第102話『ミダラナイト-前編-』
ゆっくりと目を覚ますと、部屋の中は真っ暗になっていた。ただ、月明かりと目が暗さに慣れてきたことで、部屋の中の様子が少しずつ分かってきた。
スマートフォンで時刻を確認すると、日付は6月4日の土曜日になっていて、午前1時過ぎになっていた。確か午後4時過ぎくらいに寝たから、だいたい9時間くらい寝たんだな。ぐっすり寝たなぁ。そのおかげで疲れもだいぶ取れた。
「2人は寝ているのかな」
ベッドの明かりを点けると、ベッドの横に敷かれた1枚のふとんの上に美来と有紗さんが仲良く眠っている姿が見えた。まるで姉妹のようだ。
「そうだ……」
僕のスマートフォンにメールが来ていたから、確認しておくか。
発信者は『羽賀尊』となっている。何か情報が掴めたのかな。午後7時頃に発信されたようだ。メールの件名は『6/3の捜査内容』か。
『休んでいる間にすまない。羽賀だ。
あの後、佐相親子の取り調べをしたが、特に重要な情報は掴めなかった。強いて言えば、佐相さんは今日の報道まで、黒幕『TKS』の存在を知っていなかったこと。
そして、柚葉さんとの取り調べで分かったことだが、諸澄司が学校で美来さんのいじめの助け船を全く出さなかったそうだ。正確に言えば、諸澄司が美来さんに告白しフラれたという嘘の噂が、本人の口から否定の言葉が一度も聞かれなかったそうだ。
あと、『TKS』Tubutterアカウントについては、諸澄司の近所にあるネットカフェから利用されていたようだ。
引き続き、『TKS』について捜査していくつもりだ。氷室の方はゆっくり休んでくれ。週末なので、美来さんや月村さんと一緒の時間を過ごすといい。返信は不要だ。
以上』
相変わらず、羽賀のメールは真面目だな。これだけ多くの内容を打つのも大変だっただろう。
昨日の捜査では、あまり有力な情報は掴めなかったか。黒幕『TKS』もTubutterは自分のことが特定されないようにネットカフェから利用していたんだな。
美来の言うように、諸澄君は学校で美来のことを助けようとしなかったのか。彼の場合、最も効果的なタイミングを狙っていたけど、美来も登校しなくなり、僕がいじめについて学校側に糾弾したから、結局、クラスで美来を擁護するようなことを言わなかったのかもしれない。
「……智也さん?」
ふとんで眠っていた美来が起きてしまった。目を擦っている。
「ごめんね、美来。起こしちゃったかな?」
「いえいえ。智也さん、よく眠れましたか?」
「うん、おかげさまで。ひさしぶりに9時間も寝ちゃったよ」
こんなにたくさん寝て、しかもスッキリと起きることができたのは学生以来じゃないだろうか。社会人になってからの休日もたくさん眠るときはあるけど、それでも眠気が残っていることがほとんどだ。
「智也君にチューしちゃうぞ!」
有紗さんはそう叫ぶと、えへへっ、とにっこりとした表情で眠っている。今のは寝言だったのか。ビックリした。
「まさかとは思うけど……」
「……実は、昨日の夕ご飯に智也さんが釈放されたお祝いで、お父さんと有紗さんが赤ワインを呑みまして。それで、ここに戻ってきたときに、気持ちが高ぶった月村さんが智也さんに何度もキスしていました」
「そ、そうなんだ」
そういえば、何となく口のところがいつもよりもおかしいような、おかしくないような。
「ごめんなさい、私がある程度のところでワインを止めていれば……」
「ううん、いいよ。気にしないで」
「……そう言ってくださると嬉しいです」
そういえば、美来とこうして2人でゆっくり話すのはひさしぶりな気がする。目の前で酔っ払った有紗さんがぐっすり眠っているけど。
ベッドで横になっていた体を起こして、僕は美来の隣に座った。
「智也さんの無実は私が何よりも分かっていました。でも、またこうして一緒にいることのできる時間が来たんだって嬉しくなるんです」
「警察側も強引だけど、証拠を揃えて僕を逮捕したからね。羽賀や浅野さんもそうだし、美来達の頑張りがなかったら、僕は今、ここにいなかったかもしれない。だから、本当にありがとう、美来」
「……智也さんが無実なのは事実なんです。私は絶対に無実が証明されると信じていました。それに……」
美来は寝間着のボタンを1つ外して、チラッと鎖骨の部分を見せてくる。
「智也さんになら、何をされてもいいと思っていますから」
そう言うと、美来は僕に寄りかかってくる。そのときに感じる美来の温もりや甘い匂いはとても心地よく感じることができて。
「……智也さんが勾留されている間、とても寂しくて不安でしたけど、部屋で1人きりのときはこうして智也さんと寄り添っていることを想像していました」
「そうなんだ」
「たまに……妄想の中で智也さんと濃厚なキスをしました」
「……美来らしい感じがするよ」
僕と再会するまでの10年間も、色々なことを想像して寂しさを紛らわしていたのかな。ただ、この2日間は今までとは違って、僕のことを遠くから見ることすらできなかったけど。面会は一度したとはいえ、とても寂しかったことだろう。
「智也さんのことを想像すると心も体も温かくなっていくんですよ。その度に智也さんのことが本当に好きなんだなって思いました」
「……そっか」
美来と見つめ合うと、彼女はすぐさまにキスしてきた。
「智也君? 美来ちゃん?」
有紗さんのその声を聞いた瞬間、全身の悪寒が走った。
ゆっくりと体を起こして、僕達の方を見ると有紗さんは顔を真っ赤にする。どうやら、釈放されてから初めての夜はまだ続きそうなのであった。
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