第20話『ここ行く? 行く行く!』

 朝食もバイキング形式だったので、自分の好きなものを中心にしっかりと食べた。僕は和風で、美来は洋風。美来は昨日の夜も洋風の料理を中心に食べていたので、美来は洋風の食事の方が好みなのかな。

 昨日話したように今日は観光をして、夕方にホテルに戻ってプールで遊ぶことに。そのときも、美来はとても鍾乳洞に行くのを楽しみにしていた。



 午前9時過ぎ。

 部屋のカードキーをフロントに預け、僕と美来はホテルの外に出る。入り口近くには大きな観光バスがあるけれど、あれが日帰りの観光バスなのかな。いや、きっとそうだろうな。家族やカップル、友人同士と思われる団体が続々と乗っている。


「もう少し早く旅行に行くことが決まっていれば、あっちに乗れたのかもしれないね」


 もちろん、直前になって旅行の話をしてくれた羽賀や、チケットを譲ってくださった佐藤さん夫婦が悪いとは思っていない。僕はあまり大人数で動いたりするのが得意な方ではないし。


「私はツアーでなくていいと思っていますよ。だって、移動中も智也さんと2人きりですし、何よりも自分達のペースで観光できるんですから」


 美来がそう言ってくれて良かった。

 黒のノースリーブの縦セーターに青のロングスカートという美来の服装が似合っている。まったく、可愛らしい未来の奥さんだ。観光地では仕方ないとして、移動中に誰かから好奇な視線を向けられるのは……あまりよくないな。


「僕も美来と2人きりで行く方がいいと思う」

「でしょう? さっそく行きましょうか」

「うん」


 僕と美来は駐車場にあるレンタカーのところへと向かう。今日も一日、こいつにお世話になるのか。

 扉を開けると、さすがに車の中は暑くなっているな。夏になると毎年、車の中に置いていった子供が熱中症で死亡するっていうニュースを観るけど、こんなに蒸し暑い空間にいたら死んでしまうよな。


「エアコンを掛けて、少し涼しくなるまではここにいよう」

「分かりました」


 さすがに、かなり暑い中で運転するのはキツい。


「……そういえば、朝食では昨日のことで話が盛り上がって、鍾乳洞以外はどこに回るか全然決めてなかったね。鍾乳洞だけだと昼過ぎにくらいにはホテルに戻ってきちゃうから、出発するまでの間にどこに行くか決めようか」

「そうですね。ちょっと涼しくなってきましたから、車の中で決めましょうか」

「そうだね」


 昨日と同じように僕は運転席、美来は助手席に座る。後部座席にはそれぞれのショルダーバッグを置いている。

 昨日、宮原さんからいただいた観光案内パンフレットを広げる。


「一応、このパンフレットに書いてあるところで、僕は何カ所か気になっているところがあるんだけど」

「私もいくつかありますね。じゃあ、お互いに行ってみたいところを紙に書いて、どっちも書いてある観光地はまず決定ってことにしませんか?」

「それはいいね。紙に書くことでまず、行ってみたいなって思う場所の一覧をお互いに示すんだね。ゲーム感覚でちょっと面白そう」


 紙に書くことで、お互いに行きたいところをリストアップできるというのはいいかも。


「でしょう? じゃあ、まずはその形でやってみましょうか。紙とペンは私のバッグの中に入っているんで……ちょっと待ってくださいね」


 美来は後部座席にあるショルダーバッグを取る。シートベルトをまだしていないこともあり、そのときに美来の大きな胸が僕の左肩から腕にかけて思いっきり触れてしまう。

 美来はショルダーバッグの中から、小さな可愛らしいメモ帳とペンケースを取り出す。いつも入っているのかな。きっちりしている。メモ帳を2枚破り、そのうちの1枚とボールペンを僕に渡した。


「じゃあ、これに行きたい場所を書きましょう。私ももちろん、行きたいところを書きますから、智也さんも特に私に気を遣わずに書いてください。鍾乳洞は決定なので書かなくて大丈夫です。あと、書き終わるまでのぞき見しないでくださいね」

「了解。じゃあ、書こうか」


 僕は涼しくて景色が良さそうな場所と、恋愛に関して縁起のいい場所ということで、『羽崎山ロープウェイ』と『恋人岬』の2つを書いた。


「私は書き終わりました」

「僕も書き終わったよ、じゃあ、この肘掛けのところに紙を置こう」


 僕と美来は行きたい場所を書いた紙を肘掛けのところに置く。さて、美来の行きたいところは何カ所あるのか。


『行きたいところ


・ロープウェイ

・恋人岬』


 ロープウェイと恋人岬……って僕と全く同じじゃないか。僕は羽崎山ロープウェイって書いたけど、パンフレットに書いてあるロープウェイはそれしかない。でも、美来はスマートフォンで調べている可能性もありそうだからなぁ。


「やった! 智也さんと同じじゃないですか!」

「ロープウェイは羽崎山のやつだよね」

「そうですよ」


 良かった、完全に同じで。理由は違うかもしれないけど、書いてあるものが全く同じなのは嬉しいな。


「山の上なら涼しいでしょうし、そこには羽崎茶を使った抹茶アイスがあるんですよ」

「そうなの?」

「急にテンションが上がったように見えますね」

「甘いものが好きなのは知っていると思うけど、抹茶味のスイーツが特に好きなんだ」


 コンビニスイーツで抹茶味のものが新発売されたら、必ず1度は食べるようにしている。というか、山の上で抹茶なんだ。地上じゃないんだ。


「では、なおさらここに行かないと」

「そうだね。じゃあ、ロープウェイと恋人岬にしよう。あとは鍾乳洞ね。ええと……パンフレットのこのページに地図があるんだけど……」


 鍾乳洞、羽崎山ロープウェイ、恋人岬は……ここか。


「ホテルはここだから、まずは鍾乳洞に行って、その次にロープウェイに行って、恋人岬に行って、それでホテルに戻ってくる形にしようか」

「そうですね。それにしても、智也さんと行きたい場所が同じだなんて……何だかとても嬉しいですね」

「恋人岬は書くかもって思っていたけど、ロープウェイまで同じだとは思わなかったよ。僕はとにかく景色が良さそうなところがいいなと思って。恋人岬は恋愛的に縁起がいいみたいだし」

「なるほど。私も同じような感じです。あとは、さっき言ったようにロープウェイは山の上だと涼しそうでアイスも食べられるので」


 抹茶アイスのことを知っていたら、ロープウェイにより行きたくなった。これも美来と気が合っているということでいいのかな。


「それにしても、智也さん」

「うん?」

「2人きりでこういった狭い空間にいると……したくなりますね。えっちなこと。後部座席ならできそうですよ。あっ、でも、部屋に置いて来ちゃったからできない……」


 何を言い出すかと思えば。僕としたくなる気持ちはまだしも、周りの状況とかを考えてほしいよ。というか、車の中でそういうことをしようって考えるのは何かの影響? それとも、純粋にそう考えたのかな?


「ここはホテルの駐車場だし、それにレンタカーだからね」

「何だかその言い方ですと、マイカーで人が全然いなさそうなところに行けばしてもいいって聞こえますけど」

「……君は本当にポジティブだねぇ」


 そういうところは見習っていきたいな。まあ、変な方向にポジティブになったらそれは単なる迷惑になっちゃうけれど。


「じゃあ、ここでキスしましょう」

「いや、誰かに見られそうだから止めておいた方がいいよ」


 というか、どういう流れでキスに辿り着くのか。2人きりだからかな?


「パンフレットでこうやって隠せば……」


 美来は僕に顔を近づけてパンフレットを広げる。

 確かに、これでこっちからフロントガラスの方は見えないけど、勘のいい人はこの状況を見て僕達が何をしているのか分かるんじゃ。あと、左右のサイドガラスから見られてしまったら一発でアウトなのでは。

 それでも、美来は大丈夫だと思っているのか、僕にキスしてきた。シートベルトをしていないので、彼女は僕の方にもたれかかってくる。


「美来、このくらいにしておこう。これ以上、キスされると気持ちが乱れてまともに運転できなくなるかもしれないから」

「そ、そうですか。ごめんなさい、私、智也さんと行きたい場所が全く同じだったことが嬉しくて、つい……」

「気にしないで。それに、観光バスに乗っていたら、キスできないでしょ?」

「……たぶんしないと思います」

「ははっ、そっか」


 絶対にできないではなくて、たぶんしないと言ってくるところが美来らしい。美来なら誰かに見られない方法を考えて、一度くらいはキスしてきそうな気がする。


「さっ、智也さん。予定も立てましたし、観光しに行きしょう!」

「そうだね。じゃあ、出発進行!」

「おー!」


 僕達はホテルを出発する。

 楽しい観光になるよう僕ができることは、安全運転で観光地へと向かうことだな。ここら辺の道は走りやすく、人や車が少ないからといって油断しないように気を付けよう。

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