アリスのためのリチェルカーレ

食事が出来るまで休むように言い渡されたアリス。不思議と心は穏やかだ。皆が自分を嫌ってはいない、むしろ好きなのだと言われたとき、胸の奥が温かくなった。単純と思うかもしれない。だが人間というものは個性があり、人それぞれ違う。だからこそ、言われて嬉しい言葉は千差万別。他人からしたら些些細で取るに足らないものであることが多い。けれど、それは今のアリスにとって、一番心穏やかになる言葉なのだ。


「私は……いていいの? 」


「アリス、アリスロッテ、いてくれて、きてくれてありがとう」


ついてきたチカ。アリスの膝に頭を預け、無表情のままに応える。


「アリス、ずっとまってた。アラクネア、アリス、、だいすきだった」


アリスははっとする。ではなく、と今、チカはいった。


「アリス……ローゼ? 」


「アリスローゼ、アラクネアのともだち、アリスロッテのママ」


頭の中で何かが蠢いた。気がすると……。

それはかつて、女王ローゼマリアものとき、ここに訪れたことを意味する。しかし、アリスにはまだそれを理解することは難しかった。……感覚では知っていても、母を忘れているのだから。必然的に思考回路へ干渉がなされているのだ。


なこと。


それが何であるか。物語を綴ってきたたちも、漠然としかわかっていない。

始めのくだりを考えると、今回のには、記憶操作は必要なように思う。しかしというものは、いつも必然ながらもなものだ。

日々の生活の中で育まれていたことは、冒頭でもわかるだろう。何度も読み聞かせ、と思う。子どもと言うものは、新しいものや未知のことに目を輝かせる。たとえ、それが苦難を伴っていようとも。


「ママ……お母さま? すごく……懐かしくて……すごく……切ない」


アリスの中には確かに母親は残存している。悲しい別れをした女王の最後の言葉がそうさせるのだ。女王の引き継ぎすら出来なくとも、アリスは物語を紡錘がなければならない。……が必要だ。

導き手。アリスはアリスだけではなにも出来ない。物語を導き、調律するものが必要となる。ならば、それは誰?

そう、だ。アラクネアはこの物語のための『導きの調律魔女ウイッチ・アコルデル』。記憶を保持した唯一無二の存在。物語にはそれぞれの役割がある。……だから、物語の登場人物と『ともだち』になってはならないのだ。その理を自ら放棄した魔女にはそれなりの報復があるだろう。しかし、アラクネアはそれさえも甘んじる覚悟があった。それほどまでに、は魅力に溢れていた……。一度理を乱した彼女に怖いものはない。大切な友の娘に関われないリスクがあるため、別の形で干渉チカを謀った。魔女とて配役を切望する。


「……アリス、おまえは皆の娘であり、姫なんだよ。関わりある平行世界パラレルワールドの住人は皆、に恋焦がれるのさ」


1人、呟くアラクネア。その表情は哀愁が漂う。


、いやよ……。おまえはあたしを置いて逝ってしまった……。理に縛られたあたしの手を取ってくれたはもういない。あたしもすぐ逝くよ。……もう直。おまえの宝はあたしらの宝だ。を見届け、更に次ので終わる。……あたしは解放されるんだ」


魔女の頬に涙が一筋。


物語は綴る者によって、多種多様にも変化する。ならば、少しばかり私情を混ぜても問題はないのではないか。


「……この身がどうなろうと構わない。に捧げよう……」


アラクネアはひっそりと、ある決意を心に秘め、涙を拭った。

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Anti ClockWise Of Alice 姫宮未調 @idumi34

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