III.

 ――三日前のことだ。防護マスクを付けている期間は平均して一週間。その間は満足な食事などできない。



 方法はただ一つ、粉末状の非常食をマスク越しに吸引するしかない。マスクの先端はバルブのようになっており、そこへ袋を装着して息を吸うと、非常に優れた栄養バランスの粉末が口の中に広がる。

 彼らにも人間性が多少は残っているらしく、チョコレート味やメープル味、バター醤油味やらメロン味なんてものまである。言うなればカロリーメイトだ。



 高価なものでもないから、私は日に五度ほどそれを食す。あくまで粉末なので、満腹感は得られない。代わりにペットボトルを押し当てて、水を流し込んでごまかすのだ。

 フィルターは、目の細かいメッシュといくつかの高度な生地が重なり合い、消毒液の侵入を防いでいる。とはいえ、空気は通してくれるし、水だって流し込めば少しずつ浸透してくれる。

 だがその量はひどく鈍足で、軒下で落ちる雨粒ほどの速度で落ちてくる。ペットボトルを当て、上を向いて、一滴一滴と濾過されるそれを、ゆっくりと噛みしめるしか方法はない。



 死にはしないが、生きるにしては息苦しい。そんな時間が一週間も続くのだから、自殺者が出たって無理はない。

 浄化活動で出た死者は、埋葬などされず、ゴミ収集車――普段街で見るそれとは違うのだが、そうとしか言いようがない――に積載され、ぐちゃぐちゃとミキサーされて廃棄されるのだという。

 酷い、と言うものがいる。それが牛の成れの果てだとしたら、食べきれずに残した焼き肉の余り物だとしたら、同じ感情を持てるだろうか。



 百円玉を無くしたら困るけれど、この国では使いみちのない一ドル札なら平気だろうか。

 そんなことを考えたって、なんの意味もない。人間なのだから、もしくは日本人なのだから、人間や日本円のことだけ考えていれば良いのだ。そう、人間でないもの、日本円でないものならば、ゴミ箱に捨ててしまっても問題はないのだ。

 ゴミ箱には、髪の毛の束が捨てられていた。

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