第22話『恋の鍾乳洞』

 午前10時前。

 僕達は無事に鍾乳洞に到着した。さすがに、この地域の観光地の中で一二を争う人気があるだけあって、今の時間でもそれなりの数の観光客がいる。


「着いたね」

「そうですね。それにしても、駐車をするときの智也さん、とても格好良かった……」

「そうかな」


 僕は普通に周りを確認しながら駐車しただけなんだけどね。美来の方に体を向けたことが、彼女にとってはキュンときたのかもしれない。


「さっ、行きましょうか」

「うん。忘れ物はないかな? カーディガンとか」

「バッグの中に入っているので大丈夫ですよ」

「そっか、じゃあ行こう」


 美来と手を繋いで、僕達は鍾乳洞の受付へと向かう。

 大人と高校生では入場料金は違うんだな、やっぱり。もちろん、美来の入場料金も僕が払った。


「すみません、私の分まで払っていただいて……」

「いいんだよ。むしろ、払いたかったくらいだし」

「ありがとうございます。これは楽しまないと」

「うんうん」


 楽しんでくれればいいのだ。

 パンフレットだけを見ていたので分からなかったけど、寒さと水滴対策のために受付でカッパを100円でレンタルしていた。特に雨が降った翌日は水滴が落ちてくる場合があるらしいので、服が濡れないようにと貸し出しを行なっているとのこと。ちなみに、生地のいいカッパも発売されており、そちらは1000円。お土産として好評なのだとか。

 僕は長袖のYシャツを着ているし、美来はカーディガンを持ってきたので、カッパを借りたり、買ったりすることはせずに鍾乳洞の長いコースの方へ。所要時間40分と書いてあるけれど距離としてはりとても長いわけではなく、ゆっくりと歩いて、所々にある見所を網羅した場合とのこと。


「うわあっ、涼しいね」

「そうですね。カーディガンがなかったら震えていたところでした」


 30℃くらいのところから、急に15℃の鍾乳洞に入ったからか、涼しいを通り越して寒いな。しかも、さっきまで汗を掻いていたので、より一層寒く感じる。

 ただ、こういったところに来るのはひさしぶりなので、子供のときの記憶が蘇ってくる。


「ははっ」

「どうしたんですか? 智也さん」

「……昔、別のところだけれど家族で鍾乳洞に来たことを思い出してさ。そういえば、あのとき……父親のデジカメを借りて、よく写真を撮ってたなって」

「そういえば、智也さん……昨日からデジカメやスマートフォンでちょくちょく写真を撮っていますよね」

「うん。思い出を形にしたいと思ってさ。もちろん、昔から写真を撮るのが好きっていうのもあって」

「そうだったんですか。違う場所でも、思い出は蘇るんですね。何だか、智也さんの思い出話が聞けて嬉しいです」

「……嬉しいと思ってくれることが嬉しいよ」


 この、独特の薄暗さ、涼しさ、水たまりに落ちる水の音、やけに響く観光客の声が懐かしく思えた。その懐かしいという思い出を残すために、僕はスマートフォンやデジカメで撮影していく。


「智也さん、あそこにちょっと広いスペースがありますよ。そこで……ツーショット写真を撮りませんか?」

「そうだね」


 確かに、少し先の通路に広くなっているところがあった。写真を撮っている家族連れがいる。

 僕と美来はその家族連れが先に進むのを待ってから、その場所へと向かう。


「美来、ほら」

「……はい」


 美来は嬉しそうに僕の側に寄り添い、デジカメとスマートフォンで写真を撮った。美来のスマートフォンで写真を撮るときは彼女の肩を抱き寄せる。


「ありがとうございます、智也さん」

「……これで一つ、この旅行の思い出を残すことができた。まさか、久しぶりにこういうところに一緒に来たのが、こんなに可愛い彼女だったなんて。本当に……人生って何が起こるか分からないな」


 最後に行ったのは美来と出会う前のことだったから。そのときに、まさか……社会人2年目に、金髪の可愛らしい女子高生と結婚を前提にした交際を始めて、一緒にここに来るとは思わなかったな。


「ごめんね、何だか年寄りっぽいことを言っちゃって」

「いえいえ。私は智也さんと一緒にここに来ることが嬉しいですから。さっ、先を進みましょう!」

「そうだね」


 鍾乳洞の中が寒いのもあって、美来と腕を絡ませながら僕等は先を進んでいく。


「ふふっ、あったかいですね」

「うん。ここまで冷えていると、温かいことが安心できるね」


 それに加えて、甘い匂いがして、柔らかいし。これだったら所要時間40分の長いコースも快適に歩くことができそうだ。


「今朝、スマートフォンで調べたんですけど、実はこの鍾乳洞、カップルには人気のスポットとして人気らしいですよ」

「それってやっぱり、僕達みたいに自然と寄り添って歩くからかな」

「ええ。カップルでなくても、お互いに意識をし始めて、付き合っているカップルはより親密になるそうですよ」

「なるほどねぇ」


 周りを見てみると、僕達みたいに腕を絡ませるカップル、手を繋いでいる女性同士などがいるな。どうやら、美来が言っているのは本当のようだ。


「そういえば、昨日の夕方にパンフレットを渡してくれた女性も、彼氏さんとこの鍾乳洞でイチャついていたんですよね」

「イチャついていたって……」


 くっついていたとは言っていたけど。きっと、今の僕らのように腕を絡ませながら歩いていたんじゃないかな。


「きゃっ!」


 突然、美来はそう声を上げると、僕の胸に頭を埋めてきた。


「どうしたの? 美来」


 美来に何があったんだろう。まさか、水代さんが目の前に現れたとか? ここ、暗闇だし、彼女は亡くなっているから浴衣姿でもここにいられそうだからなぁ。


「何か、冷たいものが顔に当たったような気がして……」

「そう? ちょっと僕に顔を見せてくれる?」

「はい……」


 僕の胸から離れた美来の顔を見てみると、額が濡れているな。


「額がちょっと濡れているね。きっと、上から水滴が落ちてきたんだよ。通路も濡れているしね」


 その証拠に上を向いてみると、


「おっ、僕の顔にも水滴が落ちてきた」


 何というタイミングだろう。思い返せば、鍾乳洞の入り口の看板に上から水が落ちてくることがありますって書いてあったな。カッパを貸し出すくらいだからなぁ。


「そうですか。良かった……」


 美来はほっとした表情を浮かべていた。どうやら、僕に抱きつきたいから驚いた演技をしたわけじゃなさそうだ。


「でも、恥ずかしい……」


 薄暗くて美来の顔の色があまり分からないけど、さっきと比べて美来の体が熱くなっているので、きっと顔も赤くなっているんだろう。


「でも、意外だね。縁結びの幽霊には会いたがっていて、実際に水代さんが目の前に現れても全然驚いていなかったのに」

「それは縁結びの幽霊さんですから。実際に可愛い方ですし。ただ、今回は突然、冷たいものが顔に当たりましたので。それに、こんなに多くの人がいるところで驚いた声を上げてしまったことが恥ずかしくて……」


 理由を言ったらまた恥ずかしくなってしまったのか、ううっ、と声を出して再び僕の胸の中に顔を埋めてしまった。


「そこにまた広い場所があるから、休憩しようか」


 こんなところで立ち止まっていたら、後から来る人に迷惑がかかっちゃうかもしれないから。

 近くにある広い場所までゆっくりと歩く。さすがに、そこまで歩いている間に顔を埋めている状態からは脱した。


「ごめんなさい、急に抱きついちゃって」

「突然だったから、僕もちょっと驚いたけれど気にしないで。むしろ、水滴一つで驚く美来が可愛いと思ったよ」

「……そう思っていただけるのがせめてもの救いです」


 そう言うと、美来は僕の顔を見ながらはにかんだ。こういった美来の表情は最近あまり見なかったのでより可愛らしく思えるな。


「あの、智也さん」

「うん?」

「車に戻ったら、運転をする前に、ホテルでしたときよりも深いキスをお願いします」


 僕のことをチラチラと見ながら、小さい声でそう言ってきた。僕が可愛いと言ったことに興奮したのか。それとも、薄暗い中で密着して歩いてきたから、徐々に気持ちが高ぶっていたのか。


「……分かったよ」

「……ありがとうございます」


 美来、嬉しそうな笑顔を浮かべちゃって。ただ、車の中でキスするときは他の人に見られないように気を付けないと。


「美来、もう歩けそう?」

「はい。ご迷惑をおかけしました」

「気にしないでいいよ。さっ、行こうか」

「はい!」


 僕らは再び、一緒に鍾乳洞の中を歩き始める。

 よほどさっきのことに驚いたのか、美来はこれまで以上にくっついてきた。だからなのか、美来の体から激しい心臓の鼓動が伝わってきて。それが分かった直後に、美来と目が合ったら、薄暗いからかとても艶やかに見えて。そのことで、僕の心臓の鼓動もやけに早くなってしまうのであった。

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