中編

 温めた玉子粥を持って、僕は美来の待っている寝室へと向かう。すると、美来は桃色の寝間着に着替え、ベッドに横になっていた。


「美来、玉子粥を持ってきたよ。食べられそうかな?」

「はい。むしろ、何か口にしたい気分です」

「分かった。じゃあ、今日は特別に僕が玉子粥を食べさせてあげるね」

「……嬉しい」


 すると、美来はとても嬉しそうな笑みを僕に見せてくれる。

 僕はゆっくりと美来の体を起こして、壁にもたせかける。美来が楽にできるように壁との間に枕を挟ませる。さっき電話で体が熱っぽいと言っていたけれど、いつもよりも体が熱いな。

 玉子粥を食べさせる前に美来の体温を測ってみると……37.8℃か。結構な熱があるな。美来はお風呂が好きだけれど、今夜は止めさせないと。

 さてと、作った玉子粥を美来に食べさせよう。


「美来、あ~ん」

「……あ~ん」


 玉子粥を口の中に入れると、美来はゆっくりと口を動かした。美来の口に合えばいいんだけれど。

 すると、美来はゆっくりと微笑んで、


「美味しいです。ご飯と玉子のほんのりとした甘味がいいですね。まるで智也さんみたい」

「……そういう感想を言われるとは思わなかったな。でも、美味しいって言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、もう一口食べてみようか」

「はい。あ~ん」


 その後も美来の様子を確認しながら、彼女に玉子粥を食べさせる。お粥を美味しいと思って食べることができるなら、すぐに体調も良くなりそうかな。


「小さい頃から何度も体調を崩して、そのときはもちろんお母さんがお粥を作ってくれたんですけど、玉子粥のときもあったんです。卵は大好きだからか、玉子粥を食べたときは不思議と治りが早くて」

「そうなんだ。今回もそうなるといいね。もちろん、明日は祝日で仕事もお休みだから、僕は家にいるからね」

「はい。智也さんが側にいるだけで、より早く元気になれそうな気がします」

「……そうかい」


 嬉しいことを言ってくれるな。

 美来の頭を優しく撫でる。彼女の柔らかい金色の髪からも、普段よりも強い熱が伝わってくる。

 胃腸の調子は悪くなかったようで、美来は玉子粥を完食してくれた。風邪薬も飲んだので、ひとまずは様子を見ることにするか。


「玉子粥もしっかり食べて、風邪薬も飲んだから、あとはゆっくりと眠れば大丈夫だよ」

「……はい。玉子粥美味しかったです。ありがとうございました」

「いえいえ。美味しそうに食べてくれて嬉しかったよ。あと、今日の帰りにカステラとバニラアイスを買ってきたから、食べたくなったらいつでも食べてね」

「カステラとバニラアイスですか! 私、どっちも大好きなので嬉しいです。ありがとうございます。お腹が空いてきたら食べようかな」

「うん」


 食欲はあるくらいだし、今夜はぐっすりと寝て、明日は家でゆっくりと過ごせば金曜日には普通に学校に行けそうかな。


「美来。何かしてほしいこととかがあったら遠慮なく言ってね。もちろん、僕にできることだけれど」

「分かりました。では……温かいミルクが飲みたいです」

「ミルクか……」


 温めた牛乳は喉に優しそうな気がする。体を温めて寝ようと思っているのかな。


「はい。智也さんのミルクを……」

「……早く寝た方がいいよ。僕もリビングにふとんを敷いて寝るからさ」

「いえいえ、冗談です! ただ、体調を崩しているときに恋人に看病されましたから、いつも以上に欲してしまって」

「……そうなんだ。でも、美来らしいとは思ったよ」


 こういうことを言えるんだから、金曜日は絶対に学校に行けるかな。電話をされたときは不安だったけど、もうすっかりと安心した。


「他にしたいことはあるのかな?」

「そうですね……こ、子作りとか?」

「……やっぱり、今日はさっさと寝た方がいいんじゃないかな」


 顔を真っ赤にして何を言っているんだか。このままだと、熱が更に上がってしまいそうだ。あと、喉よりも頭の病状の方が深刻なんじゃないだろうか。自覚症状がないだけで。


「決しておふざけだけで言っているんじゃないんです! さっきも言ったとおり、いつも以上に智也さんを欲してしまって。それに、体を動かしてたくさん汗を掻けば熱も下がるでしょうし、2人の愛情が形になるかもしれません! 一石二鳥とはまさにこういうことを言うのではないのでしょうか! けほっ、けほっ!」

「喉の調子が良くないんだから、あまり大きな声を出しちゃいけないよ。あと、そういうことは健康になってからたっぷりとしようね。子供については少なくとも高校を卒業してから」


 ただ、熱があって普段よりも汐らしい美来にはそそられる。顔を赤くして、息が荒くなっている彼女の姿は艶やかだ。……いけないいけない。美来の恋人だけれど、こういうときこそ大人として対応しなければ。


「もっと他にしたいことはあるかな。もちろん、ないならないでいいよ」

「……あります。その……玉子粥を食べて、智也さんのことを考えていたら体が熱くなっちゃって。汗を拭いてくれませんか?」

「もちろんいいよ。じゃあ、バスタオルを取ってくるから待っててね」

「はい」


 ミルクとか子作りとか言われた後だと、汗を拭くなんて可愛く思えるな。まさか、僕に緊張させないためにわざとそんなことを言った……わけないよな。美来だから。

 脱衣所にバスタオルを取りに行き、部屋に戻ってくると、美来は顔を赤くしてぼーっとしていた。


「じゃあ、さっそく汗を拭こうか」

「はい。……寝間着を脱がせてくれませんか?」

「うん、いいよ」


 僕は美来の寝間着を脱がせる。顔は赤いけれど、体はいつもと同じように白くて綺麗な肌だな。そんなことを考えながら、美来の体をタオルで拭いていく。風呂に入るのはまずいから、しっかりと汗を拭き取らないと。


「こういう感じでいい?」

「はい。ただ、これまでにたくさん色々なことをしているのに、汗を拭いてもらうだけでもちょっと恥ずかしいですね」

「ははっ、そっか。でも、体調を崩しているときこそ甘えてくれていいんだよ」


 正直、ミルクとか子作りと言った子が何を言っているんだとは思ったけど。ただ、はにかんでいるので今言ったことは本当なのだろう。そういうところも可愛いなと思う。


「……最近、部活の方に力を入れ過ぎちゃって」

「文化祭も近いんだよね。確か、声楽部ではコンサートをやるんだっけ」

「そうです。みんなで一緒に歌えることが嬉しいんです。コンクールは独唱ですから一人で歌いますし、前の月が丘高校では色々なことがありましたから。ですから、練習に気合いが入りすぎてしまいました」

「なるほどね」


 美来にとって、声楽部の仲間と一緒に歌うことに特別な意味があるのだろう。月が丘高校にいた頃は、声楽部でもいじめを受けていた。だから、一緒に歌うことができるのが嬉しいんだろうな。


「練習に気合いが入るのはいいけれど、それが原因で大切な喉がやられたら元も子もないよ。今は季節の変わり目で、涼しい日も多くなったから特に気を付けないとね」

「そうですね。これからは気を付けないと」

「そうだね。文化祭で綺麗な歌声を披露するためにも、まずは今夜と明日はゆっくりと休もう」

「はい、分かりました」

「……よし、こんな感じでいいかな」

「ありがとうございます。スッキリしました」


 すると、美来は自分で寝間着を着る。てっきり、着させてくれって言われると思ってスタンバイしていたんだけれど。


「あの、智也さん。眠る前に口づけをしたいのですがいいですか? そうすれば、もっと早く元気になれそうな気がして」

「うん、いいよ」


 僕がそう言うと、美来はゆっくりと目を瞑る。

 僕から口づけをすると、さっそく美来の唇から普段よりも強い温もりが伝わってくる。

 風邪が移ってはまずいと思って唇を離そうとすると、美来が唇を押しつけて、僕の腕をそっと掴んできた。普段よりも優しくゆっくりと舌を絡ませてくる。そのことで、玉子粥の甘味と風邪薬の苦味が感じられて。まだ夕ご飯を食べていないからか、そんな彼女の唾液が美味しいと思えた。

 ゆっくりと唇を離すと、そこにはうっとりした表情をした美来がいた。そんな彼女がとても可愛らしくて、彼女が健康だったらこのまま押し倒していたかもしれない。


「……キスしたらドキドキしちゃって、更に体が熱くなっちゃいました」

「キスはドキドキするもんね。今夜はゆっくりと寝てね。僕はリビングでふとんを敷いて寝るから。何かあったらいつでも言っていいからね」

「分かりました。では、いつもより早いですが、おやすみなさい」

「うん、おやすみなさい」


 再び美来にキスをして、僕は押し入れからふとんを持って寝室を後にした。



 自分の夕食は全然作っていなかったので、温かいたぬきうどんを作った。夜は涼しいので温かいものがとても美味しく思えるようになってきた。

 もし美来が元気になっても、明日は念のために、うどんとか体に優しいものを作った方がいいかな。

 夕食を食べ終わって、後片付けをした後はリビングで1人の時間を過ごす。去年は1人暮らしでこうしているのが普通だったのに、今はそれが味気なく感じて、時間が経つのが遅いと思えてしまう。

 お風呂に入って、僕も早めに眠るのであった。

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