第3話『見つけた直後のこと』

 僕を見つけてからも、美来には色々なことがあった。見つけてから再会するまではおよそ8年あるわけだけど、どの時期のことを話してくれるんだろう?


「色々なことがあったって言うけれど、具体的にはいつのことなのかな」

「見つけた直後のことです」

「……直後にあったんだ」


 これは8年間全ての話を聞き終わるまで、まだまだ長い道のりになりそうだ。聞いていて面白いので全然苦ではないけど。


「それでは、見つけた直後の話をしましょう」

「分かった」


 見つけた直後に何があったのか。どんなことなんだろうな。



*****



 ようやく、智也さんを見つけることができました。2年ぶりに見ることのできた感激もあって、少しの間は智也さんの姿を一瞬でも見ることができれば満足でした。

 しかし、そんな状況に慣れてくると、どうしてもそれ以上のことをしたくなるものです。


「いつでも、ともやお兄ちゃんのことを見たい……」


 そう、智也さんの高校の前まで行ったとき以外にも、智也さんのことを見たい欲求が出てきました。

 智也さんの後をついて行くことも考えましたが、羽賀さんや岡村さんが一緒にいることが多かったのでそれは危険だと思いました。それに、ついて行ったところで、智也さんを見られる時間がちょっと増えるだけです。

 どうにか、智也さんのことをいつでも見られないものか。8歳の私が考えた方法は、


「そうだ! 写真を撮ろう!」


 智也さんと出会ったあの日に、智也さんの写真や動画を撮影していませんでした。家にあるのは記憶を頼りに描いた絵だけでした。

 お父さんのデジタルカメラをこっそりと持ち出して、智也さんのいる高校へと向かいました。その日も羽賀さんや岡村さんが一緒にいましたが、智也さんだけが写る写真を撮影することができたのです。


「やった! これで、ともやお兄ちゃんの顔をいつでも見ることができる!」


 それまで、自分で描いた智也さんの絵しか持っていなかった私にとって、智也さんの写真というのは宝物のようでした。動いていない智也さんでも、優しい笑顔をいつでも見られるのは嬉しいことでした。

 あまりにも嬉しかったので、智也さんの写真をお母さんに見せてしまいました。


「お母さん! ともやお兄ちゃんの写真撮れたよ」

「えっ? 写真、撮ったの? どうやって?」

「……デジカメで撮ったの! ええと……あっ!」


 子供ですよね。家族に内緒でお父さんのデジタルカメラを持ち出したのに、写真を撮れたことが嬉しくてカメラを持ち出したことをばらしちゃったんですから。

 もちろん、そのときはデジタルカメラを持ち出したことも叱られましたし、何よりも智也さんのことをこっそりと撮影したことについても叱られました。


「ダメじゃないの! 智也君のことを勝手に撮ったら!」

「だって、ともやお兄ちゃんの顔をいつでも見たかったんだもん!」

「それでも、撮っていいって許してもらってないのに撮影するのはいけないことなの。それに、お父さんのカメラを勝手に持ち出して。早くカメラをお母さんに渡しなさい! 智也君が写った写真のデータは消去します!」

「いやっ!」

「どうしてもカメラを渡さないなら、体中をくすぐっちゃうぞ。ほらほらっ!」

「あははっ! あああっ!」

「どれどれ……ああ、この男の子ね。智也君は。美来を助けてくれたのは2年くらい前だったっけ。ちょっと大人っぽくなったのかな。もう、智也君がこっちを向いていないし、いかにも隠し撮りしたって感じね」

「消さないで! やっとお兄ちゃんのことを見つけたのに! 家でもともやお兄ちゃんの顔を見たいだけなのに! どうして消しちゃうの? ううっ……」


 お父さんのデジカメをこっそりと持ち出したこと。智也さんの写真を隠し撮りしたこと。それが悪いことだというのは今だったらすぐに分かります。あのとき、お母さんが智也さんの写っている写真のデータを消そうとしたことは当然です。

 しかし、当時の私はそこまで落ち着いて考えることができませんでした。やっと智也さんを見つけることができたのに、智也さんが見られないよう高い壁を建てられてしまった感覚でした。二度と会わせてくれないんじゃないかと悲劇的になってしまったのです。なので、ひたすら泣いていました。

 ただ、実際にはお母さんが写真のデータを消すことはしなかったです。もちろん、お父さんが消したということも。


「美来。お父さんと話して、写真は消さなかったよ」

「そう、なんだ……」

「美来が智也君のことを大好きなのを知ってるから。でもね、大好きな人だからこそ、よく考えて行動しないといけないよね。智也君が悲しい顔をするのは嫌でしょう?」

「……うん」

「隠し撮りはいけないことだけど、美来の気持ちも考えると……ううん」

「お母さん……」

「これだけははっきり言うけど、智也君に見つかって、智也君が写真を撮られることが嫌だって言ったり、嫌な雰囲気を見せたりしたら絶対に止めること。あと、カメラはお小遣いを使って自分で買いなさい」

「分かった!」


 おそらく、自分のやっていることがどういうことなのか、しっかりと考えた上で行動しなさいという意味でお母さんは言ったのだと思います。

 それから、お小遣いを貯めてインスタントカメラを買いました。初めて智也さんの写真の現像をして、智也さんの写真を手に入れたときは感激しましたね。この男の子は誰なのと写真屋のお姉さんに聞かれたときには、私の王子様です! と言っておきました。



*****



 オチが何とも言えなかったけど、以前、果歩さんからざっくりと話を聞いていた写真の件だったか。僕、美来に写真を撮られているなんて全然気付かなかったなぁ。もちろん、羽賀や岡村もそんなことに気付いている様子はなかった。


「8年も続いた智也さんの写真撮影の生活でした」

「……僕の隠し撮りは再会する直前まで続いていたんだね」

「もちろんです! あと、隠し撮りなんて聞こえの悪い……って、まさしく隠し撮りですよね。すみません」

「果歩さんも雅治さんも優しいな。写真のデータを消さないのはまだしも、僕の写真を撮るのをはっきりとダメだとは言わなかったことに……」


 おそらく、自分がどんなことをしていたのか考えて、僕のことを隠し撮りするのをすぐに止めると思ったんだろう。しかし、実際は自分でカメラを買って、写真を撮影した。


「多分、撮影した僕の写真について、美来がしっかりと取り扱っていたから、果歩さんも雅治さんも何も言わなくなったんだろうな……」


 以前、お会いしたときに果歩さんから写真の件で謝罪されたけれど。


「ちなみに、それらの写真は……」

「昔撮影したのは寝室のクローゼットにありますが、近年、スマートフォンで撮影した写真なら保存してありますよ」

「へ、へえ……」


 美来のスマートフォンを見せてもらうけど、大学のキャンパスにいる僕だったり、スーツ姿で駅にいる僕だったり。他にもたくさん僕の写真が保存されている。


「……これ、本当にストーカーって言われてもおかしくない行為だからね。美来がこの写真を大切にしていると思うし、僕の生活にも全然影響がなかったからいいけど」

「……以後、気をつけます」

「今後もこっそり撮る気なのか……」

「では、智也さんのことをこっそりと撮ってもいいですか?」

「堂々とそう訊かれたら何て答えればいいのか分からなくなるよ。……他の人に迷惑をかけないように、よく考えて行動してね」


 この答えが正しかったのかどうかは分からない。ただ、美来のことを信頼するしかないっていうのが正直なところだ。


「次はどんなお話をしましょうかね……」


 僕を見つけてからはおよそ8年もある。話したいことはたくさんあるんじゃないかな。次にどんな話を聞くことができるのか、僕からは敢えて何も訊かないでおこう。その方がより楽しめそうだから。

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