第21話『フェチ』

 ホテルから鍾乳洞までは車でおよそ30分。ちなみに、羽崎山のロープウェイ乗り場にある場所までちょうど中間くらいのところだ。

 それにしても、ここら辺の地域の景色はいいな。海も見えて、山も見えて。道幅も広くて走りやすい道路なので、こういうところに住んでいたら、車の運転がもっと好きになっていたかもしれないな。


「まずは鍾乳洞ですか。楽しみです」

「僕も一番行きたいところだから楽しみだよ。そういえば、美来……部屋を出たときから思っていたんだけれど、ノースリーブの服だけど大丈夫? 鍾乳洞の中は15℃くらいだから、今のままじゃ寒いんじゃない?」

「白い薄手のカーディガンを持ってきました。バッグの中に入ってます。元々は、お部屋が寒かったときのために持ってきていたんですけど」

「そっか。それなら安心した」


 鍾乳洞に行くことは決めていたから、僕は長袖のYシャツを着ている。今は肘くらいまで袖を捲っているけど。


「特に涼しいのは鍾乳洞くらいなので、他の場所ならむしろノースリーブの方が過ごしやすいと思って。それに、この服を着たのには別の理由があるんです」

「別の理由?」


 真面目な顔をしてそういう風に言われると、とても重要な理由に思えてくる。気になるけれど、運転中だからなぁ。


「ええ。だって、智也さんが腋フェチだから……」


 チラッと美来のことを見ると、美来はニヤニヤとしながら僕のことを見ている。腋をチラッと見せてくる。これがチラリズムというやつだろうか。


「なるほど、ノースリーブだから常に腋まで露出していると」

「ええ。智也さんにいつでも腋を見せられるようにと思いまして。いえ、むしろ見せたくて。涼しいですから一石二鳥です」

「……な、なるほどなぁ」


 昨晩、酔っているときに判明したという僕の腋フェチ。美来にそれを指摘されてから、彼女の腋周辺が気になり始めていた。しかも、今日の服がノースリーブだから。それも、美来の計算の内に入っているってことか。


「……まったく、僕の気持ちを動かすのが上手だね、美来は」

「10年間も智也さんを好きで居続けているんです。そして、8年も智也さんを見続けました。そうしていれば、どんな風にすれば智也さんを喜ばせられるのか……おおよその見当はつきますよ。ただ、腋フェチなのは昨晩まで分からなかったですが」

「なるほどね」


 ということは、その気になれば僕のことを自分の掌の上で容易く踊らせることができるってことか。それが今みたいなことならいいけれど。これは……美来を怒らせないよう今まで以上に注意を払った方がいいな。


「運転に疲れたときはいつでも私の腋を見てくださいね」

「……そういう風に言われると、僕が重度の腋フェチのように聞こえるけど。えっと……昨日の夜の僕はそこまで美来の腋に興味を示していたのかな」


 昨晩は水代さんが現れたことの衝撃が強すぎて、それまでの記憶があまりない。ただ……美来が可愛くて気持ち良かったとしか。


「凄かったですよ。胸と同じくらいに僕は腋が大好きなんだ、と言わんばかりの触れ方、嗅ぎ方、舐め方……」


 美来は当時の僕の様子について力説するけど、記憶が全くない。


「……そのとき、もし嫌だったならごめんね」

「いえいえ! 最初はとてもビックリしましたけど、すぐに気持ち良くなりましたし。それに、私も……腋を舐められるのが癖になって、私の方から舐めるように促しましたし」

「そ、そうなんだね」


 何だか、僕……お酒に酔うと相当な変態になるんだってことが分かった。それは美来と2人きりのときだけかもしれないけど。そうであってほしい。今後、呑み会とかお酒を呑むときには気を付けないとな。あと、美来はやっぱり相当な変態だ。出会ったときや、再会した直後には想像もしなかった。

 そんなことを考えていると、赤信号で一時停止。


「さっ、智也さん。赤信号の間に、私の腋を堪能してください」

「この短い間じゃ堪能できないと思うけどな」

「まあ、そう言わずに」


 どうぞ、と美来は右腕を上げて、僕に腋を見せてくる。白くて綺麗な腋をしているなぁ。きっと、バスだったらこういうことはしてこなかっただろうな。


「見ているだけですか? 舐めてくれてもいいんですよ?」

「……さすがにここで舐められないよ。時間を忘れそうだから」


 お誘いの返事がこれで良かったのだろうか。いや、これでいいはず。


「遠慮しなくていいのに……」

「ホテルの部屋だったら考えるけれどね。じゃあ……今はこれで我慢して」


 僕は左手の人差し指で、美来の腋をすっ、となぞる。


「ひゃあっ!」

「美来の気持ちは嬉しいし、2人きりだと色々としたくなるのは分かるけど、美来はもうちょっと状況を考えて言うようにしようね。これはお仕置きだよ」


 僕は左手で美来の腋を中心にくすぐる。


「ひゃあっ、んっ、あんっ!」


 喘ぎ声が大きく、体をビクつかせているのでわざとかと思ったけど、頬が赤くなっており、呼吸もちょっとだけ荒くなっているから、これは素の反応か。


「あっ、青信号になった」


 ということで、お仕置きという名のくすぐりを止め、運転を再開する。


「はあっ、はあっ……もう、智也さんったら……」

「美来は腋と脇腹が弱いよね」


 これで少しは、運転中は落ち着いてくれるかな。美来は可愛いから、あまりにも誘惑されると、美来に集中してしまい、果てには事故を起こしてしまいそうで怖い。

 というか、昨日、ホテルに行くときにはこういったことは全然してこなかったのに。昨日の夜のことが影響しているのかな。まあ、旅行中でテンションが上がっているのもありそうだけれど。


「お酒を呑んでいないのに、智也さん……意地悪になるときがあるんですね。これも癖になっちゃいそうです」

「……もうちょっとお仕置きしておいた方が良かったかな」

「いえ、何でもありません。反省しています」

「よしよし、それでいいんだよ」


 僕は美来の頭をポンポンと軽く叩く。


「……智也さん、怒ってます……よね。その……ごめんなさい」

「ううん、全然怒っていないよ。ただ、美来は可愛いから……甘い誘惑をされると、どうしても気持ちがそっちに行って、運転に集中できなくなって事故を起こしそうだから怖いってだけだよ。もし、事故を起こしたら楽しい旅行が台無しになっちゃうでしょ? それに、事故次第では今度こそ本当に逮捕されることになるからね」


 それこそ、ずっと牢屋の中に入って、囚人生活を送らなければならないハメになる。


「そうですね。これからはちょっと状況を考えて、智也さんに癒しを提供していきたいと思います。何せ、ここは助手席ですから」

「……そうしてくれると嬉しいよ」


 キツい話をしちゃったかもって思ったけど、逮捕されて、僕と一緒にいられなくなるかもしれないという旨を伝えて正解みたいだな。これで、美来の考えが少しでも変わっていけばいいと思う。


「それにしても、鍾乳洞楽しみだね。僕、ああいうところって結構好きなんだ。冒険心がくすぐられるというか」

「やっぱり、智也さんって穴が好きなんですね。穴に入ってみると……冒険したくなりますもんね」

「……そ、そうだね」


 付き合い始めてから、美来はたまにピンクな絡めた発言をしてくるから……どうしてもそっち方面に考えてしまう。


「……ははっ」

「どうしたんですか。智也さん、急に笑い始めて」

「いや、僕も美来の影響をだいぶ受けているんだなって」


 美来と再会するまではえっちなことなんて全然考えなかったんだけどな。漫画やアニメやドラマでそういったシーンがあっても、さほど興奮しなかったのになぁ。人って3ヶ月くらいで思考回路が変わるものなのか。そう考えると逆に面白く思えてしまう。


「……ようこそ」

「あははっ!」


 あぁ、もう笑いが止まらない。こういうときこそ、気を付けて運転しなくちゃ。そうだ、僕は運転中なんだ。気を静めないと。


「智也さん、何だかとても楽しそうです。本当にどうしちゃったんですか?」

「……美来のおかげで色々と楽しいんだよ」


 ここまで爆笑してしまうのは、さっき、低い声で美来が言った「ようこそ」が引き金なんだけれどね。


「ちょっと壊れているような気がしますけど、楽しいなら私も嬉しいです」

「……あと10分ぐらいで着くよ」

「そうですか。楽しみだなぁ」


 それから、特に渋滞にはまってしまうこともなく、鍾乳洞の近くにある駐車場までスムーズに行くことができた。

 ちなみに、駐車をするとき、後ろを確認するところで振り返ったときの美来の恍惚とした表情がとても印象的なのであった。

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