後編

 9月22日、木曜日。

 ゆっくりと目を覚ますと、リビングの中がうっすらと明るくなっていた。

 壁に掛けられている時計を見ると午前6時過ぎか。平日ならもう起きる時間だけど、今日は秋分の日でお休みなので二度寝しようかな。でも、美来の具合が良くなっているか分からないし、もう起きた方がいいのかな。

 それにしても、やけにふとんの中が温かいな。腕には何か柔らかい感触を感じるし、美来のような甘い匂いもしてくるし。


「うんっ……」


 美来のような声もして――。


「えっ?」


 ふとんをそっとめくってみると、そこには僕の腕をぎゅっと抱きしめ、ぐっすりと眠っている美来がいた。その寝顔はとても可愛らしい。


「まったく、どうしてここで眠っているんだか」


 ただ、昨日あった顔の赤みが収まっており、額を触ってみると昨日よりも熱が引いている。ぐっすりと寝て体調が良くなったんだな。

 それにしても、夜中に俺のところにやってきて、腕をぎゅっと抱きしめて眠るとは。何て可愛い恋人なんだろう。


「幸せだ……」


 今日が祝日で仕事が休みということもあって、より幸福な気持ちで満たされていく。


「ふふっ……」


 すると、美来はゆっくりと目を開いて柔らかな笑みを浮かべる。


「……いつから意識があったの?」

「ついさっきです。額に触っていましたよね」

「あのときか。じゃあ、本当についさっきだ」

「ええ。……私も幸せですよ」


 美来はにっこりと笑って僕にキスしてくる。いつもの彼女の甘い匂いに柔らかな感触に優しい温もり。もうすっかりと治っているな。

 それにしても、美来に幸せだっていう言葉を聞かれていたと思うと、何だか恥ずかしくなってくるな。


「……智也さんの唇、何だかいつもよりも熱いですよ? もしかして、風邪を引いちゃいましたか?」

「ううん。すこぶる元気だよ。ただ、美来が眠っていたからか少し熱をもらっただけさ」

「ふふっ、そうですか」

「美来は普段通りに見えるね。一晩寝て元気になったんだ」

「はい。智也さんの優しい看病のおかげで元気になりました。ありがとうございます」


 そう言うと、美来は僕のことをぎゅっと抱きしめてきた。昨日は玉子粥を完食したし、早く治るだろうとは思っていたけど、実際に元気な様子を見ると、とても嬉しい気持ちになる。


「それよりも、美来が僕の寝ている間にここに来るとは思わなかったな」

「夜中に目が覚めまして。体の熱っぽさやだるさがなくなっていたので、風邪も移らないだろうと思って智也さんと一緒に眠たんです。このふとんはベッドよりも狭いですから、智也さんに寄り添って。何とかふとんの中に入ることができました」

「そういうことだったんだね」


 ふとんにあまり入ることができずに、体を冷やして体調が悪化せずに済んで良かったよ。最近は朝晩中心に冷え込むし。


「あと、ここに来たのはもう一つ理由がありまして」

「うん、どんなこと?」

「……昨日は体調が悪かったからなのか、女性になった智也さんが夢に出てきまして」

「……突拍子もない夢だね」


 どうして、体調を崩した本人じゃなくて、僕の方が性転換してしまうのか。僕に女の子になってほしい願望でもあるのかな。


「でも、女性になった智也さんはとても可愛かったですから、それはもうたくさんイチャイチャしましたよ! ちなみに、胸は私くらいに大きかったですよ」

「……そうなんだ。ただ、美来らしいね」

「ふふっ。でも、起きたときにやっぱり智也さんは男性であってほしいと思って、ここで寝ている智也さんの様子を見に来たんです。色々と確認しましたが、ちゃーんと男の代物はついていましたよ」

「……そっか。正夢にならなくて良かったよ」


 というか、僕の寝ている間に何てことをしていたんだ、美来は。それに全く気付かなかった僕も僕だけど。


「それで、安心したらまた眠くなってきて。体調も良くなりましたし、智也さんの近くにいたかったので、このふとんにお邪魔したんです」

「なるほどね」


 美来らしい理由だな。

 ただ、夏の旅行で幽霊と出会ったこともあるので、僕の体が女性になってしまう可能性もゼロとは言いきれない。もし、そうなったとしても、美来はショックを受けることはないんじゃないんだろうか。


「美来、今日は休日だからベッドに行って二度寝する?」

「いえ。もう少しだけここでゆっくりしたいです。敢えて狭いところで智也さんと密着したいなと。眠くなったら眠ってしまうかもしれませんが」

「ははっ、そっか。その気持ち、何だか分かる気がするな。美来も体調が大分良くなったことだし、もう少しこうしていようか」

「ありがとうございます」


 すると、美来は嬉しそうな笑みを浮かべて、僕の胸に頭をすりすりさせてくる。こうしているのもそうだけど、ふとんの中で寄り添って眠ったりするし、美来はまるで猫のようだ。


「ネコ耳とか似合いそうだな……」

「どうしたんですか? ネコ耳って」

「あっ、いや……美来って猫みたいなところがあるなと思って。そこからネコ耳が似合いそうだなって思っただけで」


 というか、思ったことをまた口に出てしまっていたのか。恥ずかしいな。


「もう、智也さんったら。イチャイチャの新境地を一緒に開拓したいんですか?」

「そんなわけない」

「ふふっ、照れなくてもいいんですよ。可愛いですね。ただ、今まではメイド服を着ているときはフリル付きのカチューシャしか付けていなかったので、たまにはネコ耳を付けてみるのもありですね。今度買ってきて家で付けてみましょう!」


 美来、すっかりとやる気になっているな。ただ、本当に似合いそうなので、考えが口に出てしまって良かったと思う。正直、ネコ耳を付けた美来がかなり楽しみだ。


「こういうことを楽しく話せるくらいに元気になって良かったよ。文化祭も近いし、体調を崩さないように気を付けないとね」

「はい。今回のことで学びました」

「これをいい機会に、僕もできるだけ家事をやるようにするから」

「そうですね。とりあえず、文化祭が終わるまでは智也さん中心に家事をしてもらいましょうか。もちろん、残業があまりない日だけでいいですから」

「うん。できるだけサポートしていくよ」

「頼りにしていますね、智也さん」


 すると、美来は再びキスしてきた。いつもの美来が帰ってきてくれた感じがしてとても嬉しい。そんなことを想いながら、彼女のことを抱きしめるのであった。




特別編-ホームでシック2- おわり

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