第23話『たわわアイマスク』

 鍾乳洞の涼しさに慣れ始め、僕に腕を絡ませてくる美来の温もりにようやく慣れたところで出口に着いてしまった。だからなのか、いつも以上に暑く感じてしまう。何て蒸し暑いんだろう。


「暑いね」

「そうですね。とりあえず、そこのお土産屋さんに行きましょう」

「うん、そうしよう」


 鍾乳洞の出口からちょっと歩いたところに大きなお土産さんがあったので、そこに入ることに。鍾乳洞の中が寒かったので、そこまで涼しくは感じられないものの、外の暑さに比べればよっぽど快適だ。夢のような涼しさから別れを告げ、とても暑い現実に戻ったとき、こうした立派な建物が近くにあると入りたくなるよなぁ。お客さんが商品を買ってくれるかどうかはともかく、お店に入れるという意味ではとても上手だなと思う。


「智也さん、ちょっと見ていっていいですか? いいものがあれば、友達や部活の先輩に買っていきたいので」

「うん、分かった。僕も見てみようかな」


 有紗さんや岡村にいいお土産があればいいんだけど。まあ、なかなか見つからなかったら、岡村にはホテルの売店で羽賀や佐藤さんと同じく日本酒を買っていけばいいか。職場の人には……温泉まんじゅうかな。ホテルでも売っていたし。

 お土産屋さんの中を廻ってみると、鍾乳洞に絡ませたグッズはもちろんだけれど、羽崎町や荻野市のお菓子やキーホルダー、お酒なども売っているんだ。ゆるキャラ関連も。人気の観光スポットなので、羽崎町や近隣の荻野市のお土産全般を取り扱っているんだな。ホテルの売店で見かけたものがいくつもある。


「……あっ、これは有紗さんにいいかもしれない」


 有紗さん、前にぬいぐるみが好きだと言ったことがあった。可愛らしい小さなゆるキャラのぬいぐるみが売っているのでこれを買おうかな。


「智也さん、ぬいぐるみなんて持ってどうしたんですか」

「有紗さんへのお土産に買おうと思って。彼女、ぬいぐるみが大好きだって言っていたんだよ」

「そうなんですね。有紗さんってぬいぐるみを抱きしめながら寝ているイメージがありますね。時々、チューとかして」

「……意外とあり得そうだね」


 容易にそういった想像ができてしまうな。

 そういえば、初めて有紗さんが僕の家に来たとき、酔っていたということもあってか、寝ぼけて美来にキスしていたよな。


「それにしても、このぬいぐるみ……可愛いですよね」


 チラ……チラチラ。チラチラチラ……と美来は僕のことを見てくるぞ。


「じゃあ、2つ買って、1つは家のベッドに置いておこうか。僕もこのぬいぐるみが家にあったら、気分がほっこりするかなって思っていたんだ」

「ありがとうございます、智也さん! このお礼は後で……しますからね」

「……そっか」


 このくらいのことでお礼はなんていいけど。でも、美来の気持ちは嬉しいし、どんなお礼なのか楽しみだと思う自分もいる。


「美来の方はどうかな」

「友達にゆるキャラのキーホルダーを。結菜の分も。写真が好きな子もいるので、その子にはフォトカードを。家族や部活の先輩達にはお菓子にしようと思っているので、ホテルの売店で買おうかなと思います」

「なるほどね、分かった」


 美来、天羽女子では高校生活を快適に過ごせているみたいだな。友達もできて、部活の仲間ができて。このまま美来が高校生活を平和に過ごせるように見守っていかないと。結婚を前提にした恋人だけど、美来の近くにいると大人という意味では保護者代わりでもあるから。

 そういえば、引越しや急遽入った今回の旅行もあって、実家には帰らなかったな。両親には美来と一緒に旅行へ行くことは伝えてあるけど。僕の両親にもお土産を買って、近いうちに一度、実家に帰ることにするか。

 僕と美来はそれぞれ会計を済ませ、購入したお土産を持って駐車場へと戻っていく。


「暑いねぇ、外は」

「そうですね。もう鍾乳洞の中の涼しさが恋しくなってきました」


 未だにカーディガンを着ている美来の額は汗ばんでいる。さっきのお土産屋さんを出る前に脱げば良かったのに。

 車に戻り、さっき買ったお土産をトランクの中に入れる。トランクの中も暑くなっているけど、食べ物や飲み物は買っていないから、帰りにレンタカー屋さんに戻るまでここに入れたままで大丈夫だろう。

 窓は少し開けておいたけど、ここに来てから1時間以上も経っているので、さすがに車の中は暑い。エアコンで車内が涼しくなるまで待つか。


「智也さん、その……後部座席に座ってくれませんか?」

「えっ? 美来が運転してくれる……わけないよね。免許ないもんね」

「当たり前です。忘れちゃったんですか? その……車に戻ったらキスしてほしいって」

「……思い出したよ」

「もう。あと、さっきぬいぐるみを買っていただいたお礼をしたいと思います」

「分かった」


 僕と美来は後部座席に座る。

 すると、美来はカーディガンを脱ぐ。まさか、ぬいぐるみのお礼ってさっきできなかった腋を舐めることじゃ――。


「うわっ!」


 急に、美来のカーディガンを顔に被せられた。美来の汗が染みついているのか、彼女の甘い匂いに包まれる。

 すると、カーディガンだけしかない視界の中に美来が入り込んでくる。


「智也さん」



 美来は僕にキスしてきた。

 なるほど、外から見られないようにするためにカーディガンをかけたってわけか。でも、顔は見えなくても今の体勢を見たら、僕達がキスしているのは想像できてしまうと思うけどな。美来、僕に跨いでいるようだし。


「んっ……」


 美来はホテルの駐車場でしたときよりも深いキスしてくる。

 一旦、唇を離すと美来は嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「何だか、いけないことをしているような気がします」

「……いけないことをしているっていうのは僕の方に当てはまると思うな。16歳の女子高校生と車の中で淫らな行為をしていたってさ」

「そういうニュースはありますよね。でも、私達は両家公認で、結婚前提のお付き合いをしているんです。私達は愛し合っている。車の中でのキスくらいは大丈夫ですよ」

「……ああ」


 僕は美来のことを抱きしめ、再び彼女とキスする。美来、完全にキスの深みにハマっているようだ。


「車の中は涼しくなっているのに、どんどん体が熱くなってきちゃいました」

「そうだね」


 美来のことを抱きしめているので、彼女が言うように体がどんどん熱くなっているのが分かる。


「智也さん、目は疲れていませんか? 智也さん、ずっとメガネをかけています。普段はあまり掛けていないので、眼が疲れているのでは?」

「ここに着いた直後よりはまだマシだけど、美来の言うとおり普段はあまりメガネをかけていないから、ちょっと疲れているかも」


 鍾乳洞の中の景色をちゃんと見たかったので、運転を終えてからも眼鏡をかけたままだった。


「では、そんな時に効果てきめんなアイマスクがあるので使ってください」

「へえ……そんなのがあるんだ。嬉しいな。もしかして、さっきのお土産屋さんで買ってきてくれたのかな?」


 そんなアイマスクが売っていた記憶は全くないけど。


「いえ、違いますよ。天然もので、智也さんのすぐ目の前にありますよ。ヒントはとても柔らかいものです」

「も、もしかして……」


 美来のことを抱きしめているから、僕の体に思いっきり触れているものなのかな。目の前にある柔らかいものってあれしかないでしょ。


「今、智也さんが思い浮かべたものですよ。正解はおっぱいアイマスクです」


 おっぱ……美来の胸だったか、やっぱり。


「確かに……柔らかいから目には優しそうだね」

「はい。それに、智也さんとキスしたことで熱くなっていますから、通常よりも効果アップだと思いますよ」

「なるほど。温かいタオルを目に当てると気持ちいいもんね」


 まさか、それを見越して僕とここまで深いキスをしたのかな。美来ならあり得そうだ。


「じゃあ……お願いしようかな」


 一旦、美来には隣に座ってもらい、僕は眼鏡を外して運転席の肘掛けの所に置く。

 すると、美来は僕に跨がって、


「さすがに車の中で脱ぐことはできないので、今はセーター越しで。でも、それなりに柔らかいと思いますから」

「美来の胸が柔らかいってことは、これまで何度も抱きしめているから分かってるよ」

「そ、そうですか」


 そう言うと、美来はちょっと顔を赤くしながらはにかむ。今からアイマスクを僕にするから緊張しているのかな。


「では、智也さん。私の胸に両眼を当ててください! レッツ、たわわアイマスク!」

「……じゃあ、い、いきまーす」


 僕は美来の両胸に目が当たるように顔を埋める。

 あぁ、服の上からでも柔らかくて、温かくて……これは気持ちいいな。おまけに息を吸う度に美来の甘い匂いを感じるので、下手すると眠ってしまいそう。


「ふふっ、こうしていると智也さんのお母さんになったみたいです」

「ははっ……」


 まるでよしよしされるかのように、美来に頭を優しく撫でられる。なるほど、確かにこうしていれば親子……には到底見えないだろうけど、美来が僕のことを宥めているようには見えそうだ。


「智也さん、アイマスクはいかがですか?」

「……凄く気持ちいいよ」


 柔らかくて、温かくて、おまけに甘い匂いがするなんて。こんなに心地よいアイマスクが他にあるだろうか。


「智也さん、さっきはぬいぐるみを買ってくださってありがとうございます。そして、この前……婚約指輪をプレゼントしてくださって。本当に……嬉しいです」

「……いえいえ」


 何だか、今の状況が幸せすぎて、このアイマスクから目を離したくないんだけど。あと、車の中を誰かが見ていないかどうかが恐くて。


「ねえ、美来。だいぶ目も楽になったから、そろそろアイマスクから目を離したいんだけど……周りに人はいないよね」

「はい、いませんよ」

「そっか、ありがとう」


 僕は美来の胸から目を離して、彼女にキスした。


「素敵なお礼をありがとう。じゃあ、そろそろロープウェイに行こうか……って、大丈夫? 顔が赤いけれど」

「……不意のキスは反則ですよ。ドキドキしちゃうから……」


 事あるごとにキスしたがるのに、突然キスされることには弱いんだ。まあ、それはそれで可愛いけれど。


「あの……そろそろどいてくれないかな。運転席に戻れないんだけど」

「ご、ごめんなさい! つい、幸せな気分に浸っていて……」


 そう言うと、美来は素早く僕から降りて隣の席に座る。


「ありがとう、美来。美来はこのまま後ろに座ってる?」

「いえいえ! もちろん助手席に座りますとも! 智也さんの横顔を眺めていたいので」

「ははっ、そうか」


 僕達は羽崎山ロープウェイに向かい始める。美来はずっと助手席から僕のことを見続けているのであった。

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