雨男のいつか帰る場所

ペンネーム梨圭

雨男のいつか帰る場所

ケンジは空をチラッと見上げた。

雨が降ってきた。

たいがい旅行行く日や故郷に帰る日は雨になる雨男だ。

人通りのない道を進むケンジ。

自分が八歳まで住んでいた町だがもともと人通りなく全体的にだいぶ昔から寂れている。

この千葉県海底郡夜刀浦は地図になく鉄道はおろか国道、県道、市道、村道も町道もないという場所。周囲は山々に囲まれ港しかない。港はオンボロ漁船だけである。来るなら雄一の道である港へ船をチャーターするしかない。しかしたいがいここへ来たがる漁師や船長はいない。海流の関係で世界中の水死体がこの港の先にある岬には流れ着き腐臭がしょっちゅうするからである。

「ケンジ。おもしろいものを蔵の中でみつけたんだ」

友人の真二が蔵から出てきた。

蔵に入る二人。

真二は手伝いでここに来ている。2,三日したら東京に帰る予定だ。

蔵は死んだ祖父の持ち物だ。蔵だけでなく家も持っていた。死んで一ヶ月経って相続することになり家を掃除して遺品整理で着ていた。

「夜刀浦の神話」

ケンジはほこりを払いながら言う。

「ここには半漁人と人間が交わる伝説がある。クトウルー神話の日本版って奴か」

真二はしゃらっと言う。

「知っている。ここには悪魔の暗礁がありインスマスの奴らと同じようにある年齢に達すると海に帰っていく」

ケンジはフッと笑う。

「マジで信じているんだ」

驚きの声を上げる真二。

「ルポライター業をやっている君なら興味あるだろ。神話や伝説ではない」

声を低めるケンジ。

脅かすつもりもない。本当の話だ。

「本当にあるのか?」

真二は手帳を出す。

これはスクープかもしれない。ひさびさのネタだ。

「インスマスの連中と同じようにここも政府の・・・いや政府や国連の監視下にある。インスマスも政府の一斉摘発を受けて破壊された。この夜刀浦も摘発を受けている」

あごを突き出して言うケンジ。

蔵の外の雨の音が強くなるのが聞こえた。

「インスマスは今でもあるのか?」

真二が聞いた。

「あるさ。ここと同じように道や鉄道はない。入るにはチップをやって船で行くかひたすら歩くかの2択だ」

タバコを吸うケンジ。

むろん自分も旅行で行った。ほとんどさびれてゴーストタウン化している。

「なるほど」

うなづきながらメモする真二。

「そうだな。明日は漁の豊漁を祈り儀式がある。ただ条件がある。何があってもしゃべるな。しゃべったら殺される」

ドスの利いた声で言うケンジ。

「わかった」

真二は深くうなづいた。


その夜。

真二はケンジの祖父の家の外でタバコを吸っていた。

すると道を猫背の男が通り過ぎた。

しかしそれはよくある光景であるがなんとなく違和感を感じた。

真二はその猫背男の跡をついていく。

なぜかはわからない。好奇心のせいだ。

しばらく行くと八斗浦地区に入る。シャッターが閉まる商店街を行くと一人のホームレスがいきなり起き上がった。

「わっ?」

驚く真二。

「よそ者か」

お酒を飲みながら老人のホームレスは言う。

「ここに住んでいる人ですか。新聞記者です」

真二はしゃがんだ。

「ここには何もないぞ。忌まわしい伝説と言い伝えだけが残っている」

老人は酒をあおりながら口を開く。

真二は携帯電話のカメラを出す。

「若い頃、海神を見た。大漁を願う祭で見たんだ。巨人のような半漁人を。それを見たら生きて帰れる保障はないぞ」

忠告する老人。

「新聞記者だからネタをつかむまでは帰れないし紛争地域も行ったから平気さ」

真二は言う。

ルポライターもやる三流記者だ。イラクやいろんなところの大規模デモも最前線にもいったこともある。もとより覚悟はしている。

「その祭はあの海岸だ」

老人は商店街の先を指さす。

「いいネタをありがとう」

ニヤリと笑うと真二は足早に行く。

防波堤からのぞきこむ真二。

そこには櫓が組まれていて巫女と神官らしい男女がいた。男女はお祈りをしている。

さっきまでやんでいた雨が急に振り出してひどくなる。

デジカメを出す真二。

すると全長十メートルはあろうかという半漁人型の黒い影が現われた。

息を殺して撮影する真二。

いきなり腕をつかまれ口をふさがれる真二。

「バレたら殺される」

ケンジはすごい剣幕でそう言うと廃屋の中に引っぱりこみ気配を殺した。

すると二人の半漁人が防波堤から飛び出してくる。二匹の半漁人は周囲の臭いをひとしきり嗅ぐとどこかへ走り去った。

「彼らは敏感だ。あそこにいたら八つ裂きにされていた」

ケンジは注意する。

息を呑む真二。

「家へ戻ろう」


翌日。海岸。

ほんとんどひと気のない商店街を抜けると海岸に櫓が組まれていた。

真二は辺りを見回した。

空は快晴で昨日までの腐臭や殺気は感じられない。むしろ普通に売店が何軒が出ている祭だ。

盆踊りで踊るような音楽がかかって村人たちが盆踊りを踊る。

デジカメで撮影する真二。

おかしいな。昨日までの黒い影は見間違いだろうか。殺気や腐臭もない。

真二は首をかしげながらたこ焼きを食べる。

たこ焼きもおいしいし焼きそばもおいしい。

疲れていたからあんな錯覚を見たのかな。

「普通のお祭だ。でも夜が本当の祭でね。ここに住んでいる者以外はダメなんだ」

小声で言うケンジ。

「そうなのか」

イカ焼きを食べながら聞く真二。

また記者としてなのかネタの臭いがする。

ケンジは真二の腕をつかんで祭会場から出て行く。

「新聞記者として燃えるのはいいけど命の保障ができない。東京に帰るならいまのうちだ。チャーター船も呼んでやれる」

ケンジは念を押すように言う。

正体を見た者は殺される。それがこの祭の決まりだ。

「ここまで来てネタをつかむまで帰れない。俺が路頭に迷う事になる」

真二が首を振る。

この不況。三流記者で何かネタを持ち帰らないとクビになってしまう。

ため息をつきながらケンジは商店街の法へ歩く。

真二もついていく。

「この不況で生き残るにはスクープやネタがないとクビになる。ホームレスになるのはごめんだね」

肩をすくめる真二。

困った顔のケンジ。

二人は黙ったまま祖父の家に戻った。


その夜。


”ふんぐるい むぐるうなふ

くとうるー るるいえ

うがんあぐる ふたぐん”


海岸から呪文のようなものが聞こえた。

廃屋の二階からそれをデジカメでのぞく真二。

最初からこの家を借りればよかったのだ。

とはいっても無断で使っていることには変わりはない。

「見つかったら保障ができない。正体を見てしまったら帰れる保障はない」

困惑するケンジ。

見つかったら大目玉どころじゃない。命さえ保障できない。

「スクープはな。命を張らないと取れる保障がないんだ」

はっきり言う真二。

ため息をつくケンジ。

命をはるのはいいけどあとは知らない。

「俺はあの祭にくわわる」

そう言うとケンジは廃屋を出て海岸へ出た。

海岸には中高年の男女が数十人集まっている。みな町を出て何十年してからこの夜刀浦に戻ってくる。

数十人の男女の顔は半漁人めいた顔つきになり首すじにエラがある。

ケンジも服を脱いでパンツ一丁になる。彼にも首すじにエラがあった。

インスマスの住民もそうだが夜刀浦の住民もある年齢に達するとここへ戻ってきて儀式ののちに海底での生活に適した体になって海に戻って永遠に海底の暗礁で暮らすのだ。

儀式をしていた老人が振り向く。

あのホームレスをしていた老人だ。その老人もインスマス面になっていた。

快晴だった空が急に曇りはじめ雨が降ってきた。

ケンジは空を見上げた。

つくづく自分は雨男だな。

「よそ者の臭いがするぞ」

誰かが叫んだ。

ドキッとするケンジ。

「あそこから人間の臭いがする」

ホームレスだった老人が声を荒げ指さした。

息を呑むケンジ。

心臓が高鳴り汗が出てきた。

中高年の男女の顔はインスマス面から半漁人顔になり鉤爪が生えウロコに覆われる。彼らは四つ足で駆け出しその廃屋に踏み込んだ。

真二刃振り向きざまにサブマシンガンを抜いた。部屋に入ってきた半漁人たちを銀弾が穿った。もちろんただの銃弾ではなく邪鳴る者にも効くように聖水で清められている。

嗚咽を漏らしながら血を噴き出しながら倒れる半漁人たち。

真二は二階から飛び降り背中にさしていた日本刀を抜いた。

襲ってきた半漁人たちを持っていた日本刀で袈裟懸けに切り、なぎ払い、突いた。

駆けつけるケンジ。

あの太刀さばきはスキがない。テレビでみる殺陣を見るようだ。

真二は間隙を縫うように両断していく。

ケンジはあんぐり口を開けたまま立ちすくんでいた。

こいついったい何者?

しばらくすると真二の周りには敵はいなくなりおびただしい血と飛び散った内臓や肉片がそこら中に散らばっていた。

「やはり貴様はただの新聞記者ではなかったな」

ホームレスだった老人がビシッと指をさして叫んだ。

ケンジは二人から離れた。

「国連のエージェントだ」

真二は日本刀を振って血をぬぐう。

雨足が強くなり風も吹いてきた。

老人の顔がインスマス顔からタコを思わせる顔になり、体も灰色に変わりコブにおおわれた体になり背丈も伸びた。

ケンジの前に身の丈が四メートルあろうかという魚人がいる。

二人は遠巻きににじりよると同時に動いた。

その動きはケンジには見えなかった。高速で二人が動いているようだ。何度も二人が交差して着地した。

魚人の体は傷だらけ、真二の着ていた服が破れて着ていた防弾チェっ奇が露になる。

魚人は大きく息を吸うと紅蓮の炎を吐いた。

 飛び退いてかわす真二。彼はずんぐりとした銃を抜いた。

 「窒素気化弾」

 魚人が吐いていた炎に命中。瞬時に凍っていく。

 魚人はとっさに離れた。

 「人間の分際でなかなかやるな」

 ニヤニヤ笑う魚人。

 「我々は魔術の訓練も受けている」

 首をこきこき鳴らしながら言う真二。

 「ずいぶんすすんでいるな。昔とちがう」

 魚人は掌底を向けた。赤い光球がいくつも放たれた。

 真二は両手で柄を握り息を整え気合とともにその赤い玉を真っ二つに切り裂いた。

 「むう・・・」

 少し驚きの顔をする魚人。彼と真二が再び同時に動いた。真二の速射突きを魚人はかわし鋭い蹴りを放った。

 真二が廃屋の壁にたたきつけられ日本刀が道端に刺さる。

 「我々眷族にはむかうとは愚かな」

 近づく魚人。

 真二は跳ね起きバック転しながら蹴り上げた。

 ケンジはとっさに日本刀を抜いて真二に投げた。

 真二はそれをつかみ両手で柄を握り頭から股下へ振り下ろした。

 「油断した・・・」

 魚人は吐き捨てるように言うと血を噴き出しながら倒れた。

 ふと気がつくと雨がやんでいた。

 真二はガソリンをかけるとライターに火をつけた。魚人やそこら辺にあった半漁人の死体が勢いよく燃えた。

 「君はいったい何者だ?」

 勢いよく燃える廃屋を見ながら言うケンジ。

 「俺は新聞記者をやりながら国連のエージェントをしている。ウソだと思うなら国連事務所に来い。俺はそこで働きながら邪神を狩るハンターをしている」

 名刺を渡す真二。

 ケンジは名刺の裏にある地図を見る。

 確かに東京には国連事務所がある。

 「邪神ハンターなんて聞いたことないぞ」

 「世間は知らない。国家機密だからな」

 タバコに火をつける真二。

 ネットにもなく新聞にもない。

 「なんで俺に近づいた?」

 気になることを聞くケンジ。

 「君がここの出身であるのは知っていた。有名な落語家の中にもここの出身はいる。我々はテロリストやゲリラ、テロ組織だけでなくインスマスやここの連中もだいたいどpこにいるか把握している」

 真二は説明する。

 「そんなバカな・・・」

 耳を疑うケンジ。

 初耳である。

 「我々の中には超能力者や特殊能力者もいる。それらを駆使して取り締まっている」

 「では俺をどうするつもりだ?」

 「君にはスパイになってもらう。半漁人なら怪しまれないハズ。インスマスやここ以外にも新拠点が出来つつある。ギャラはいいし毎日が冒険だ」

 フッと笑う真二。

 黙ってしまうケンジ。

 いつまでも派遣社員していてもいずれは派遣切りになる。一種のチャンスだろう。

 「わかった。やろう」

 うなづくケンジ。

 「明日迎えにいく」

 真二は言った。

 すると飛翔音とともに軍用オスプレイが舞い降りた。

 「来い。家まで送ってやる」

 真二はあごでしゃくった。

 ケンジは素直にオスプレイに乗った。


 翌日。

 洗面所の鏡の前に立つケンジ。

 あの出来事は本当だったんだろうか?

 ぼんやり思い出すケンジ。

 昨日は祖父の家の掃除に来て蔵であの書物を見つけ祭に参加した。しかし真二はただの記者ではなく国連のエージェントだった。目の前でバッタバッタと敵を倒した。

 ケンジは首すじにあるエラをさわる。服埜襟に隠れて目立たない。でも顔はなんとなくインスマス面っぽくなっていた。

 でも昨日のことは夢でもなく現実である。

 あの書物もあるし名刺もある。

 あの書物によると自分の家系は「深きものども」と呼ばれる半漁人の直系でそれを濃く受け継いでいるらしい。年取ると次第に陸上の生活がつらくなり海の生活に適した体になっていくという。では自分はまたあそこに戻って海に帰れるのだ。あの暖かい海の底で親戚や祖父たちと。

 インターホンが鳴った。

 ドアを開けると真二がいた。

 空は曇って小雨がパラついていた。

 「国連の事務所へ行く約束しただろ。ミッションだ。今度はポナペへ行く。そこで潜入スパイの任務だ」

 真二はニヤリと笑う。

 「わかった」

 笑みを浮べるケンジ。

 いつかあの場所へ戻ったら帰る日まで仕事を楽しむ事にしよう。

 ケンジは貴重品を持つと真二と一緒に出て行った。




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雨男のいつか帰る場所 ペンネーム梨圭 @natukaze12

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