第二十七話「大人の女性達」


 夜になり、嵐山 蘭子はある店に来ていた。商業区の裏路地にひっそりと店を構えている居酒屋「乱レ桜」。

 そこにリンディ・ホワイト、嵐山 蘭子が来ていた。着物姿のマスター、妙齢の黒髪和服美人の紅官女もいる。

 店は狭め。

 何処か昭和の匂いが漂っていてテレビなんて箱形の突起物が付いたボタンを回転させてチャンネルを変えるタイプだ。

 テーブル席もあるが壁際には畳の上に机の席のブロックが並んでいる。


「懐かしい顔が随分揃ってるじゃないか」


 と、紅官女が言う。


「そういやここに来るのも久し振りだっけ?」


 視線の先には嵐山 蘭子。


「久し振りねマスター。元気してた?」


 そしてリンディ・ホワイトがいた。

 長い水色の髪の毛。白い肌、小悪魔的で魅力的な切れ長の瞳。

 大きなバスト、アスリートの用に程よく鍛え抜かれた体に長足の八頭身の黄金比。

 一種の美の到達点の様な容姿を持つ女性。

 それがリンディ・ホワイトと言う女性である。

 胸の谷間が見える黒いビスチェの上から長袖の上着、ジーンズにブーツを履いている。


「ふん、昨日学園長も来てたよ」


「学園長? 何処か行ってたの?」


「世界の危機って奴から救うためにちょいと異世界にね――まあそのせいで学園の危機を招いてりゃ世話もないけどね」


 そう言いながら手際よく料理の準備をする紅官女。


「世界の危機ね――異世界絡み? それとも宇宙絡み?」


「異世界絡みさ。アメリカの軍事企業や欧州の騎士団、ロシアの軍事都市、中国の九龍まで動いたらしい」


「わお、地球の最高戦力オールスターね」 


 とリンディは評した。


「日本は学園島だけ? 退魔師の連中は?」


 酒を飲みながら蘭子は尋ねる。


「退魔師の連中は最近キナ臭くなってね――二年前に教育機関で若手、ベテラン勢がゴウマ一派に殺され、その立て直しでいっぱいいっぱいだったみたいだねぇ。そして関東の闇乃家の息が掛かった連中はある騒動で全滅状態。その騒動で政府は退魔師全体を懲罰対象と見なして冷遇措置を取って、今関西の村雲家が中心となって立て直している状態」


「ふーん、日本離れている間に随分と変わったわね。それで騒動ってなに?」


 気になったのか騒動に付いて聞くリンディ・ホワイト。


「村雲家の赤毛の嬢ちゃんから聞いたけど、闇乃家の跡取り息子――いや、だった子が深く関わっているらしい。今その子は黒いセイントフェアリーを追ってこの学園に来ている。もしかすると天村財閥にも何かしら関わりのある連中なのかもしれないわね」


 淡々と語りながら注文された品を出して行く。

「色々と厄介な状況になってんのね」とリンディは酒を口に含み――


「そう言えばセイントフェアリーってまだ現役みたいよね。久し振りに舞ちゃんの前に顔出そうかしら」


「舞な~何時志郎と結婚するんだろうな」


「そうそう。それ私も気になる。学生の恋愛って青春の金字塔だもんね~もう経験できないけど憧れるわ~」


「だったら飛び級しまくんなよ」


「その時は若いウチに出来る事は若いウチにやっとこうって思って・・・・・・それに当時の周りのいい男には皆相手出来てる感じだったし」


「じゃあアメリカじゃどうだったんだよ? モテまくったんだろう?」


 ケッと嫌みったらしい顔をしながら料理を口に含む。


「ああ、長続きしなかった。それに人気が出れば出る程比例してね。何か私の事をスポーツカーか高級時計とか同じ扱いに捉えてた人が多かったし」


「被害妄想じゃねえのかそれ?」


 それに世の中、スポーツカーと高級時計と同列の価値にもなれない女性が大勢いる。

 また蘭子は独身であり、半ニートライフを夢見るダメ人間としての側面も持っているせいか反射的に嫌味ったらしく言ってしまった。


「だといいんだけどね――」


「はぁ・・・・・・で、今この学園の女子プロ部の教え子はどうなんだ?」


 リンディがすんなりと認めて蘭子もバツが悪くなる。

 何か空気が重たくなったので蘭子は話題を変える事にした。


「ああ、この学園も流石にレベルが違うわね。既にプロとしても通用する子ばかりで驚いたわ。サイエンスシティとかで東西交流戦とかやれば面白い事になるわね」


「そうか――しかしヒーローとかもそうだけど、格闘技業界も何だかんだで盛り上がってるな」  


「そうね。ヒーローだらけの都市になってるのは意外だったけど――何時かそっち方面でもコラボとか考えてみようかしら?」


「おいおい、ヒーローにプロレスさせる気か?」


 商魂逞しいなと思い再び酒を口を含む蘭子。

 クリアすべき問題が素人でも幾らでも思い上がってしまう。


「ふふ、どうかしらね。それで学園を救ったヒーロー部の子達はどう?」


「なんだ急に?」


「だって気になるじゃない。一人は天野 星斗さんの息子さんでしょ?」

 

 天野 猛の父親、天野 星斗の名前が出たことに蘭子はあえて追求はしなかった。


「ああ。猛はまあ――正直、友人の死を未だに引き摺っているかと思ったが、今は大人しく分別弁えて行動してる。少なくとも退学して紛争地帯に武力介入とかはやらないだろうな」


「友人の死ねえ――」


「ああ、それとヒーロー部の連中――元アーカディアの面々も佐恵の死を経験して正直心配なんだが・・・・・・まあそれとなく天野 星斗が様子を見守っているらしいし大丈夫だろう」


「そう・・・・・・うん? アーカディア?」


 ふとリンディはアーカディアと言う単語に疑問を浮かべた。


「ああ、アーカディアは早い話が理事長を中心とした有志からなるの私設組織だ。だけど、わりかしややこしい事態が重なって少年少女が主戦力の組織になった」


 アーカディアは組織の運営をする為の人材集めに苦労した歴史がある。

 それもこれも学園内に裏切り者がいると言う前提で探さなければならなかったのが大きい。


「で? 今はどうなってるの?」


「カラーギャングが事の発端となった事件の真相を暴露した御陰で全て解決したからな・・・・・・だから解散した。ヒーロー部とかはまあメディア対策とか学業との両立とかのために考えた枠組みだ」


「全員そこにいるの?」


「いや、全員じゃ無い。何か天村 志郎の奴が作る部活に参加した奴もいる。天野 星斗さんがその部活の顧問をやるとか言ってた」


「何の部活かしら?」


「揚羽 舞がヒーロー部だから、そのために世界征服部とかでも作るんじゃね?」


「ふーん、何だか面白い事になりそうね」


 リンディは微笑んだ。


「はあ、私も歳かねえ。若い連中が何考えてたんだかわかりゃしない・・・・・・」


「そういや、姉さん半妖でしたね」


 紅官女は正確には人間では無い。

 いわゆる半分人間、半分妖怪と言う奴でそのせいで長生きで若い姿を保ったままだ。

 学園創設期以前からこの店開いていて、その気になれば理事会にも口出し出来る権力もあるが、「若い連中のイザコザは若い連中に任せる」スタンスを取っていて直接動く事はなく、その代わりに居酒屋を経営する傍ら情報屋の様な事もしている。

 アーカディア時代にも情報面から支えていた過去を持つ。


「まあね――でも何かまた嫌な予感がするのさ――」


「あら? また一騒動来るのかしら?」


「一騒動だけで終わればいいんだけどね――まだジェネシスの裏切り者の件も片付いたわけじゃないし、さっき言った黒いセイントフェアリーの事もある。油断出来そうも無いね」


 そう言って彼女はキセルを咥えた。

 黒髪和服美女にキセルの組み合わせは中々様になっている。


「猛の奴、自分はお役目ご免とか言ってたが・・・・・・まだまだ先になりそうだな」


「はあ~私一肌脱ぐ時来るのかしら?」


「好きにしな。わたしゃただの居酒屋のマスターとして傍観させて貰うよ」


 こうして女達の夜は更けていく――

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