第二十九話「強者求めて」



 ホーク・ウィンドウは最近のヒーローだの怪人だのの騒動に疲れていた。

 まだ中学生ながらバランスよく均整の取れたうるおしい体。

 尖った髪の毛に右半分飛び出た前髪。

 鷹のような鋭い目付き。


 彼は元々は天照学園ではなく、アメリカの科学都市の住民であり、幼い頃からボクシングを習っていた。

 それである事件をキッカケにボクシングのリングから去り、そのまま非行に走った。

 ケンカ生活の毎日である。

 それを見かねた親は何を考えたのか天照学園送りにした。


 しかし天照学園でもそれは変わらなかった。

 そのまま学園を飛び出してケンカ相手を探す毎日だった。

 どうしてケンカをするのか自分でも良く分からない。

 ただ強い奴を正々堂々ぶちのめすのが好きだからかもしれない。


 それに天照学園は怪人だのヒーローだので物騒だったのもある。

 メダルで怪人化する奴が現れ、それをヒーローに助けられた事もあった。


 正直助けられた有り難みよりも屈辱だった。

 自分はこんな弱いのかと。


 そして今日も――


 夜の事だった。

 ブラックスカルが壊滅し、学園島と出島辺りのシマを巡っての水面下での争いが始まっていた。

 水面下なのはやはりブラックスカルが日本政府を半ば告発した形となったあの事件の影響が大きく、治安が良くなったせいである。


(またメダルを使ったケンカか・・・・・・)


 ブラックスカルが壊滅し、黒幕連中が一網打尽されても未だにデザイアメダルと言う物が出回っている。

 いわゆる超人的な力を得られるメダルであり、ギャングだけでは無く噂では裏社会でも出回っているそうだ。


 ギャング同士のケンカでもそれを使われる場面が多く、今行われている夜が更けた人気が少ない空き地でのケンカでもそれが使われていた。

 何でもシマの縄張りを駆けたシャークヘッズとワイルドウイングの抗争で何処から話を聞きつけたのかギャラリーも集まっている。


 場所は学園島ではなく、出島から少し離れた場所。

 学園島は警備が厳しくなり、出島もあんな事件があった後な為に警察官が増員されており、そう言う場所を求めて行っていた。


 それをホークはつまらなさそうに見学していた。


 ホークは一応ワイルドウイングの用心棒的な立ち位置である。

 流石に素手で怪人化した相手をぶちのめすのは厳しいが生身の人間相手でも、例え銃を持ち出されてもどうにでもなる。


 アメリカは銃社会だ。それに近年は民間の基礎技術の向上で密造銃なる物も出回っていて社会問題になっている国で不良していたのだ。

 それぐらいどうって事はない。


 ふと手渡されたメダルとウォッチに目をやる。

 自分も怪人化して戦えと言う事だろう。


(誰が戦うか)


 それに一時期は麻薬の様な代物だったとも聞く。

 危なかっしくて使えたもんじゃない。

 だけど金を貰っている手前このままフけるワケにも行かずテキトーに理由でっち上げて見張り番をやっていた。


 そんな時だった。


(何だこいつ?) 


 金髪の美少年。

 日本人離れしていて少々体格は華奢だが歳の頃はそう自分と変わらないだろうと思った。


 他にも黒髪の美少年がいた。


 二人ともスーツ姿だ。

 何故だかとても似合っていると思った。


「志郎さん? ここで良いんですか?」


「ええ、間違いありません。メダルの回収業務始めますよ」


 天村 志郎。

 倉崎 稜の両名だった。

 ハヤテの情報を元にこの場所に辿り着いたのである。


 カラーギャング同士のバトルが激化している直中に飛び込んでいくつもりなのだ。


「待て、お前達――メダルの回収業務って何だ?」


「そのまんまの意味ですけど?」


 ホークは金髪の少年達の前に立ち塞がる。


「お前達何もんだ?」


「天照学園の物です。一応政府の許可を取って回収業務を行っているのですけども・・・・・・」


「はあ? ともかく、どうしてもって言うなら俺を倒してからにしな」


 そう言ってホークはメダルとウォッチを投げ捨ててファイティングポーズを取る。


「おやおや? メダルは使わないんですか?」


「性に合わないんでな? それでお前達は変身するつもりかい?」


「生身の相手に変身してボコるのは此方も性に合いませんね」


「では僕が・・・・・・」


 そう言って稜が前に出た。


「ああ、お前が俺の相手か? お嬢ちゃん?」


「これでも男です」


「そんな成りでか?」


「そうです」


「痛い目に見ない前におウチに帰りな。ヒーローごっこならそこでやれ」


「ヒーローだって分かるんですか?」


「何となくな」


 そう言って軽く稜に向かってジャブを寸止めして放つ。

 しかし稜は特に何のアクションを見せなかった。


「お前何が起きたのか理解出来てるのか?」


「最初から当てるつもりのない攻撃に反応したりはしません」


「ふん、そうかい!」


 そう言って思いっきり踏み込んで右のストレートを顔面に叩き込もうとする。

 ところでホークの意識が暗転した。





「何が起きた・・・・・・」


「ホークさんはウチの学生だったんですね」


「はあ!?」


 気が付くと病院のベッドの上だった。

 頬がジンジンする。

 窓から光が入っている。少なくとも丸一日寝ていたらしい。

 備え付けられらたテレビでは最近流行になっているヒーローウィークリーのニュースが流れており、「ヒーローか怪人なのか!? カラーギャングの抗争を止めた謎の二人組の戦士」と銘を打って熱心に名物女性アナウンサーが報道している。

 そして読書をしながら倉崎 稜が制服姿で椅子に座っていた。

 これには驚いた。


「俺は一体・・・・・・確かお前に殴りかかって」   


「クロスカウンターが見事に決まって気絶してました」


「なっ!?」


 その一言にホークは衝撃を受けた。

 久し振りのケンカ。 

 それも男か女なのか分からないナヨッちい奴に瞬殺されたのだ。

 プライドとか色々と傷付いた。


「嘘だろ・・・・・・マグレでもクロスカウンターが俺相手に綺麗に決まるワケが」


「それでも事実です」


「つかどうしてお前がここにいるんだ?」


「心配なので。また襲い掛かって来るんじゃとか言われましたがそれでも心配だったので。その様子ですと大丈夫そうですね」


 と、何故か稜は微笑む。

 それが余計にむかっ腹が立った。


「テメェ・・・・・・それよりもカラーギャングはどうなった? シャークヘッドやワイルドウィンドは?」


「一応部活動の課外活動の一環としてメダルを取り上げた上で後は警察に処理を任せました。まだデザイアメダルの所持についての罰則規定は曖昧ですが流通ルートなどを知りたいそうです」


「つまり事実上壊滅ってわけか」


「そうなりますね。で? これからどうするんですか?」


「そうだな。お前をぶん殴ってから決める」


「ケンカしたいんですか?」


「たりめーだ。負けたまま引き下がれるかよ」


「そうですか」


「負けたら何でも言う事聞いてやる」


「分かりました。その勝負受けましょう」




 と言う事で早速病院を抜けだし、近くの人気の無い空き地で対峙する両者。

 立ち入り禁止のマークなど無視して入り込む。


「こんなところで戦うんですか?」


「たりめーだろ。テキトーな場所ここぐらいしか無かったんだからよ。それに洒落た場所はどうも肌に合わないんでな」


「そうですか」


「んじゃあ始めようか」


「はい」


 両者とも構える。

 ホークは左足を一歩だし、肘を折り曲げて拳を顔面に持ってくる。


 稜も構えを取る。

 ホークはボクシング以外の格闘技に詳しい方では無いが中々様になっていた。


 先手はホーク。

 ステップを踏みながら左ジャブを押し込んでいく。

 稜はそれを片手で逸らしていく。


(こいつ――昨日のクロスカウンターはマグレじゃねえ――)


 認めたくないが素人ではない。

 本格的に何かしらの格闘技をやっている。

 しかもある程度の実戦経験も積んでいる。

 本物の奴だ。


(しかもこいつ――ドンドンこっちの攻撃に対応して来ている! 下手にペースを落とすと手が付けられなくなる!)


 ボクシングを本格的に学んでいた時代、自分は無敗だった。

 その中でも強敵はいたがこれ程の化け物はいなかった。

 まるで機械の様な正確さでドンドンこちらの攻撃に対抗してカウンターが来る。

 一先ず距離を取ろうとしても恐れずに向かってくる。


(ならこっちは――)


 ある手段を講じた。

 あえて受けて反撃する。

 今いる相手に対抗するにはそれしかないと思った。


 そして――


(おもっ――)


 とんでもない衝撃でくの字に曲がる。

 見掛けからは考えられない程のパンチ力。

 肺から息が全部流れ出していくような、まるで丸太で叩かれたかのような感覚だ。

 だが歯を食いしばって反撃に転じる。

 ストレートが相手の頬に入った。


「はあ・・・・・・はあ・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・」


 やっとこさ一発ぶちこめた。

 当たりは浅いようだ。

 咄嗟に身を引いたのだろう。

 反射神経もいいらしい。


(勝てる気が全然しねえが・・・・・・こう言う時こそ危険に飛び込むんだ!)


 そう言ってホークは稜に向かって行った。



 何度も何度もKOされては根性で立ち上がって向かって行った。

 そしてどれだけ時間が経ったか、大の字で倒れ伏していた。


「まだやりますか?」


 稜もある程度のダメージは受けている。

 しかしとてもケンカの疲れなど感じさせない、涼しげな態度だった。


「そうしたいけど、体が言う事効かないんだよ・・・・・・クソ・・・・・・負けだクソ」


「そうですか」


「で、俺をどうするつもりだ?」


「今部員集めているんで、その部に入って貰います」


「ああ?」


「言いましたよね? 負けたら何でも言う事聞くと?」


「そうだけどよ・・・・・・」


「なら決定ですね。取りあえず部活の内容とかについては追って知らせますんで――なるべく学園に居てくださいね。取りあえず病院に送ります」


「いらねーよバカ」


「もしもし」


「無視かよ」


 そう言ってホークは倒れ伏す。


 何故だか昔の事を思い出していた。

 まだボクサーだった輝かしい時代。

 ボクサーとして活躍しすぎて、同じボクサーからリング外で因縁を付けられ、集団リンチに合いそうになってボクシングの技で返り討ちにしてしまい、そこから転落していった過去。


 そこからやり場の無い怒りをぶつけるようにしてケンカを求めて来た。


 そして何時しかより強い刺激を求めてケンカの相手を求めた。  


 ヒーローだの怪人だのの世界になって、ケンカの相手を選ばなければならないようになったのは屈辱だった。


 そうして久し振りの思う存分、全力を出したケンカは完敗だった。


(暫く、この学園に留まるか)


 とにもかくも約束を違えるような真似はしたくなかった。

 暫くホークは学園に居続けようと思った。


 

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