魔女のアーティキュレーション

目を覚ますと、薄暗い部屋。質素な調度品が酷く冷たい印象を与える。うっすらと灯りが漏れる少し開いた扉へと、無意識にベッドから降り立ち、向かう。アリスは体が重かった。理解の追い付けないことと、思い出せない記憶。今のアリスには考えても答えは出てこない。わからないのだから。自分だけが無知であること、それが重くのし掛かり、彼女の思考を暗くさせていた。


「……きゃあ! 」


頭の整理が追い付かないアリスは扉の外の、パステルカラーの衝立の向こうの人影に必要以上に怯えてしまう。衝立の向こうから顔を出したのは、年端もいかない少女。しかし、無表情にアリスを見つめている。自分よりも小さな子どもなのに、何か得体の知れない恐怖を感じた。それはひとえに、アリスの悪循環な思考が増長させているだけなのだ。無機質な硝子玉のような瞳の少女に見つめられ、またその場で意識が朦朧とする。


「……。お嬢さんが起きたのなら教えろと言ったろう? 」


チカと呼ばれた少女は振り返る。その先の、揺り椅子に女性とおぼしき人物が座っていた。アリスは何か言いたいのに声を出すことが出来ない。


「アリス、だったね? あたしは。━━魔女さ」


ゆっくりとした所作で立ち上がり、こちらに悠然と振り向いた。雰囲気のある、底知れぬオーラを纏った美女。


……短くするとこうききたいのかな? 」


魅惑的な体躯を少し屈め、こちらを覗き込む。

確かにそれは気になるところだ。ルイスはエリーゼを連れていった。ダンテにアリスを託して。ならば、やはりダンテもアリスを厄介払いしたのではないか、そんな考えが頭を廻る。いつも睨まれていた(ように見えた)のだから、そうなっても仕方ない。


「アリス。今しばらく、


意味が分からず、瞳を丸くする。


「アリス、アリス、……『アリスロッテ』」


アリスの腰ほどしかないチカが、アリスにしがみつく。


「……チカはあたしが作った。何の手違いか、今まで口を開かなかったんだよ。だがおまえを見て、教えてもいないのにだと言ったんだ。そして……と」


意味深に笑う。


「安心するといい。ルイスもエリーゼも、ダンテもおまえを嫌ってなどいない。むしろ、に思っている」


思考と真逆の優しい言葉と、チカにと呼ばれたことに、アリスの瞳から無意識に涙がこぼれ出す。


「それに……あたしは、おまえを」


優しく微笑む。


「ひ、姫? 」


やっと出た声は酷く掠れていた。


「おまえはならば、。……記憶がなぜないのか、気になっていただろう? 」


頻りに頷くアリス。


「あまり多くは語れないが、それがなんだよ。アリス、おまえはから来たんだ。この世界は所謂、。アリスが子どもから大人になるために必要な知識がつまっている」


アリスには上手く理解できない。


「難しい話をしてしまったな。すまない。まぁ、ここは安全だよ。おまえを追うものたちは入って来れないからね」


アリスは声にならない声を発し、青ざめる。


「ああ、安心おし。ルイスたちの村の人間たちは誰も死んじゃいないよ。大小あれど、怪我をしたくらいさ。気に病むことはない。むしろ、とでも思っているだろうよ」


生きている安心と意味のわからない言葉に戸惑う。


「チカ。……ダンテが迎えにきたら、おまえも行っておいで」


「チカ、アリスまもる」


更にぎゅっとアリスにしがみつく。


「安全だからって、ずっとここにいちゃいけない。おまえのはおまえ自信が作っていかなきゃならないからね」

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