II.

 この数年間、彼女はほぼ毎日、この秘密の丘へと登っているのだから。遊ぶことも着飾ることもせず、ただただパチンコを改造して、空を見上げて、捜し物を見つけるために。


「ショーティめ。相変わらずかくれんぼが得意なんだな」


 彼女のこととなると、ラミーは口調が荒っぽくなる。お姉さんぶった態度も、まな板を気にする乙女心も忘れて、悪餓鬼のような怖い目つきに変わる。

 それが、彼女が憎んでやまない人――「母親」とでも呼ぶべきショーティという女性によく似ていることを、私もおじさんも密やかに見抜いている。



 空が、ただの空から天国への扉へと変わって、何年経っただろうか。

 百年余り前にこの世に発信された、『蜘蛛の糸』という物語。それはなぜか、微妙に形を変え、現実となって空から降り注いだ。

 今の時代、人間は死ぬと空へ引っ張られる。蜘蛛の糸によって、ずっとずっと上へ。

 そしてそれは、例えば日本国内であれば東京均衡へと集まってくる。

 何で東京なんだか。なんだって東京だ。楽しいことをするにも、大人が小難しい話をするのも、いつもあそこで開催される。

 なので大阪で死のうが沖縄で死のうが、時間をかけてゆっくりと、東へ東へと位置がズレていく。



 飛び降りた人。自らを吊るした人。呼吸を絶った人。自死を望んだ者ばかりが、空へと登っていく。

 しかしそれは、決してその先へたどり着くことがない。

 空の果てに天国があるかどうかは分からないが、糸につられて引っ張り上げられる以上、その根本には何かがあるのだろう。

 寿命によって真っ当に死にゆくものは変わりなく、形なく、どこかへと還っていく。

 そうでない者は、我々生者にも見えるように、空へと引っ張られて、そして止まる。


「これより先には連れていけない」


 と、それはまるでさらし首のように。今、この空にはおよそ十五万七千ほどの死体が浮かんでいるという。



 ラミーの第二の母親は、顔つきに負けないほど悪い人で、道徳だ何だを忘れきった現代でさえも、流石に悪だと判断せざるを得ないほどどうしようもなかった。

 そんな人が、ある日投身自殺を図った。ラミーにとってそれは、何にも耐え難い悲劇だろう。


「あいつは、私が殺す以外に死んじゃいけない」


 たっぷり、怒りと憎しみを込めて、そう言っていたから。何勝手に死んでんだ、私がこの手でぶっ殺すまで逃げるんじゃない。

 そんな地殻変動よりも強大な感情の荒波が、彼女をいま、この丘へと運んできている。


「ラミー、今日はもう遅い。明日また来よう」


 ラモスおじさんは、猟銃を仕舞って手を伸ばす。彼はこの行動力を、どう思っているだろう。優しく、さり気なく私達を見守りながら、その心には道徳心という澪標が立っているのだろうか。


「仕方ない……ラッピー、帰ろう」


 おじさんとラミーが手をつなぎ、今度はラミーが私に手を伸ばす。

 三人で手を繋いで、ゆっくりと森の中へと下っていく。その姿は、家族のように見えるかもしれない。



 ああ、だからきっと、彼女は私にパチンコを貸してくれないのだろう。

 だって家族って、きっとそういうものだから。

 だから私も、毎晩願うのだ。


「明日こそは、彼女が救われますように」


 蜘蛛の糸を切るその日が来て、彼女の人生がようやく始まるその日が来ますように。

 空に浮かぶ『自殺志願者だったものたち』が捨てた明日を想いながら、パチンコの石をどこかへ放り投げた。

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