Anti ClockWise Of Alice
姫宮未調
アリスは鏡の中
━━花香る美しきワンダーローゼン、薔薇の女王の統括する夢の国。
「アリス、今日も絵本を読んであげますわ」
「まぁ、お母さま! アリスの好きな『鏡の伝説』! 」
大輪の真っ赤な薔薇のように美しい母と大地を彩る淡い花々のように愛らしい娘。
「ええ、この鏡はこの国の言い伝えでもありますの。入ると見知らぬ場所に行けるのですわ。『鏡の国のアリス』ではすべてが逆さまに見えるようですけれど、ここでは同じ。この鏡は時を遡るのです。しかし、歴史を遡るか否かは鏡のみぞ知る……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
━━城下町に炎と人間が踊る。奏でるは怒号と泣き叫ぶ声。
薔薇の女王は姫の手をきつく握り、奥の間へと走る。
「お母様! 何があったのです?! 皆が……! 」
通りすぎる窓から、途切れ途切れに見える凄惨な光景。涙目で母に訴える姫。
「……御聞きなさい。ワンダーローゼンは絵本のように燃えて消えます」
「意味がわかりませんわ! 」
城内にも兵士たちの緊迫した声が響き渡り、姫は女王の言葉の意味を解釈する余裕がない。
「……貴女もきっと忘れてしまいます。でもいつかきっと、思い出すときが来ますわ」
走るのを止めた女王。やっと止まり、呼吸を整える姫が見た母はあまりに綺麗で……嫌な予感がするほど切ない表情をしていた。
奥の間の扉がギィッと重々しく開く。女王は姫を招き入れ、扉を閉めた。ぽっと魔法のように燭台に灯が点り、真っ暗な窓もない部屋が明るく照らし出される。そこは他の部屋と違い、最低限の調度品と異常に大きな鏡台があった。
「ここは……」
「……言い伝えの鏡の部屋ですわ。アリスロッテ、我が愛し子よ。貴女は、貴女だけは生きて! 」
細腕とは思えないほど軽やかに姫を横抱きにすると、ひらりと鏡台に飛び乗る。
「お母様?! 」
返事の代わりに鏡に姫を押し込む。硬い硝子のはずの鏡がぐにゃりと姫の思考を妨げる。鏡の向こうは同じ部屋。
『さようなら、アリスロッテ。愛していますわ……』
滅多に涙を見せない強い女王が美しい顔に何筋もの涙を流し、鏡の向こうの愛しい娘を目に焼きつけようと見つめていた。
「お母様! お母様! 」
鏡から出ようとするも、鏡は硬い硝子で、叩くことしか出来ない。
━バン!
女王の後ろで扉が荒々しく開かれる。そこにいたのは、軍服を着た髭面の男。
『見つけたぞ! 女王! 』
『……無粋な男ですわね。わたくし、そういう方は嫌いなんですの。最後に見るのが貴方なんていや。……アリスロッテ、貴女を何よりも、誰よりも愛していますわ』
『抵抗もしないのか! 良いだろう! 』
振り向きもしない女王に苛立ち、剣を躊躇なく降り下ろし、一撃で女王を絶命させる。
『アリスロッテ……、早く向こうの……扉を出て……。永遠……に愛して……いますわ……』
鏡台の上に崩れ折れる女王。
「お母様! お母様! 」
涙で前が歪む。……それだけではなかった。更に鏡に向かって剣を振りかざす男が、異常なほどに歪んだのだ。そう、鏡がまるで醜いものを姫の視界から遠ざけるように……。
気がつくと、鏡は部屋しか写していなかった。そこにいるはずの母もあの男もいない。アリスロッテ以外、部屋には誰もいなかった。
そして呟く。
「……ここはどこ? 」
鏡からあちらの世界が消えたと同時にアリスロッテからも記憶が消えたのだ。
「私、なんで泣いていたの? 」
何も分からず、戸惑う。
(『早く向こうの……扉を出て……。永遠……に愛して……いますわ……』)
最後に聞いた母の声が脳内にこだまする。
「誰……? すごく優しい女の人の声。私、何か忘れてる? ……でも、他にわからない。大丈夫、あの声は信じられる」
ゆっくりと大きな鏡台から降り、目の前の扉に向かう。扉に手を掛ける瞬間、彼女は振り向いた。
鏡をじっと見つめる。アリスロッテは確信していた。いつかまた、この場所に戻ってくると。
そして決意を固め、扉を押し開けた━━
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