第101話『否定ゼロ』

 佐相さんに続いて取り調べを受けるのは娘の柚葉さん。未成年の女性ということで、浅野さんに取調室まで連れてきてもらった。


「羽賀さん……」

「柚葉さん。そこの椅子に座ってくれるだろうか」

「はい」


 父親とは違って好意的な雰囲気を醸し出している。今となっては、自分の望む結果になって良かったと思っているのだろうか。


「羽賀さん。あたしとお父さんのことを逮捕してくださってありがとうございます」

「……私が逮捕したわけではないが、あるべき状態にはなった」


 氷室や私と入れ替わるようにして、佐相親子が逮捕された形になったが。

 それにしても、逮捕されたことを本人から感謝されたのは初めてだ。今の彼女を見ていると、彼女のような女の子が美来さんへのいじめの中心になったとは思えないが……原因が勘違いとはいえ、いじめが起こってしまった事実に変わりはない。


「そうだ、柚葉さん」

「何でしょうか?」

「美来さんに対するいじめについてだが、君は意中の相手である諸澄司が、朝比奈美来に告白しフラれた話を聞いたから美来さんにいじめを始めた。これで合っているな」

「は、はい……そうです」


 柚葉さんが美来さんのいじめをした原因について、詳しく聞くことができていなかった。もしかしたら、そこに『TKS』に繋がる情報があるかもしれない。


「しかし、実際にはその段階で、諸澄司から朝比奈美来への告白はなかった。つまり、誰かの嘘が柚葉さんの耳に入ったことになる。柚葉さんはこのことを誰から聞いたのだろうか?」

「クラスメイトの女の子からです。諸澄君が朝比奈さんに告白してフラれたって聞いて。そのことを信じ込んでしまって、本当であるかどうかは確認せずに朝比奈さんにいじめを始めてしまいました」

「なるほど……」


 ということは、その嘘の発信源がどこなのかは分からないのか。

 当時、美来さんは既に何人ものの男子生徒からの告白を断っていたので、それに恨んだ生徒が更なる非難を浴びせるために、人気の生徒である諸澄司が美来さんに告白しフラれた嘘を広めた可能性があり得るが。


「ゆっくりでいい。思い出せないだろうか。その話は誰が最初に言ったことなのか」

「……ごめんなさい、分かりません。TubutterなどのSNSをやっている生徒が多いので、それで広まったかもしれませんし。私が知ったときには、既に友達の何人かは知っていましたから」

「そうか……」


 Tubutterであれば、検索でそれらしきツイートを見つけることができるかもしれないが。ただ、嘘の発信源となると、見つけることができる確率はほぼゼロに等しい。


「でも、諸澄君は否定しなかったんですかね」

「えっ?」

「だって、自分のことについての嘘が広まってしまったんですよ。朝比奈さんに好意を持っていたとはいえ、告白してフラれた嘘が広まったら、それは違うと言いませんか? そうしなければ、本当に告白するときに影響がありそうですし」

「言われてみればそうですね……」


 浅野さんが考えるように、ありもしない告白失敗の噂を広められてしまったら、告白すらしていないと諸澄司は否定していいはずだ。


「氷室から話は聞いていますが、美来さんは詩織さん以外誰も助けてくれなかったそうです。そう考えると、諸澄司は『美来さんに告白したけれどフラれた』という嘘を否定する発言をしていなかったように思えますね……」

「私は嘘を聞いてから、朝比奈さんに対する恨みで頭がいっぱいでした。ですから、実際はどうなのか分かりませんが、諸澄君が嘘を否定したとは聞いていません」

「なるほど」

「さっきも言いましたけど、仮に否定なかったとしたら、どうして諸澄君はそうしたのでしょうかね? 好きな人が自分に関わるありもしない噂のせいでいじめられているなら、その噂は嘘だと本人が言ってもいいと思いますが」

「そうですね。噂が嘘であると言うことで、美来さんに自分の好意がバレてしまうのを恐れたのでしょうか」


 実際にはストーカー行為を発端に、氷室経由で美来さんへの好意が当の本人に知られてしまうことになったが。そのような最悪の形で知られてしまったのは自業自得だろう。


「そんなことでバレないと思いますけど。本当に告白していないのですから。私なら、噂は嘘であると言ってくれて助かった。これで、いじめがなくなっていくかもしれないと期待します。むしろ、好感度がアップする可能性だってあり得ます」

「それは言えていますね。……もしかしたら、否定する予定だったが、実際に否定する前に美来さんが不登校になってしまったという可能性もありそうです」

「一つの可能性としてはあり得ますね。それで、美来さんが不登校になってしまったので、言う意味がなくなってしまったということでしょうかね」


 ストーカー行為のように、美来さんの様子を遠くから見ていて、告白の噂は嘘だと言うタイミングを伺っていたのかもしれない。

 しかし、美来さんが不登校になり、果てには氷室が美来さんのクラスでのいじめを解決の方向へと導いた。氷室との面会で、彼のことを邪魔者だと発言していた原因の1つはそれなのかもしれない。


「柚葉さん。確認だが、諸澄司が噂を否定する発言はしていないのだな?」

「私の知る限りの話ですが。ただ、朝比奈さんは諸澄君を振ったんだと連日私に言っている友達もいましたから、本当になかったと思います」

「そうか、分かった」


 好きな人がいじめられていたら、率先して助けるか、教師に伝えるか、詩織さんのような行動を取ると思うのだが。いじめを止めようとしたことで、次のターゲットが自分になることを恐れたのだろうか。


「羽賀さん。『TKS』は諸澄君だと考えているんですか?」

「断定はできていないが、君に送られた氷室と美来さんが写っている2枚の写真。美来さんが体にケガをしていること。氷室との関係。君や君の父親、私について知っているということ。それらのことを考えると『TKS』が諸澄司である可能性が限りなく高いのだ」

「なるほど……」


 ただ、それを特定するために、種田さんに『TKS』のTubutterアカウントについて調べてもらったが、諸澄司に繋がる情報は手に入らなかった。メールアドレスについても、あまり期待はできないだろうな。


「羽賀さん、佐相さんに何か訊いておくことはありますか?」

「今のところはないですね。柚葉さん、どうもありがとう。また何か訊きたいことが出てきたら、今回のように話を聞くことになる」

「分かりました」

「浅野さんは何か訊きたいことはありますか?」

「私も今のところはないですね」

「そうですか。柚葉さん、色々と話してくれてありがとう。浅野さん、彼女を連れて行ってください」

「分かりました。佐相さん、行きましょう」

「はい」


 柚葉さんは浅野さんと一緒に取調室を後にした。

 おそらく、このまま捜査を進めても、『TKS』が諸澄司であることを特定する証拠が手に入らない確率は極めて高いだろう。もし、見つからない場合には別の捜査手段など、色々なことを考えなければいけないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る