V.

 一週間と少し前。

 私は。私という人間は。

 廃棄所に来ていた。仕事だからだ。

 多量のゴミ袋がそこにあって、一つ一つをつかみ取り、焼却炉に放り込むものだ。

 私は調査員なのだ。

 浄化活動を補佐する、調査員。つまりは遺体廃棄係。



 大抵は、ミキサーされたものたちをホースで流し込み、溶かされていく様を眺めるだけの仕事だ。おそらく人間であった液状のそれも、いざ形を失った状態で視認すれば、大した感慨も生まれない。

 これはコンクリートなのだ。もしくは排泄物の回収なのだ。そう思い込めば、吐き気も目眩も起こらない。

 これで全部だろうか、と私が尋ねると、調査員の一人が小さなゴミ袋を手渡した。

 私ではどうすれば良いか判断しかねるので、責任者に伺いたい、と。私はその責任者という立場にはないが、調査員というのは顔見知りが作りにくい。マスクと防護服で覆われているので、どんな顔か、どんな人間なのかが判別できないのだ。

 胸のバッジを見れば立場も分かるが、あいにくその日は責任者が他所のヘルプに出ていた。そうなると、比較的キャリアのある私に訊くしかない。バイトで例えるなら、ベテランのパートのおばちゃんに助けを求める、といった構図だろうか。



 ゴミ袋を開けると、赤ん坊がいた。マスクはない。消毒液は六歳未満の子供には影響を与えない。まだ社会的リソースとなり得るかが分からないからだ。化学兵器らしく、そういうふうにプログラミングされている。

 つまり、これは浄化活動で生まれた廃棄物ではなく、ただ単純に、絶命したのだ。

 母親が死んだからか。捨て子か。可能性はいくらでもある。あくまで浄化活動の範囲内でしか活動しないけれど、ごく稀にこういった『純粋な遺体』が運び込まれる。



 調査員からそれを受け取り、労いの言葉と、持ち場へ戻りなさいという指示を告げ、赤子を抱きかかえた。

 ぬくもりはなく、呼吸も感じられない。

 振り返ればそこに、焼却炉の口が待っている。

 袋を外し、両手でそれを持つ。肉の塊。掌に収まる程度の、矮小な存在。しかも生きてはいない。

 こみ上げる液状の何かを堪えながら。

 私は。私という人間は。

 赤子を、焼却炉へと投げ込んだ。

 呪いあれ、とつぶやきながら。

 残酷な私へと、残酷な世界へと、浄化活動なんてものを考えた愚かな誰かへと、それを受け入れてしまう愚かな人間たちへと。

 ゴミ箱には、錠剤を開けた後のシートが捨てられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る