいだよ。」


「そうなの?」


「確か東京だって。」


「そっか、東京は大変だね。こんな辺鄙へんぴなとこでも影響受けてるのに。」


「ああ、東京は御愁傷様だな。……帰るぞ。」


「うん。」


二人は山道を登り始めた。

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