第8話 傲慢な少年

 ケイアス達は、気付かない。

 少年が現れたことは、圧倒的なまでの破壊者が降り立ったということだと。

「さ、て。まずは……」

 少年は体の調子を確かめる様に首を回す。それから、あー、と声を漏らすと言葉を続けた。

「ま、宿主様の願いくらい叶えてやるか」

 ケイアスは、ただただ少年を見つめていた。何か雰囲気が変わったことには気づいた。行動や、声色一つとっても明らかに違う。

 ただ、それが何を意味するのか。そこまでは考えない。ただ、ニルヴァーナが能力を使うのだと。その期待に胸を躍らせた。

 部下たちも同様だった。これから戦闘が始まる。昨日、二人を殺し一人を戦闘不能に追い込んだ、強敵と。そんなことを考えながら、期待と少しの不安も混ざった眼差しで少年を見つめていた。

 しかし、突如。彼らの視界から少年は姿を消す。

「……なっ!」

 少年がいた場所に残るのは、一つの白い魔法陣。昨日少年が使用した、『疾駆』のマギエの魔法陣だ。

 そしてその魔法陣は、横たわるイーヴァの体の近く、ケイアスのすぐ横と続く。それを順に見ていったケイアスは、信じられない光景を目にした。

 そこにはイーヴァを抱え、町の入り口近くに立つ少年の姿。あのたった一瞬の内に。イーヴァを回収し、あんなところまで移動したというのか。

「貴様、何をっ!」

 ケイアスが声を荒げ、部下たちが急いで少年に向かって駆け寄ろうとする。

 少年はそれを一瞥すると、かなり面倒くさそうな態度で呟いた。

「邪魔だ」

 その瞬間。少年の目の前に、五つの魔法陣が広がった。優しく淡く光る、薄い緑色の魔法陣が横一列に広がっている。その中心部は渦が巻いており、巻き起こる風を表しているかのようだ。

 『業風』と呼ばれる、風を司るマギエの魔法陣は出現と同時に光を強くさせ、そこから突風を巻き起こす。

「う、おっ……!」

「これは……、『業風』か……っ!」

 余りにも強いその風は、少年の下へ向かおうとする者たちすべてを立ち止まらせた。中にはそのまま後方へ飛ばされるものもいるくらいで、立って耐えるものはわずか数人程度。ケイアスを含めた残りの人間は地面に膝をつき、なんとか耐えるのが精一杯だ。

 町の入り口を塞ぐ様に止めてあった車はタイヤが地面をこする音を立てながら、少しずつ移動していく。横に無理やり移動させられたタイヤ跡が、地面に強く残る。

 男たちは体勢を整えながら、とあることに違和感を覚えていた。だがそれは自分の勘違いだろうと、気には留めない。

 その隙に少年は、イーヴァの体を足元に横たわらせる。今も流れ出る血は坂を下り、無残さを際立たせている。

「おーおー、ひどい有様だな。まだ生きてるのが不思議なくらいだ。……っと、かなり速く動かしちまったな。……ま、どうせ修復するんだ。関係ねえだろ」

 少年は右手をイーヴァの上にかざす。それと同時に、イーヴァの体の下に一つの魔法陣が出現した。それはすべてを包むような、自然を感じさせる光を放ち、どこか癒されるような柔らかな緑色で輝いている。

 中央部分はイーヴァの背中に隠れて見ることはできないが、そこには十字が描かれており、それは『治癒』のマギエを表すものでもあった。現に、その光に包まれたイーヴァの体の傷は段々と小さくなっていき、生気を感じさせなかった肌の色も少しずつ赤みを帯びていく。

「ふう、まずは一つ目。こんなガタイのいい体してるし、あとは放っときゃいいだろ。……さて次は」

 少年が呟き、町の方を振り向こうとした瞬間、

「貴様ら、緊急事態だ! 楽しんでいる暇はないぞ!」

 ケイアスの叫びに呼応するように、入り口近くの家から数人の男が現れて来た。また、少し奥の方の家からも慌てて何人か飛び出してくる。

「お、っと。こりゃ、ありがてえ」

 振り返りそれを確認した少年は嬉しそうにそう言った。ケイアスは、敵の増援が現れたことに感謝する意味が分からなかったが、すぐに理解することとなる。

 ケイアスが疑問を抱いた瞬間。本当に、いつ発動されたのかと思うくらいあっという間に。男たちの体を、橙色の魔法陣が拘束していた。

 男たちのそれぞれの体を中心に展開された魔法陣は、肩幅より少し大きいくらいで、腰辺りに生成されていた。縄で縛られたかのように身動きを封じられた彼らは苦しそうにもがくが、どうにもすることはできない。

「くそ、なんだこれは!」

「はな、せっ!」

 男たちは、そんな風に叫びながら体を左右に揺らす。しかし少年はそれをまるで無視して、右手の人差し指を軽く上に振る。

 そのまま橙色の魔法陣はゆっくりと上に上がっていき、それに伴い男たちの体も上昇する。ほとんどの者が慌てふためき、やめろだの離せだの喚く。

 それを満足そうに見た後、少年はケイアスの方に向き直る。

「いや、わざわざ呼び出してくれるなんて優しいじゃねえか。『拘束』を使うのがずいぶん楽になった。礼を言うぜ」

「なん……、だと、貴様……!」

 悔しそうにケイアスがそう言うと、嬉しそうに少年は微笑んだ。

「はっ、いい顔だ。いい感じに悔しそうだな。よし、特別にこれを返してやろう」

 少年が、今度は右手の人差し指を横に振った。

 その瞬間。拘束されていた男たちの体は一気にケイアス目がけて飛んでいく。

 もちろんケイアスはそれを避けるが、拘束を解かれた男たちの体は背後に停まっていた車に次々にぶつかり、そのうちの一台は衝撃でひっくり返ってしまった。

「さあて、と。これで町から野郎共を引きはがしたし、宿主様の二つ目の願いは終了だな。最後の一つは後でいいか……、っと、こいつはもうちょい移動させておくか」

 少年は、イーヴァの体に『拘束』のマギエを使用する。先ほどとは違いイーヴァの体は優しく移動され、縛られた町の住民が集まる場所でその姿を止めた。

「イーヴァ!」

「大丈夫か、イーヴァ! 返事をしろ!」

 手足を縛られていた町の住民たちが、横たわるイーヴァに向かって声をかける。心配そうにイーヴァを見る人たちがいるのに対し、かなりの人が複雑な瞳で少年を見つめていた。

 当然だ。今彼らの目の前で術を繰り出している少年の姿は彼らが知るニルヴァーナではあっても、その態度やその言動はどう見てもニルヴァーナでは無いのだから。

 縛られた人たちの中には、もちろんニルヴァーナの家族や友人がいる。それ以外にもよく接してきた知人だっているし、こんな小さな町で数少ない若者である、ニルヴァーナのことを知らないものなどいなかった。

 その少年が、圧倒的な力を用いている。それはいい。彼らが望んだことなのだから。

 だが、問題はニルヴァーナがニルヴァーナで無くなっていること。今までの行動を振り返っても、今浮かべている表情を見ても、何一つニルヴァーナらしくない。

 今、少年を見つめる視線は恐怖の視線と期待の視線に二分される。今の段階では、まだ期待の視線の方が多いだろう。

 しかし、その期待の視線は間違いなく、すべて恐怖の視線に変わるだろう。少年が昨日と同じく、残虐な行いを繰り返すのなら。

「これで心置きなく破壊できる。……だが、ここじゃちっと戦いにくいな」

 そんな視線など知る由もなく、少年はつぶやく。それから首に手を当て、軽く首を回した。

 それから彼は軽く身をかがめ、跳躍の姿勢に入る。当然、ケイアスやその部下たちは警戒し、注意深く少年を凝視する。先ほどのように見失わない様に。

 だがそれを嘲笑うかの如く、少年は姿を消す。

「またか……っ!」

 今度はその場に残ったのは、『疾駆』のマギエの魔法陣ではない。そこにあるのは、二つの異なる種類の魔法陣だった。

 一つは重苦しく輝く、えんじ色の魔法陣。中央には横向きになったくの字が三つ、連続して描かれている。それは『跳躍』というマギエを表していた。

 もう一つは『加速』の魔法陣。重苦しく輝く『跳躍』とは対照的に、流氷のように鋭く光っていた。また、暗く光るえんじ色の魔法陣のお蔭か、明るい水色が際立って見える。

 『跳躍』は跳躍力を底上げする力を持つが、基本的に隙だらけになるためにあまり戦場では使われない。使うならば、今のように『加速』などの誰かの力を併用して使用するマギエだ。マギエは一人一つしか持つことが出来ない為、複数の人間によって使用されることが多い。

 『業風』を使われたときに感じていた違和感が、男たちは心のどこかで引っかかっていた。だがそれは、今やとあることの確信へと変わっていた。

 この少年は、能力を二つ以上使用することが出来る。

 マギエの制約上、それは余りにも特殊であり、異端だ。脳の容量の問題でマギエは一つしか使えないはずなのに、なぜこの少年には可能なのか。それがまるでわからない。あまりにも未知すぎる力に、男たちの中には怯えている者すらいる。

 『跳躍』と『加速』が合わされば、先ほどのように敵の視界から消えることも難しくない。だからこそ、一人で二つの能力が使えてしまえば強さは格段に上がる。それを表すかのように、少年はケイアスたちの後方、つまり自らが最初にいた位置に戻っていた。周りは残っていた部下たちが取り囲んでいたが、どうやら気にしている様子もない。

「はっ。やっぱこういう広いところの方が戦いやすい」

 ケイアス達が慌てて振り向けば、少年は準備運動のように肩を回している。そこには戦場における緊張感など、微塵も感じられない。まるで、これから軽い運動でもするかのようだ。その動きは、大人数の男を前にしても倒されないと言う、圧倒的なまでの自信から来るのだろう。

 だがそんな少年を、ケイアスは正直軽蔑していた。わざわざ人質から離れてくれるなんて、どこまでバカなんだと。

「さあ戦おうぜ。もうやることもねえんだ。心置きなくお前らを殺せる」

 しかしそんなことまるで気づかないかのように、少年は両手を広げてそう言った。完全に挑発のポーズだろう。

「……ニルヴァーナ君。この状況下で、私たちに勝てるとでも思っているのかね」

 ここでようやく口を開いたケイアスは、そう口にする。

「はっ、当り前だろうが。いくら雑兵が集まったところで、何も変わらねえ。破壊対象が増えるだけだ」

 その言葉に、虚勢は感じられない。態度からも、見栄を張っている様子でもない。

「君のことは気に入っていたが……。まさかそこまで愚かだとはね。失望したよ」

 頭の中で、ケイアスは少年の蛮勇だと決めつけていた。ケイアスの態度からも、呆れている様子が伝わってくる。

 そうしてケイアスは右手を前にかざす。それと同時に、何人かの部下たちが前に躍り出る。少年を囲む部下たちも、能力を使用する体勢に入った。

 しかし、彼らは能力を使用しようとはしない。少年は未知の力を持っているのだから当然と言えば当然だが、それを見た少年は呆れたようにため息をつく。

「なんだよ来ねえのか? つまんねえなあ。昨日の奴らのがよっぽど威勢がよかった」

 退屈そうに頭をかく。それから嘲笑を浮かべて、言葉を続ける。

「そんなんじゃ、そいつみたいにあっという間に殺されるぞ?」

 一体、彼は何を言っているのだろうか。攻撃をした様子なんて、少しもなかったはずなのに。

 しかし少年は、ケイアスのすぐそばに立つ男を指さしていた。ケイアスは、慌ててそちらに目を向ける。

 ケイアスが目にしたのは、男の胸に刺さる、光の矢。

 どうやって。いつの間に。音もなく、その予兆もなく。矢が胸に刺さった男ですら、声も出せずただ茫然とその矢を見つめている。

 それからすぐに、男は口から大量の血を吐き出し、その場に倒れ伏した。それとほぼ同時に、光の矢は光の粒子となって消え去っていく。

「これは……、『光矢』の……」

 茫然と、ケイアスは呟いた。まだ、状況がうまく飲み込めない。後方に出現していた『光矢』の魔法陣が消え去ったことにも気づかない。

「ほらほら、そうなりたくなかったら、俺に攻撃してみせろよ。一方的に殺されるのは嫌だろう?」

 とても単純な挑発。そんなことを言われて単純に攻撃するなど、普通はするものじゃない。罠を警戒するものだ。だから、誰も動かない。恐怖と驚愕も相まって、動けない。

「理解がおせえなあ、まったく」

 誰も動かないことを知ると、少年は退屈そうにあくびをした。ここが戦場だということを忘れてしまいそうになるほど、隙だらけのあくび。

「うわ、うわあああああ!」

 そしてそのあくびとほぼ同時。今度はケイアスから少し離れた位置から悲鳴が上がる。

 悲鳴の上がった方向に目をやれば、一人の男性が尻もちをついて震えていた。そしてそのすぐ傍ら。鋭くとがった、細い円錐状の土の柱が一本そびえたっていた。

 もちろん、そんなものは元々そこには存在しなかった。足元に光る『剛土』の魔法陣が、少年がその柱を作ったということを示している。

 そして、その柱の先端部分。そこには男が一人、腹部を貫かれる形で刺さっていた。

 これも、音は無い。あくびをしながらあんなものを作ったなんて、気付くはずもない。

「て、めえ、てめええええええ!」

 その光景を見た別の男が、憤りの声を上げながら能力を振るう。彼の能力は『劫火』。彼が作り上げたのは、多くの炎が渦巻く、灼熱の熱線。それは、一気に少年に向かって襲い掛かっていく。そんな攻撃は、もちろん少年に届くはずもない。簡単に『防陣』の魔法陣によって弾かれ、消滅する。

 弾かれた炎は、わずかではあるが草に燃え移り、小さく燃える。少年はそれを一瞥してから、楽しそうに叫んだ。

「はっ! いいねえ、怒りに任せた一撃。好きだぜそういうの!」

 少年は右手を横に振り、攻撃を仕掛けて来た男の前に『劫火』の魔法陣を生成した。瞬間、男の体は炎に包まれ、辺りに聞くに堪えない悲鳴が響いた。

 その様子を、薄ら笑いを浮かべながら少年は見ていた。しかしそんな少年とは対照的に、ケイアスの部下たちはほとんどがたじろいでいた。

 当然、たじろぐものだけではない。恐怖を感じ、その場から背を向けて逃げ出していく者も何人か現れ始める。

 少年はそれを視界の端で確認すると、小さく舌打ちした。

「……ちっ、興が削がれる」

 逃げ惑う者を見ながら、とてもつまらなそうに左手を横に振った。それと同時に、先ほどのような鋭利な柱がいくつも出現し、逃げ惑う者の体を柱が捉える。

「無謀に立ち向かうのはいいさ。仇を取るために無駄な力を振るうのも。怯え、竦み、その場に立ち尽くすのも構わねえ。だがな、逃げるのだけは気にくわねえ。素直に死を受け入れろ雑兵ども。……そうだな、こうしとけばいいか」

 つまらなそうに言う少年は、両腕をゆっくりと上げて横に広げる。横に広げながら、両手で指を弾き、軽く音を鳴らした。

 その瞬間。辺りに大量の男の悲鳴が響き渡る。やめろ、痛い、助けてくれ。そんな悲鳴がいくつも響くのと同時に、この世のものではない様な、有り得ない光景が広がった。

「……なん、だ。……あれ、は」

 それを見たケイアスが、絶望の声色で呟く。

「あんなの、有り得ない……」

「ふざけて、やがる」

「嘘だ、嘘だ……」

 続いて、部下たちが同じように絶望した様子で呟いた。

 彼らが見たもの。それは、身を震わせるには十分な恐怖の光景。

 仲間を殺したのと同じ鋭利な柱が、逃げ出した男の体を貫きながら、この辺り一帯を取り囲むように何本も、何十本も地面から出現していた。それはあまりにも禍々しく、現実味を感じない。大量の柱はもはや現実と地獄とを隔てる壁にすら見え、まるで地獄にいるかのような錯覚を覚えさせる。

 少年が作り上げたその光景は、これまでの常識では考えられない様なもの。力を手に入れて一日経っただけの少年が、作れるはずもない。

「選択の時間だ」

「……っ!」

 皆が怯える中、響く少年の声。

 特に大きな声と言うわけでもない。よく響くような透き通った声でもない。

 それでもなぜか、その場にいた者の耳に強烈に届いた。

「そのまま一方的に殺されるか。奇跡が起きるかもしれないっつう、存在しない希望に賭けて立ち向かってみるか。……十秒だ、十秒だけ待ってやる。それでも何も無いようなら……」

 それまで、少年は少しだけ真剣な表情で語っていた。淡々と刑を下すような、そんな表情。しかし、その表情は次の瞬間に一変する。

「殺戮を開始する」

 少年は、とても楽しそうな微笑みと共に言い放った。

 それから、わずかばかりの静寂がその場を支配する。

 ケイアスやその部下たちは、とっくに力の差を痛感していた。どうあがいても敵いようがなさそうなことも、死が目前に迫っていることも。

 それを理解していたから、彼らは自分の命が、十秒後刈り取られる光景を想像できてしまった。だが、想像できたとしても、それに抗わないはずもない。

 初めに一人の男が、左手を横に振るとともに能力を使用した。彼の周りにいくつもの氷の塊が浮かび上がり、次々と少年に向かって降り注いでいく。

 当然、その攻撃は防がれる。『防陣』の魔法陣の向こう側で、少年は嬉しそうに微笑んでいる。

 だが、死が迫っていた男たちはそれでも諦めようとはしなかった。次々と能力を使用する者が増えていき、少年の周りは土煙が舞い上がっていく。

 火、水、雷、風。一般的な能力の攻撃だけでなく、その他にも『光矢』や『破砕』といったあらゆる攻撃も少年を襲い掛かる。攻撃的な能力だけでなく、『拘束』や『幻惑』、『鈍化』などと言った能力も少年を次々と襲っていった。

 その様を、ケイアスはただただ眺める。攻撃に参加することはなく、ただ死んでいてくれという、祈りの気持ちを込めて少年を見つめていた。

 かつて、一人の人間に対してここまで集中的に攻撃が行われたのをケイアスは見たことはない。巻き起こる土埃が晴れたあと、きっとそこには死体も残らないだろう。それほど苛烈な攻撃だ。

 その内に攻撃が止み、土埃が風に乗ってだんだんと流れていく。

 土埃はなかなか晴れない。だが、『業風』の使い手は、それを風で払う気にもなれない。その先に少年がいたらと考えると、自然と体は動かなかった。

 だがしかし、現実はあまりにも惨い。

「くっくっく、……あっはっはっはっ!」

 静寂が支配していたその場を引き裂いたのは、少年の笑い声。あれだけの攻撃が集中したのにも関わらず、元気に、高らかに笑う。

「終わりか、これで! 全力を注いでもこれか! ……ほんと、最高の結果だなあ!」

 段々と土埃は晴れていき、少年が姿を現していく。少年は顔を右手で覆い、腹を抱えながら笑っていた。

 その少年の姿を見て、何人かの男たちはその場に尻もちをつき、後ずさる。ありえない、嘘だ。そんなことを呟きながら。

「さあ、始めようか。最初は……」

 少年はそう言ってから、軽く指を弾いて音を鳴らした。

「てめえだ」

 無残にも選ばれてしまった男性の足元には、鮮やかに光る赤い魔法陣が広がり『劫火』の炎が彼の体を焼き尽くす。

「次」

 続いて、少年はもう一度指を鳴らした。次に選ばれた男性の周りを、眩しき光を放つ黄金の魔法陣が囲んだ。それは先ほども使用した、『光矢』の魔法陣。男性は逃げ場を探して首を動かすが、隙間なく囲まれた魔法陣には、逃げ場なんてなかった。

「うわ、誰か、助け……っ!」

 その悲痛な叫び虚しく、『光矢』の矢は幾重にも男性の体を貫いた。浮かぶ光の矢に支えられる形で男性の体は少し宙に浮くが、矢が粒子となって消えると同時に、鈍い音を立てて地面に倒れ伏した。

「ほら、どんどん行くぞ」

 楽しそうに言うと、指を鳴らす。選ばれた男性の足元には不気味な光を放つ紫色の魔法陣が生成されるが、その魔法陣からは何も生成されない。

 男は魔法陣の上でただ震えていたが、突如その様子がおかしくなった。

「う、あ? あ、ああああああ! やめろ、なんだ、こいつは、やめてくれ、誰かっ! 誰かっ!」

 男性はいきなりそう叫び、その場でのたうち回り始めた。その様子を見ていた男たちは一瞬首を傾げるが、すぐさまその行動の理由を理解する。

「まさか、『幻惑』……」

 誰かがそう呟いた。それを聞いた少年は嬉しそうに、正解、とだけ呟く。のたうち回る男にかけられた『幻惑』というマギエは、その名の通り幻覚を見せるマギエ。男がどんな幻覚を見ているかはわからないが、周りの男たちは誰もそれを救おうとしない。

 きっと、少年は無様にのたうちまわる男性の様子を見て楽しんでいるのだろう。誰もがなんとなくそれを理解した。理解したからこそ、男を助けることで少年の楽しみを奪うのをためらったのだ。そんなことをすれば、何が起きるかもわからないから。

 それからまた、少年が指を鳴らそうとしたとき。

「こんなの、人間のやることじゃない……」

 さっきとは別の、他の誰かが呟く。その言葉を聞いた少年は、動かそうとしていた指を止める。

「こんな、こんな殺し方、こんな死に方……。まともな人間の死に方じゃねえ……。頭が狂ってやがる……」

 震えあがりながらも呟いたその一言は、しっかりと少年の耳に届いていた。少年は煩わしそうにため息をついてから、口を開いた。

「はあ? なんだ今更。てめえらが言うか? 散々貧民狩りをしてきたてめえらがよお」

「それ、は……」

「てめえらは狂ってるんだ。それを理解しろ。狂った人間には、狂った人間のことをとやかく言う資格はねえ」

 そう言われた男は、返す言葉もなく黙り込む。

「まあ、かく言う俺も狂ってるがな。偉そうに言ったところで、てめえらと同類なのは変わらねえ」

「それを理解してなお、君はこんなことをすると言うのか……」

 呆れたように、ケイアスがそう呟いた。ニルヴァーナは、それを鼻で笑い飛ばす。

「当然だ。俺の破壊は欲求を満たすためだからな」

「欲求、だと……?」

「そう驚くことないだろ? てめえらだって欲求を満たすために貧民狩りを行ってたんだ。それと同じじゃねえか」

 確かに、この少年が言っていることはその通りだ。ケイアス達は、己の欲を満たすために、貧民狩りと言う非道な行いを続けて来た。だが、ケイアス達はそれを認めようとはしない。自分達は少年とは違うと、そう言い聞かせる。

 彼らがそれを認めることができないのは、一方的に狩られる立場になったことがないからだ。その恐怖がどれだけのものか、想像することが出来ないからだ。

「あー、ついくだらねえこと話しちまったな。続けるか」

 少年は当然のように、殺戮の続きを行うと宣言した。右手をあげ、指を鳴らそうとする。しかし今度は、自らの意思でそれを止めた。

「いや、趣向を変えるとしようか。さっき、俺を攻撃しなかった人間。正確には出来なかった人間か。次はそいつらの番だ」

 右手を下ろすと、準備運動のように爪先で数回地面を叩く。それはまるで、スポーツでも始めるかのようだ。

 先ほど少年に攻撃が出来なかった人間。その理由は単純だ。ただ怯んだのではなく、彼らのマギエが、自らの肉体で攻撃を加えなければいけないものだったから。

 武器を自在に具現化する『具現』。あらゆるものの速度を格段に上昇させる『加速』。空を自在に飛び回れるようになる『飛翔』。そういったマギエは、遠方から攻撃できる『劫火』や『光矢』とは違い、使用者自身が敵に近づき、直接攻撃を加えなければならない。

 そうなると、必然的に先ほどのような集中砲火には参加することはできなくなる。少年はそれに気づいていて、先ほど動かなかった何人かを標的にすると宣言したのだ。

「さっさと行くぞ。せいぜい、抵抗して見せろ」

 少年は、ゆっくりと足を前に進める。本当に遅く、これからどうするのか想像もつかない。だが標的にされるであろう男たちは、それぞれマギエの準備を開始している。

 そして、四歩目が地面に着く、まさにその時。

 またもや少年は姿を消し、その場には落ち着いた輝きを持つ、灰色の魔法陣が残る。三度目の消失であっても、恐怖には変わりない。

 そして少年は、ケイアスから十メートルも離れていない位置にいた男の目の前に、姿を現していた。男が大きく目を見開き、動こうとしたその瞬間。少年の背後に輝く紅色の魔法陣から、少年は槍を取り出した。

 男はその身を引き、その場から逃げ出そうとする。しかし、わずかばかり少年の方が速い。少年は右手を思い切り振り抜き、その槍を男の左胸に突き刺す。

「ぐ……っ、あ、が……っ!」

 男は大量の吐血と共に、仰向けに崩れ落ちた。

「はっ、何も出来てねえじゃねえか。だらしねえなあ」

 なんとも嬉しそうに微笑みながら、男の体から槍を引き抜く。それと同時に、大量の血が男の体から噴き出し、少年の体に返り血が付着し、足元を赤く染めた。

「さて、と。次はどいつにするか……」

 槍を片手で持ち、物色するかのように少年は歩き出す。そんな隙だらけの状況下でも、誰一人攻撃を仕掛けようとはしない。少年の気分を害し、標的が自らに移ることを避けたいためだ。

 そんな状況下の中、最も遠くにいる男に標的を決めた少年は『転移』のマギエを使用しようと足元に落ち着いた輝きの魔法陣を生成した。そして、一歩踏み出そうとしたその瞬間。

 少年のすぐ背後で、鋼と鋼がぶつかり合うような、けたたましい音が鳴り響く。

 その音は、『防陣』の魔法陣と鋼の剣がぶつかりあい、生じた音だった。

 剣の持ち主の男はそれまで近くにはいなかった。突然、音もなく、強烈な速さで攻撃を仕掛けて来た男を、少年は首を後ろに捻って確認する。

「……なんだあ、てめえは?」

 少年は煩わしそうに振り返り、突然姿を現したその男を睨んだ。男は一度舌打ちをしてから、十メートルほどの間合いを取る。

「……」

 男は少年の文句を無視し、ただただ少年を見つめていた。顔にかかる黒い髪が男の鋭い眼光を隠していて、何を考えているかわからない。

 その光景を見ていたケイアスや、他の部下たちは一瞬何が起こったか分からないようだったが、段々と何が起こったかを理解していく。

「……ハルベルト」

 誰かが、男の名前を呟いた。それを聞いた少年は、少し目を細めて、微笑んだ。

「なるほどな。ヒーローの参上か?」

「……別に、ヒーローじゃない。ただ、お前を殺しに来ただけだ」

 ハルベルトのその言葉を聞くと、少年は一度目を大きく見開く。それから口元に手を当てると、ゆっくりと、だんだんと笑い始める。

「はっ、はっはっはっ、はっははははは! なんだ、今更そんな奴が出て来たってのか! おもしれえじゃねえか! 期待してなかった演出だ!」

 とても嬉しそうに、これから起こることに胸を躍らせる子供のように、とても楽しそうな笑顔と共に少年は両手を開く。

「来いよ雑兵! 精々俺を楽しませて見せろ!」

 ハルベルトは剣を構え、突撃の体勢をとる。

 対して少年は、すべてを受け入れるかの如く、両手を開いたままハルベルトの攻撃を待つ。

「まったく……。この傲慢の塊めが」

 ハルベルトは一人ぼやくと、音速のごとき速さでその場から姿を消した。

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双翼のリベリオン 布田あそび @ryuugaei

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