心動きだすインテルメッツォ
━━少年と少女が寄り添い、少し分厚い絵本を嬉しそうに読んでいる。
タイトルは、『アリスは鏡の中で冒険をする』。 主人公アリスローゼ姫がワンダーローゼンという国から、鏡を媒介に旅する冒険譚。鏡を最初に抜けた彼女は記憶を封印されてしまう。しかし気丈に振る舞い、心身ともに成長していく成長譚でもある。
二人は、運命の人との出会いのシーンが大好きだった。出会った当初は喧嘩ばかりしていた。だが次第にお互いを信頼し、心寄せ合っていく。
……けれど、愛だけではすべてを乗り越えることは敵わない。二人は愛し合っていても違う世界に住まう存在。旅の終わりに鏡がアリスローゼを迎えに来てしまうのだ。お話の最後に希望を残して……。
『アリスは受け継がれる。もしかしたら、次のアリスと出会えるのはあなたかもしれない。
━━さぁ、次のアリスはだぁれ?』
二人はこの絵本が大好きで、何度も何度も読んだ。何十回、何百回読んだか知れない。それでも尚、飽きないのだ。
二人は信じていた。次のアリスを。
アリスローゼの旅した世界の中には、二人がいる場所に程近いところも舞台になっていたから。
二人は信じていた。アリスは実在するのだと。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……エリーゼ。偶然かもしれないけど、彼女が俺たちの待ちわびていたアリスなんじゃないかな」
「にわかには信じがたいけど、かなり合致するのよね……」
アリスをルイスが見つける少し前。隣村からの届け物にきたダンテと知り合う。年が近いからか、すぐに仲良くなった。まるで、昔から仲良しだったかのように。
二人の会話を聞いたダンテが意外なことを口にした。
「……偶然も信じるもない。アイツはアリスだ、間違いない」
はっきりとした確信を持った言葉。ダンテはアリスを最初から知っていたのだ。
「ダンテ、君は……」
「俺はアリスを追う者……だったんだ」
ルイスとエリーゼは何かを感じて身構える。
「……きっと直にこの村は襲われる。アリスがいるから」
「どういうことだよ?! ダンテ! 」
滅多に叫ぶことのないルイス。エリーゼもダンテを見つめる。
「……信じちゃもらえないかもしれないが、俺はソイツらにアリスを渡すつもりはない」
「あ、当たり前でしょ! やっと会えたのに、みすみす渡してなるものですか! 」
渡さないことには同調する。
アリスと旅すること、それが二人の夢だった。目の前で奪われるわけにはいかない。
「俺たちはアリスを守る。それが大前提だよな? 」
「……ああ」
ダンテの話はあまりに断片的で、一々確認しなければならない。自分たちと相違がないかを。
更に掘り下げようとしたとき、少し先からエリーゼを呼ぶ声がした。
「あ、ママ……。仕方ないわね。あとで聞くからね! また明日! 」
悔しそうに母の元に向かうエリーゼ。
アリスはこの日、ルイスの母・マゼンタと出掛けていた。記憶がなくとも彼女は母が好きなのだ。
マゼンタもまた、アリスにかつての友を重ねていた。ある日突然いなくなり、存在すら消えてしまった友。どんな姿をして、どんな顔をして、どんな声をしていたのか。まるで思い出せない。感覚だけがマゼンタに残っていた。その感覚が、アリスに重なったのだ。
『アリスは鏡の中で冒険をする』
最初はマゼンタが読み聞かせていた絵本。その中に自分によく似た少女がいるのだ。アリスローゼと意気投合している、昔の自分にそっくりな少女。……偶然にしては似すぎていた。かつて自分はアリスローゼと冒険したのだろうか。ずっとそればかりが気になっていた。
アリスを見ていると何故か切ないほど懐かしい気持ちになる。だからこうして逐一買い物に誘ってしまうのだ。
その帰り際、二人きりになったルイスとダンテをアリスは目撃する。何を話しているかまではわからなかったが。
ダンテはオズガルドや自分の素性をルイスに明かし、対処法を共に考えていた。
「……なぁ、ルイス。おまえはアリスとエリーゼ、どちらを選ぶんだ? 」
「え、選ぶって……。何の話だよ? 」
何かをはぐらかすように聞き返す。
「エリーゼはおまえが好きだぜ? エリーゼの気持ちを汲んでやれるか? ……それとも、憧れていたアリスと育むか? 」
ルイスの顔がみるみるうちに曇る。エリーゼの気持ちを察していないわけじゃないから。
「……アリスを選んだら、いづれ引き裂かれる。鏡によって」
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