弾圧性ストリングス

I.

 山がちなこの街には、至るところに森が広がっている。ちょっと横道へそれて、薄暗くて草と葉っぱと虫と木漏れ日しかない中を通り抜けると、広々とした丘へ出たりする。



 森を見下ろす景観と、空を目一杯見上げられる景観。どんな捜し物でも、すぐに見つけられそうなほどに見晴らしが良い。

 私達にとってそこは、秘密基地というには開放的だけれど、童心をくすぐる魅力のつまった空間なのだ。



「ねえ、そろそろ代わってよ」


 スリングショット、というと何だか格好良さげな響きを含んでいるけれど、要はパチンコだ。

 Y字の木の枝にゴムを括り付けて、その辺にある石を飛ばす。基本的にはそれだけだ。



 ただし、ラミーの作ったそれは一級品だ。

 なにせ、程よくしなり、かつ耐久性の高い木の枝を探すのにまるまる一週間かけていたし、ゴムも百メートルは飛ばせそうなほど強力なものを盗み――もとい、手に入れた。



 カエルを打ち飛ばすのとはわけが違う。腕が良ければ、飛ぶ鳥だって貶められるほどの威力を誇る。彼女はそれを『イエローサブモロン』と名付け、大層丁寧にメンテナンスをしている。


「ラッピー、危ないからあんたにはまだ貸せないよ」


 決まっていつもそう返される。なんだい、まな板のくせに。歳はいくつか上でも、胸のサイズじゃじきに追い越してやる。


「にしてもさあ、飽きないの?」


 一心不乱に標的を補足する彼女に、こそっと囁く。集中しているから、案の定返事はない。

 目一杯ゴムを引く右腕が、かすかに震えている。私よりも大人に近いとはいえ、細い細い腕だ。

 肩幅以上に脚を拡げて、ぐっと軸足に体重をかけて、背筋でそれを支えるほどでないと、力負けして照準がぶれてしまうのだ。



 一分ほど、静かな時間が過ぎた。まだかな、まあ標的は静止しているから、逃げたりしないけれど。

 いやいや、でも長すぎない? 動かないんなら目測を合わせるのも楽だろうに。そろそろ撃とうよ。見ているこっちは暇なんだよ。はよせい。おっぱい揉むぞ。


「ふっ!」


 あ、撃った。残念、隙だらけだったのに。揉み損ねた。

 ごつん。と、これは想像で後付した音。多分、そんな感じの音がするのだろう。標的は左右に大きく揺さぶられ、垂れ下がった髪がはらりと舞った。


「駄目だあ。あいつ、なかなか硬い」


 ラミーは舌打ちしながら、新たな石を拾い上げた。ごつごつしていて、飛び切り痛そうなやつ。

 大きすぎず、重すぎず。良い塩梅の弾を探すのは、実は私のほうが得意だ。そういう意味では、私達二人はちょうどいい組み合わせなのかもしれない。


「なんだお前たち、今日も来ていたのか」


「おじさん、こんにちは」


 おじさんとは、ラモスおじさんのこと。

 昔からずっと、猟を趣味にして暮らしてきたおっちゃんだ。森が多いとなると、猪だとか狸だとか、アライグマやら蛇にいたるまで、色々な動物が潜んでいる。

 そして奴らはたいてい、悪さをする。彼らには悪気どころか死活問題なのだろうけれど、人間様の尺度でいえばそれはいけない事なのだ。



 残念だけれど、人間には勝てないのだ。普段はやれ動物保護だなんだと言ったって、誰かが食い殺されでもしたら話は変わる。彼らの弁解も聞くことなく、ずどん。


「ずどん」


 まさに時を同じくして、猟銃の発砲音が響き渡った。細長い銃身の先端から、煙がぽわり。

 そして――どさり。これは後付じゃない。私たちの耳に届く距離にまで、標的が降ってきたからだ。


「ほら、ラミー。確認してこい」


「頭は外してくれた?」


「もちろん。『現代のシモ・ヘイヘ』こと、ラモスおじさんだぞ?」


「そんなのはじめて聞いた」


 ラミーは、すたこらすたこらと標的だったもの、死体へと駆け寄った。躊躇なく、ごろんと死体を仰向けにする。

 確かに、女性だった。しかし彼女の捜し物とは違う。これは若すぎる。もう少し歳をとっていて、もっと醜悪な目つきをしていたはずだ。


「ハズレかよ」


 目をひん剥いて横たわる頭を、がつんと蹴り上げる。私も、おじさんも、何も言わない。それに道徳的な意見を告げることも、励ましの言葉をかけることも無い。

 道徳などこの世界において不要、もっと言うと必要のない意識だ。彼女を励まそうとしたって、なんと言えばいいかわからない。

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