始鐘(プレリュードカンパネラ)の音は優しさを含んだ戦慄を運ぶ
━━巨木の枝の隙間から差し込む陽射しは柔らかい。
がさりと音がして止まる。
「……女の子? 」
プラチナブロンドの猫っ毛の優しげな少年が戸惑いながら少女に近づく。まるで花の妖精のような愛らしい少女。はちみつ色の髪にマゼンダピンクのリボンが微かに風に揺れ、巨木に寄りかかり眠っている。
誘われるようにゆっくりと少女の頬に手を伸ばす。身動ぎによりハッとして手を離した。
「ん……」
静かに開いた瞳は綺麗な透き通るような碧眼。
「き、君誰? どこから来たの? 」
触ろうとしたことを誤魔化すかのように話し掛けた。
「私? 私はアリス。……それ以外、おぼえていないわ」
近くで見ると、可愛らしい顔にうっすらと涙のあと。怖い目にでもあったのだろうか。名前以外の記憶がないということは。
「そう、なんだ。俺はルイス、近くの村に住んでるんだ」
「ルイス……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「母さん、彼女はアリス。森で一人でいたんだ。……名前以外、思い出せないみたいで」
いく宛のないアリスをルイスは自宅に連れ帰った。そのまま森に置き去りになんて出来なくて。
「いらっしゃい、アリス。あらあら、それは心細いわね。あたしはアマンダ、ルイスのお母さんよ。落ち着くまでうちにいなさいな」
ルイスの面影のある、少しふくよかな優しげな女性。素性もわからないアリスを迎えてくれた。
「この村には子どもが少ないから嬉しいわ」
マゼンダが言う通り、この村の子どもは少なかった。ルイスとルイスの幼馴染みのエリーゼのみ。マロンクリーム色の長い髪が特徴的。
あとは隣村にすむと言う、ルイスの友だちダンテくらい。口数が少なく、黒髪のクールガイ。
「アリスっていうの? ふぅん、可愛いわね」
「妹になってくれたら嬉しいな」
「妹、ねぇ? まぁいいけど。よろしくね、アリス」
それから、四人は毎日のように遊んだ。ダンテは気紛れな猫のように、神出鬼没。アリスはダンテが少しこわかった。会うたびに強い眼差しで、睨まれているような気がしたからだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
彼らは成長する。心と共に。エリーゼは一心にルイスを想い、ルイスはアリスを気にかけながらもエリーゼを想っていた。そんな二人の様子にアリスは気がつかない。だが気がつかないまでも、何となく疎外感を感じ始めていた。
そんなある日、ルイスとダンテがやけに真剣に話している姿を目撃する。ルイスはダンテの話に、重々しく頷いていた。時に顔を曇らせながら。
幸せは長くは続かない。幾日もしないうちに見知らぬ兵士が突如として、この村を襲い始めたからだ。
「アリス! エリーゼ! 」
いち早くルイスが駆けてくる。
「あたしたちが表にいる間に裏口から! 早くおゆき、ルイス! 」
マゼンダが叫ぶ。ルイスは頷く。二人は彼らを知っているのだろうか。三人が駆け込んだのは隣村。
「……おまえらが来たってことは、もう奴らが来たんだな」
ルイスとエリーゼが頷く。分かっていないのはアリスだけ。ダンテはアリスの腕を掴む。
「アイツらは……おまえを狙っている」
その一言にアリスは青ざめるしかなかった。忘れた記憶にきっとその理由があるのだろう。早く思い出さなくてはという気持ちと、思い出すことを恐れる気持ちとが葛藤する。
「二手に分かれよう。俺はエリーゼといく。ダンテ、アリスを頼む」
優しいルイスがエリーゼを選んだ。その理由をアリスは知らない。心の中に渦巻く不思議な感じ。『私は邪魔者なんだ』、そんな思いが支配する。自分を見つけてくれたルイス、女の子同士だからと文句を言いながらも世話を焼いてくれたエリーゼ。二人とも大好きだから、大好きだからこそ……。
元々口数の少ない、怖い目でアリスを見ている(ように感じる)ダンテに預けられた。本人は面倒臭そうに片手をあげて了承を表す。ああ、やはり自分は厄介者でしかないと俯く。それでいて、自分の思い出せない素性の所為で皆に迷惑を掛けている。自分なんていなければ良かった、ルイスに発見されなければ良かった。悪循環な思い込みに脳内が支配され、耐えきれなくなった神経が無理矢理アリスの意識を途絶えさせた。今は何も考えるなとでも言うように。
「アリス?! 」
寸でのところで、気絶したアリスを支えたのはダンテ。移動を始めていたルイスとエリーゼは、アリスの変化に気がつけなかった。何も知らされない、思い出せないことの辛さは本人にしかわからないのだから仕方ない。
目の前にいたダンテもアリスが体勢を崩すまで気がつかなかった。
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