第33話『君から君に』

 9月5日、月曜日。

 今日の天気は曇り空。陽差しがないだけマシだけれど、結構蒸し暑い。

 今日ももちろん亜依ちゃんと一緒に登校することに。ただ、待ち合わせの桜花駅で亜依ちゃんと会ったとき、彼女からいきなり抱きしめられたときは驚いた。

 亜依ちゃん曰く、週末の間に段々と元気になっていったことは知っていたけど、私の姿を見て思わず抱きしめてしまったという。


「本当にビックリしたよ」

「大勢の前で驚かせてしまってごめんなさい。しかし、土日である程度元気になって良かったです。これも氷室さんのおかげですか?」

「まあ……そうだね。智也さんだけじゃなくてみなさんの……」


 とは言ったけど、昨日……有紗さんが帰って、智也さんと2人きりになってからは智也さんにたくさん甘えたな。口づけはもちろんだけれど、その先のこともたっぷりとしたし。やっぱりいいな、ゼロ距離って。


「ふふっ、顔を赤くしちゃって。かわいいですね」

「亜依ちゃんが変なことを訊くからだよ」

「あらあら。どんな理由にせよ、こうして、美来ちゃんの笑顔をまた見ることができて嬉しいですよ。一方の乃愛ちゃんは……金曜の夜に送った謝罪のメッセージが『既読』となったのですが、返信は一切ないのです」

「そうなんだ。私の方もないよ」


 亜依ちゃんからのメッセージが既読になっているので、完全に連絡を断とうとしているわけではないとは思う。ただ、自分の好きな玲奈先輩が私のことが好きだというショックと、それを言われたときのこともあって、私や亜依ちゃんには話しづらいのかも。


「とりあえず、学校に行かなければ何も動かなそうですね」

「そうだね。それに、乃愛ちゃんや玲奈先輩のことで気になることもあるから、学校で調べたいと思うんだ」


 特に玲奈先輩の方は。乃愛ちゃんに告白されたときに感じた玲奈先輩の笑顔の変化。それがずっと気になっている。


「それでしたら、私にも協力させてください」

「ありがとう」


 その後、たまにスマートフォンを確認しながら私達は天羽女子に登校する。

 1年2組の教室に到着して教室に入ろうとしたとき、今までと空気が変わっているんじゃないかと思って立ち止まってしまう。


「どうしたのですか、美来ちゃん」

「……金曜日に色々とあったから、何だか教室に入りづらいなと思って」

「なるほど。乃愛ちゃんはあのときのことを言いふらすようなことはしないと思いますよ。私が側にいますから行きましょう?」

「……うん」


 ここまで来てしまったんだ。今は亜依ちゃんの言葉を信じて、彼女と一緒に教室に入ることに。すると、


「あっ、亜依ちゃんに美来ちゃんおはよう」

「2人ともおはよー」


 いつもと変わらず、クラスメイトは私達に笑顔で挨拶をしてくれた。そのことに安心して、心が軽くなる。

 しかし、いつもと違うことが一つだけあった。


「乃愛ちゃん、来ていませんね」

「……うん」


 私達が登校したときには教室にいる乃愛ちゃんの姿がないのだ。今日はたまたま遅いのか、それとも学校を休むのか。私と亜依ちゃんは静かに乃愛ちゃんが来るのを待った。

 しかし、乃愛ちゃんが来ないまま朝礼のチャイムが鳴り、その直後に担任の先生が教室にやってきた。


「連絡があって、神山さんは体調不良でお休みです」


 という担任の先生からの言葉を聞いたとき、ほっとした気持ちが生まれてしまったことに背徳感を覚えた。

 体調不良というのも本当かもしれないけど、きっと、亜依ちゃんや私と会うのが気まずいのもあると思う。ただ、気まずい気持ちは私も一緒で。仮に乃愛ちゃんが登校していても、挨拶をするくらいが精一杯なんじゃないかなって。

 乃愛ちゃんがお休みと分かったのだから、気持ちを切り替えて、授業をしっかりと受け、休み時間や放課後に2人のことを調べよう。少しずつ動いていくことにしましょうか。



 普段よりも長く感じた午前中の授業がようやく終わり、昼休みに。

 ちなみに、午前中の間に乃愛ちゃんから電話やメール、メッセージが来ることは一切なかった。それは亜依ちゃんも同じだったようで。


「美来ちゃん、一緒に食堂に行きますか?」

「うん、いいよ。ただ、花音先輩……声楽部の部長さんなんだけれど、玲奈先輩のことが訊きたくて。先輩もお昼ご飯を一緒に食べることになっているんだけどいいかな? 花音先輩と玲奈先輩、クラスメイトなんだ」


 実は授業の合間の10分休みに、スマホで花音先輩とメッセージをやり取りして、今日の昼食は食堂で一緒に食べることになった。


「私はかまいませんよ。乃愛ちゃんや玲奈先輩のことを調べるなら、昼休みのこの時間を使いたいと思っていたところです」

「そう言ってくれると嬉しいよ。花音先輩とは食堂の入り口前で待ち合わせすることになっているから、さっそく行こう」

「分かりました」


 私は亜依ちゃんと一緒に花音先輩が待つ食堂へと向かう。

 食堂の入り口という待ち合わせ場所が良かったのか、多くの生徒が食堂に入っていくけれど、すぐに花音先輩を見つけられた。


「美来ちゃん」

「花音先輩、お疲れ様です」

「おつかれ! あれ、そちらの黒髪の子は?」

「クラスメイトで親友の佐々木亜依ちゃんです」

「初めまして、佐々木亜依と申します」

「初めまして。3年3組の新藤花音です。美来ちゃんが入っている声楽部の部長をやっているんだ。……あれ、声楽部と言えば乃愛ちゃんは? 美来ちゃん、いつも乃愛ちゃんとは一緒じゃない」

「今日は体調不良でお休みなんです」

「あっ、そうだったの。じゃあ、玲奈が元気なかったのもそれが原因なのかな」


 玲奈先輩は学校に来ているんだ。それでも、きっと乃愛ちゃんのことで元気がないんだと思う。


「それにしても、今日は珍しいことが多いわね。玲奈は元気がなくて、美来ちゃんがお昼ご飯を食べようって誘ってくれるから」

「……きっと、どちらもきっかけは同じだと思います」

「ど、どういうこと?」

「それはお昼ご飯を食べながらゆっくりと話してもいいですか? 玲奈先輩のことを訊きたいと思って、花音先輩をお昼ご飯に誘ったんです。先輩と一度、お昼ご飯を一緒に食べてみたかったのもありますが」

「そうなんだ、分かった。じゃあ、とりあえず中に入って食券を買おうか」


 中に入り、私は生姜焼き定食、亜依ちゃんはきつね蕎麦、花音先輩はカレーライスの食券を買った。

 花音先輩が一番早くお目当てのメニューを受け取ることができたからか、先輩がテーブル席を確保してくれていた。

 亜依ちゃんも来たところで、私達はお昼ご飯を食べ始める。金曜日の部活の後のことを話しながら。


「なるほどね。まさか、あの後にそんなことがあったなんて……」


 おおよその説明をし終わったとき、花音先輩はそう呟いた。カレーライスを食べる手が止まっている。


「だから、玲奈は普段より元気がなくて、乃愛ちゃんは学校を休むことになったのね。休み中、2人からそういった連絡はなかったな……」


 やっぱり、乃愛ちゃんは花音先輩にも連絡していないんだ。


「だから、2人は私と話そうと思ったんだね。何度か玲奈の家に行ったことがあるし、乃愛ちゃんとも入学以前からの付き合いがあるから……」

「はい。特に玲奈先輩のことを知りたいんです。乃愛ちゃんから告白されたときの玲奈先輩の寂しげな笑みが忘れられなくて。私の思い込みかもしれませんが、何かあるんじゃないかと思って……」

「そっか。姉妹としての仲はとても良かったと思うよ。乃愛ちゃんがここに入学するまでにも何度か彼女達の家に行ったときも、3人で一緒に遊んだり、乃愛ちゃんの受験勉強を私と玲奈で見てあげたりしたこともあったから。特に私達が1年生の頃は、乃愛は自慢の妹だって玲奈が何度も言っていたくらいで」

「そうですか……」


 どうやら、姉妹としての仲は最高に良かったみたい。

 妹という言葉が出ると、結菜のことをどうしても思い浮かべちゃうな。妹は可愛いし、そんな妹を自慢したくなる玲奈先輩の気持ちは共感できる。


「でも、3年生になってからはそう言うことがあまりなくなっちゃって。特に6月以降は。乃愛ちゃんがここに入学たから、彼女を気遣っていると思っていたんだけれど……本当は、あなたのことが好きになったからなのかもね」


 私のことを一目見たときから心を奪われていたって言っていたくらいだから、そうなるのも自然なのかな。


「今の話ですと、玲奈先輩は誰にも美来ちゃんのことが好きであるとは言っていなかったんですね」

「きっとそうだと思う。少なくとも教室では言ってなかった」


 つまり、乃愛ちゃんに告白されたあのときまで、私への想いを一度も口にしていない可能性が高いかな。それまで静かに私のことを想い続けていた。


「私からはこのくらいかな」

「ありがとうございます、花音先輩」

「もっと玲奈のことを知りたいなら、クラスメイトに日高栞ひだかしおりっていう子がいるから紹介するけど」

「日高栞さん……ですか?」


 3年生ということもあってか、聞いたことのない名前だ。


「もしかして、新入生歓迎会の部活紹介で茶道部の説明をした……」

「そうそう、その子。よく覚えていたね、佐々木さん。栞は玲奈が入っている茶道部の部長なんだ」


 へえ、玲奈先輩って茶道部だったんだ。乃愛ちゃん、そこまでは話していなかったような気がする。あと、新入生歓迎会って4月にあるものだよね。5ヶ月も前のことをよく覚えていたな、亜依ちゃん。


「栞は玲奈と同じ茶道部だけじゃなくて、1年生のときからずっと同じクラスなの。お昼ご飯も栞と食べることが多くて。だから、私も知らないことを彼女なら知っているかもしれない。茶道部は火曜と木曜しか活動しないから、今日の放課後なら大丈夫だと思うよ」

「では、私が日高先輩に会いに行きましょう。美来ちゃんは声楽部の――」

「美来ちゃんも聞いてきなよ」

「いいんですか?」

「練習も大事だけれど、声楽部の仲間を元気にすることも大切だよ。それは乃愛ちゃんだけじゃなくて、美来ちゃんのためにもなると思う。栞と話をするなら、練習に遅れて来ることを許可するから。先生にも言っておくよ」

「ありがとうございます」


 気持ちを切り替えて練習に臨むつもりではいるけど、乃愛ちゃんと玲奈先輩のことが解決しないと充分に力が発揮できないって花音先輩は判断したのかな。


「まあ、私も玲奈のことは聞きたいけれど。あとで栞に大丈夫か訊いてみるから、終礼が終わるまでには必ずメッセージで送るよ」

「分かりました」


 日高栞さんか。彼女の話から今の状況を変えるヒントを掴みたいところ。そんなことを考えながら昼食を食べ進めるのであった。

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