仙人書店2

SOUSOU

第1話

毎月決まって行われる古本市がある。

奈良市内の小さな境内にある小さなスペース。そこに各々が木製のテーブルや小さな本棚を持参して、いくらか商品がよく見えるように本についた誇りを払い、陳列する。

この光景が好きで岡本 旬は毎月決まって第2日曜は奈良市内に足を運んでいた。


主に旬が好むのは古い古書のなかでも、推理小説や事件の謎解きなどが多かった。時々主人公の自分を想像しては「それじゃ、ダメだろう」などとダメ出しすることもしばしばだった。


「なあ、おまえって仙人の存在を信じる?」旬は親友の山口 隆二に言った。

「は?仙人って、あの長いひげの?意味がわかんねーよ」隆二は表情を変えずに旬に言った。

旬は内心「理系の人間は夢がないな」なんて思いながら、携帯で時間を確認した。

時計は午前8時30分をさしていた。

「急ごう」旬は何もなかったかのように隆二の背中をポンっとたたいた。


「この本、なんだか気になるんだよな」授業中にも関わらず、旬は1冊の手作りの小汚い本を読んでいた。

「何?それ。きたねえ本だな」隆二は横目で見ながら旬の気持ちに配慮なく言った。


「うん・・・どういうことだろう」

「なあ、きいてる?旬」

「うん、なんだっけ?」旬は今はじめて自分に話しかけている隆二に気がついた。

「この本さ、月に一回開かれている奈良市内の古本市で買ったんだ。その売人というか、たぶん著者がその仙人というか老いぼれた老人でさ。なんだか謎めいてるっていうか」

ここまできて旬はまたA4サイズの大きめの原稿に目を落とした。


「なあ、今の部活の案件ってどれくらいある?」旬は隆二に聞いた。探偵部部長の隆二は「今のところは急ぎの案件はないかな。あるとしたらこの前の大学付近で起こった窃盗事件のその後を調べたいくらいかな」といいながら旬が手にしている冊子を奪い取った。


花実商業大学3年の2人が所属しているのは部員3名の探偵部。

不思議なことに大学開学当初から何故か探偵部が存在していた。毎年部員は少なく、いつなくなってもおかしくない部なのに、途切れることなく存在し続けていた。旬と隆二はこの謎めいた部活を通じて意気投合し、3年目を迎えたところだった。

本が好きな文系の旬と数字や現実を追う理系の隆二はやたらと気が合い、所属する科は違えども、よく休み時間は行動をともにしていた。最近、この探偵部が過去の事件の謎ときに成功したことで、少しマスコミからの取材をうけたり、テレビにうつるなど、大学でも有名な部活動の一つになっていた。その部の部長が隆二、副部長が旬、そして幽霊部員に女子学生がいた。眼鏡をかけて髪は真っ黒で、いかにも暗そうなその女子学生はいつも探偵ものの小説を片手に、部室に座っていた。何をするわけでもないが、女子学生は2年間も所属していた。


「それよりかさ、俺たちの事がこの週刊誌にとりあげられてたぞ」隆二は1冊の週刊誌を旬に見せた。

「俺達って、有名人?」隆二の言葉に反応せず、旬は隣のページに見入っていた。

「違うって、このページ、」隆二の声が聞こえないように隣のページの「有名デザイナー」をピックアップしたページに見入っていた。そしてしばらくして、旬は「なあ、このデザイナーの名前珍しくないか?桜梅花 ケンイチだって。」

「どうせ芸名だろ?」隆二は適当に答えた。

「いや、実名らしい。」

「それがどうした?金持ちは手にもっているコーヒーカップも高そうに見えるな」と自分と関係のない富裕層を小馬鹿にしながら鼻で笑った。

「いや、この仙人から買った本に確か・・・・ここ、ここに似たような名前があったから」旬はページをめくると折り目を付けて指さした。

そこには確かに桜梅 百花とかかれた文字があった。

「漢字が一文字たりないじゃないか。偶然だろ?」隆二の一言に旬は納得がいかないようになんどか名前を声にだして読んだ。

「オウバイカ・・・・オウバイ・・・オウバイ・・・とオウバイカ・・・似ているというかこんな名前日本でも数人だろうに」旬は「この雑誌、かして」というとカバンに仙人小説とともにしまい込んだ。

「今日は部活休むわ」旬はそういうと、急いで家に向かった。隆二は愛想のない旬の後ろ姿を追いながらも何か暗くて深い穴に入っていく感を覚え、体に寒さが走った。その震えの中には,今日の部活があの女子学生と2人っきりという寒さを感じたせいもあるかもしれない。


「あの~、宅配弁当です」

声の高い青年の声で辻 正臣はドアに近づいた。顔には長い白髭が伸びている。どこからみても仙人のようだ。年齢は分からないが、昔は美男子だった面影が感じ取れた。宅配のお弁当を受け取ると、辻は書棚から古びたカーボン紙の原稿用紙を取り出し、物思いにふけった。お弁当をたべながらも心は原稿用紙に向いている。食後すぐにペンを持つのがもう最近の日課になっている。すらすら走るペン先からは「とまどい」や「躊躇」というものは一切みられなかった。なにか人生を呪うような飢えた字がすらすらと横ならびされていく。


辻が古本市に顔を出すようになったのは今年に入ってからのことだった。


いつも見慣れた小さな書店のオーナーたちにまぎれて新しい顔として仙人がたった1冊、しかも自分が買いた本を売るという奇妙な書店だった。スペース的には1メートル四方の小さな空間。その噂はすぐに広がったが、人がそれなりに来たのは最初の2か月ほどだけだった。仙人は決まって木製の小さな椅子を本たてにしてたった1冊だけ販売していた。定価の値札はついていなかった。話しかけられても、ほとんど言葉を発することはない。この本を最初に手にしたのが、旬だった。妙にひきつけられる本の内容に旬はすぐに実話ではないかと思ったほどだった。最初に手にしたのが2月。その次の月の第2週目も旬は仙人書店をおとづれた。目的の第2巻が小さな椅子に置かれていた。旬は迷うことなくその本を手に取り、冊子を100円で購入した。仙人は小さな声で「ありがとう」とだけつぶやいた。旬が100円で購入した2冊目の内容は、仙人からは想像もつかない、愛や恋といった言葉があちこちに出てきていた。

「仙人は、ここで初めての恋におちたのか。その相手が桜梅 百花というわけか。」

旬はいつものように片手にポテチの袋をもったまま、ソファーに横になって自分の日常の中に仙人の人生を落とした。


辻が小説とまでは呼べない日記のような物書きを始めたのは、ちょうど1年半前。それはあるきっかけがあったからだった。それまでの仙人は普通の老人として散歩をしたり時間をゆるく使いながら時々空を見上げては物思いにふける日常だった。しかし、あの日、ふらっと立ち寄った本屋で彼はあるものを目にした。どれだけの時間、立ち尽くしただろうか。気が付くと、雨が降っていた。

「お客さん、買うの?買わないの?」めんどくさそうに店員が聞いてきた。辻はお釣りを受け取るのも忘れて500円手渡してその雑誌を着ていたオーバーの内側にしまい、濡れないようにアパートまで抱えてかえってきた。その後の記憶は定かではない。しかし、辻は「書く」ことを選んだ。一人の女性のために。

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仙人書店2 SOUSOU @yukiko

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