第34話『気持ちに栞を』

 5時間目と6時間目の間の休憩時間に、花音先輩から日高栞先輩が放課後に私達と話してくれることになったというメッセージが届いた。

 6時間目の授業が終わって、終礼が始まる直前に再び花音先輩からのメッセージが。一度、声楽部の活動場所である第2音楽室の前に来てほしいという。


「どうして、第2音楽室の前なのでしょう」

「そこならあまり生徒は来ないからゆっくりと話せると思ったからじゃないかな。第2音楽室の近くにも、あのパブリックスペースに似た場所があるし。多少、吹奏楽部の練習の音は聞こえるけれど、話をする程度なら支障はないと思う。むしろ、誰かに聞き耳を立てられずに済みそうだからいいのかも」

「なるほど……」


 花音先輩からのメッセージ通り、終礼が終わると私は亜依ちゃんと一緒に第2音楽室へと向かった。第2音楽室の前には花音先輩と黒髪の可愛らしい女子生徒がいた。彼女が日高栞先輩なのかな。


「お待たせしました、花音先輩」

「ううん、いいよ。私達もさっき来たところだから。紹介するね、彼女が私と玲奈のクラスメイトで玲奈と同じ茶道部の部長の日高栞。それで、金髪の彼女が朝比奈美来ちゃんで、黒髪の彼女が佐々木亜依ちゃん」

「美来ちゃんに亜依ちゃんだね。初めまして、3年3組の日高栞です。茶道部の部長をしています」

「朝比奈美来です。6月の終わり頃に転入してきました。花音先輩と同じ声楽部に入っています」

「佐々木亜依です。美来ちゃんと同じクラスで帰宅部です」

「ふふっ、帰宅部かぁ。茶道部はいつでも入部は歓迎しているよ。文化祭ではお茶会も開くから興味があったら来てね」

「分かりました」


 さすがは部長さんだけあって、帰宅部の生徒を見つけると上手に勧誘してくる。それに、栞先輩……落ち着いているし茶道部っていうのも納得かも。


「みんな、ここで話すのも何だから、ちょっと移動しようよ。教室棟にあるバブリックスペースほどじゃないけれど、ちょっとした広い場所があるから」

「分かりました、花音先輩」


 花音先輩についていく形で第2音楽室の近くにあるちょっとした広いスペースに向かう。そこには誰もいないので、乃愛ちゃんや玲奈先輩のことをゆっくりと話すにはいいかな。


「それにしても、こうして間近に見ると美来ちゃんって可愛いね。前から噂にはなっていて、遠くから見たことはあったけれど。もちろん、亜依ちゃんも同じくらいに」

「私も美来ちゃんはとても可愛いと思っています。でも、日高先輩もとても可愛らしいと思いますよ」

「ありがとう」


 栞先輩は嬉しそうな笑顔を見せてくれる。


「そろそろ本題に入ろうか。午後になってから、花音ちゃんから話は聞いたよ。金曜日に大変なことがあったんだね」

「栞、それを話したときに驚かせちゃったかな。昼休みに、栞は玲奈と一緒にお弁当を持ってどこかに行っていたみたいだし……」


 すると、栞先輩は静かな表情を浮かべてゆっくりと頷く。


「その話を聞いたときは驚いたよ。ただ、それは……昼休みに玲奈ちゃん本人から聞いたときだけどね」

「えええっ!」


 花音先輩は今の栞先輩の話に驚いたのかとても大きな声を上げる。栞先輩も玲奈先輩から話を聞いたとき、今みたいに驚いたのかな。


「どうして、それを私が話したときに言ってくれなかったの!」

「玲奈ちゃんにこのことを誰にも話さないでって言われたからね。金曜日のこともそうだし、彼女の気持ちも聞いていたから。ただ、1年生の2人が放課後に私と話したいって聞いたとき、2人と会ってみて大丈夫そうなら話そうって決めてたの」

「……そういうことだったんだ。ごめん、荒ぶった感じで言っちゃって」

「気にしないでいいよ。花音ちゃんには、あのときに話しても良かったんじゃないかって考えてもいたし。言わなくてごめんね」


 昼休みに花音先輩の言っていた通り、栞先輩から玲奈先輩について新しい情報が聞けそうだ。今日の昼休み、玲奈先輩は栞先輩と一緒に過ごしていたから。


「栞先輩は玲奈先輩から昼休みに何を話されたんですか?」

「今日は朝から元気がなかったから、昼休みになったら私の方から誘って2人きりになれる場所でお弁当を食べることにしたんだ。この特別棟の側にあるベンチでね。そのときに、金曜日に妹の乃愛ちゃんから告白されたけど、美来ちゃんのことが好きだから付き合えないって断ったって。それで、乃愛ちゃんと美来ちゃんの心を傷つけちゃったって落ち込んでた」

「私が美来ちゃんや佐々木さんから聞いた内容と同じだね」

「うん。でも、まさか乃愛ちゃんが玲奈ちゃんのことが好きだとは思わなくて。それで驚いちゃって。美来ちゃんのことが好きだから断ったことについては、夏くらいから美来ちゃんに気になっていたみたいだから、驚きはなかったけど」


 栞先輩には以前から私のことが気になっているような素振りを見せていたんだ。それだけ、玲奈先輩にとって栞先輩は信頼できる人なんだと思う。


「ちなみに、私がここに編入するまでは、玲奈先輩は栞先輩にも乃愛ちゃんのことはよく話していたんですか?」

「うん。クラスも部活も入学してからずっと一緒だからね。妹の乃愛ちゃんのことはよく話していたし、花音ちゃんと一緒に玲奈ちゃんのお家に行ったことも何度かあったよね」

「そうだね。特に1年生の頃は何度も行ったね」

「うん。だから、乃愛ちゃんがここに入学するより前から知っていたよ。乃愛ちゃんも可愛くて、玲奈ちゃんとも仲が良かったことは覚えてる。でも、いざ乃愛ちゃんから告白されたって聞くとやっぱり驚いちゃって」


 姉妹として仲がいいことをよく知っているからこそ、乃愛ちゃんが告白したことに驚いてしまったのだろう。


「きっと、乃愛ちゃんは玲奈ちゃんのことをたくさん想ってきて、その上で告白したんだと思う。その気持ち、凄く分かるんだ。別の高校に通っているんだけれど、彼氏に告白したとき、彼のことばかり考えていたから。ただ、もっと側にいたくて、確かな関係がほしくなって。といっても、彼から手紙を渡された形で告白されたんだけどね。彼と出会ったときは朝の電車の中だけでしか会えなかったから」

「そうなんですか」


 手紙での告白というのはなかなか古風な気がするけれど、結構キュンとくるな。きっと、好きですとか書いてあったんだよね。形に残る告白も素敵だなぁ。


「でも、返事の告白がなかなかできなくて。好きな気持ちは心に強く抱いているけど、言葉にする勇気がなかなか出なくて。彼の気持ちが分かっていた私でさえそうだったから、きっと乃愛ちゃんは相当緊張したと思う。ましてや、好きな人が2歳年上のお姉さん。色々なことを考えたと思うけれど、好きな気持ちを一番大切にしたことで告白に繋がったんじゃないかなって思っているよ」

「私も同じように考えています」


 相手は女性で、しかも実の姉。告白することを躊躇ってしまってもおかしくない相手なのに、乃愛ちゃんは頑張って告白したと感心している。


「そういえば、噂で聞いているけど、美来ちゃんって結婚を前提に社会人の彼氏と付き合っているんだよね」

「はい。とても素敵な人です」


 私も10年間、智也さんのことばかり考えていたっけ。遠くで見ているだけでも幸せだけれど、もっと近づきたい気持ちも膨らんでいったな。


「きっと、乃愛ちゃんはそんな美来ちゃんと、親友の亜依ちゃんが側にいてほしかったんじゃないかな。2人がいれば大丈夫だって。でも、運命がイタズラしたのか、玲奈ちゃんが好きな相手が美来ちゃんだったから、乃愛ちゃんも耐えられなかったんだろうね」

「……思い出すと、乃愛ちゃん……玲奈先輩が私のことを女性として好きだということに信じられない気持ちでいっぱいだったんだと思います。だから……」

「大丈夫ですよ、美来ちゃん」


 亜依ちゃんは私の手をそっと握ってくれる。彼女から優しい温もりが伝わってきて、段々と気持ちが落ち着いていく。


「玲奈ちゃんも悩んでた。乃愛ちゃんの気持ちを傷つけたことや、美来ちゃんに迷惑を掛けてしまったことに。グチャグチャになっちゃったって」

「そうですか。玲奈先輩は去り際に私には謝っていましたけど、やっぱり悩んでしまいますよね。休み中の乃愛ちゃんのことは何か言っていませんでしたか? 私や亜依ちゃんも気になっているんですけど、全然連絡がなくて」

「部屋にこもっていて、顔を見ることが全然できていないって言っていたよ」

「そうですか」


 告白した相手と一緒に住んでいるんだ。それに、金曜日のことにあんなことがあったら、玲奈先輩と顔を合わせたくないし、部屋に閉じこもっちゃうよね。


「私から話せるのはこのくらいかな」

「分かりました。ありがとうございました」

「お礼を言われるほどじゃないよ。私も美来ちゃんと一度お話をしてみたかったし。私にできることがあれば何でも言ってきていいからね」


 私と亜依ちゃんは栞先輩と連絡先を交換する。


「乃愛ちゃんが関わっているから、声楽部の部長としても、今回のことをなるべく早く解決したいって考えているの。栞はどう思う?」

「コンクールが近いんだよね、確か。早く解決できればそれに越したことはないけど、時間が解決してくれることもあるし、今のところは何とも言えないかな。そもそも、どういう状態になれば解決できたって言えるのかが分かっていない段階だからね。ただ、美来ちゃんが、こうして私達と金曜日のことを話せるようになっているのはいいことだと思っているよ」

「確かに、栞の言う通りだね。今の段階だと解決への道は見つからないか。ただ、美来ちゃんがある程度元気になったおかげで、私もこうして金曜日のことについて把握することができたから、今日はそれで良しとした方がいいかな」

「そうだね。ゆっくりと動くのも立派な選択肢だと思うよ。今回の場合、デリケートなことだから」


 何だか、花音先輩と栞先輩がとても大人に見える。

 そういえば、岡村さんも言っていたっけ。昔は告白しても羽賀さんが好きだから断られてばかりだったけど、何年も経てば思い出話になるって。


「まあ、今回のことは状況を見ながらその都度考えていこう。ありがとう、栞」

「いえいえ」

「さてと、これから練習するけれど、美来ちゃんはできそう?」

「……やってみます。無理そうならそのときはちゃんと言います」

「うん、分かった。じゃあ、私と美来ちゃんは部活の方に出るよ。佐々木さんも色々とありがとね」

「いえ、私はやりたいことをやっているだけですから。じゃあ、私はこれで帰りますね」

「また明日ね、亜依ちゃん」


 亜依ちゃんと栞先輩は一緒に私達の元を後にした。

 さあ、今日もコンクールに向けた練習を頑張ろう。どのくらいできるかは分からないけれど、気持ちを切り替えて歌ってみよう。そう思いながら、花音先輩と一緒に第2音楽室へと向かうのであった。

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