第46話『義父母(?)と呑む』
声楽部の活動停止を伝える連絡以降は、何も連絡がなかった。夕方に明美ちゃんから、1年1組でいじめについてアンケートが実施されたメッセージをもらったくらいだ。正直に回答してくれるといいけれど、果たしてどうなるか。
遊んで楽しく過ごした方がいいということで、結菜ちゃんが小学校から帰ってきてからは、僕の家でも遊んだ御乱闘スプラッシュブラザーズDXを4人で遊んだ。
今日も俺はずっと最下位という結果に。果歩さんや結菜ちゃんにも勝てないなんて。頭の中に『引退』の2文字が浮かんだ。しないけど。
午後7時。
美来のお父さんの
「氷室君、お酒は呑める方かな」
「一応は呑めます。ただ、強いお酒だと、少しでも呑むと眠くなってしまいますが」
「そうか。じゃあ、とりあえずはビールでも呑もう」
雅治さんが僕のコップにビールを注いでくれる。
「ありがとうございます。僕、やります」
「すまないね、ありがとう」
僕は雅治さんのコップにビールを注ぐ。
「果歩さんは呑みますか?」
「ううん、私はいいわ。あまり呑めないから……」
「そうですか」
結構お酒に強そうなイメージがあったんだけど、果歩さん、あまり呑めないんだな、ちょっと意外だ。
こうして見てみると、美来の御両親はイケメンと美女だなぁ。果歩さん曰く、雅治さんは名前が同じであり有名な俳優さんに顔が似ているらしい。……言われてみれば、似ているのかな? 歳も近いし。
「氷室君、乾杯!」
「乾杯」
僕と雅治さんはコップに注がれたビールを一気に飲み干した。
「美味しいですね。あっ、注ぎます」
「ありがとう、氷室君。美来のことでここまでしてもらって、本当に君には感謝しているよ。確かに10年前、遊園地で君が美来を助けてくれていたことは知っていたが、ここまでいい男性なら、もっと早く美来の結婚願望を許していれば良かった」
「お父さん、10年経ってやっと許してくれたもんね……」
「結婚できる年齢まで美来の気持ちが変わらなかったからだ。まさか、10年経っても変わらないとは思わなかったんだよ。……すまなかったな」
雅治さん、美来の結婚願望を受け入れ、雅治さん自身も僕のことを信頼してくれているのはとても有り難い。しかし、有紗さんの存在を雅治さんは知っているのかな。
「……ところで、氷室君。美来から聞いているが、職場の先輩からも告白されたと聞いている。正直、どちらが好きなのかな?」
「えっとですね……」
ううっ、朝比奈家のみなさんからの視線が集まっている。あと、雅治さんが「美来に決まっているよな?」と言わんばかりの笑顔を見せているのが恐い。
「あんまり智也さんを困らせるようなことを言わないで。月村さんと私、どちらと付き合うかまだ考えているんだから」
「……そうか。美来が言うのだから、そういうことなんだな。美来のことでここまで動いてくれるんだ。きちんと決断してくれると信じているよ」
「はい。ちゃんと考えて、しっかりと決断したいと思います」
雅治さんが寛容な方で良かった。この状況だと、どうしても美来の方を選べと言われそうだと思ったけど。きっと、今の状況を美来が許してくれているからだと思う。
「月村さんもとても素敵な方だもんね。お姉ちゃん、油断すると智也お兄ちゃんを月村さんに取られちゃうよ?」
「もう、結菜ったら。そういうことをあまり言わないの。それに、家にいる間は私の部屋に一緒に寝てもらうつもりだから……ね? それで、智也さんとの距離を少しずつでも縮められたらいいなって」
美来は頬を赤くしながら笑う。
あっ、やっぱり美来の部屋で一緒に寝ることになっているんだ。俺の家では一緒に寝ていたからな。しかし、それを雅治さんが許すかどうか。
雅治さんの方を見ると、雅治さんは静かにビールを呑んでいる。
「……氷室君」
「何でしょうか?」
「……末永く、美来のことをよろしくお願いします。なので、俺のことは雅治さんではなくお義父さんと呼びなさい!」
「えええっ!」
君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない! というセリフはたまに聞くけれど、まさかその逆の言葉を言われるとは思わなかった。
「お父さん! 智也さんを困らせるようなことは言わないでってさっき言ったばかりでしょ!」
「……こ、これはすまない。つい、気持ちが先走ってしまった。しかし、美来が男と結婚するなら氷室君しかあり得ないということだけは覚えておいてくれないか」
「そう思っていただけることはとても嬉しいです。美来と真剣に向き合っていくことはお約束します」
「そうか、頼むよ。よし、ワインを1本開けるか。氷室君は赤と白、どっちが好きかな? 君の好きな方を開けようじゃないか」
「どちらも好きですけど、僕は白の方が好みですね」
甘いお酒が好きなので、ワインも白の方が好きだ。食事をして、胃の中に食べ物が入っているからワインを呑んでも大丈夫だろう。
「奇遇だね。俺も白の方が好きなんだよ、じゃあ、持ってくる。母さん、ワイングラスを2つ用意しておいてくれ」
「はいはい」
雅治さんと果歩さんは席を立って、リビングから姿を消した。
「すみません、智也さん。お父さん、いじめのことを聞いてくれたと話してから、智也さんと結婚させようとお母さん以上に意気込んでいて……」
「あそこまで嬉しそうなお父さん、初めて見るよね」
雅治さんの中で、そんなに僕の株が上がっているんだな。ただ、美来のいじめのことで激怒して、昨日は自ら連絡したくらいだから、家に来てまで美来を守ろうとする僕のことをようやく信頼してくれるようになったのかもしれない。
「僕は気にしていないよ。悪く思われていないようだし……」
「私も智也お兄ちゃんが家に来てくれて嬉しいよ! でも、本当に私のお兄ちゃんになってくれるといいなって思ってるよ」
「……真剣に考えるから。そのときを待ってくれると嬉しいな、結菜ちゃん」
美来のご家族はみんな、僕のことを歓迎ムードだ。それだけにちゃんと考えていかないといけないな。その前に、まずは美来のいじめの問題を解決へと導くことだけど。
「さあ、氷室君。ワインを呑もうか」
「はい、グラスね」
あれ、テーブルの上にはグラスが3つあるんだけれど。
「果歩さんも呑むんですか?」
「普段、あまりお酒は呑まないけれど白ワインは好きなの。1杯だけ呑もうかなって」
「……お母さん。酔っ払って智也さんに失礼のないようにしてね」
えっ、今の美来の一言、凄く不安なんだけど。そんな中、雅治さんが3人それぞれのワイングラスに白ワインを注いでくれる。
「じゃあ、氷室君が家に来たことを記念して、大人3人で乾杯!」
「乾杯!」
「いただきます」
僕は白ワインを一口呑む。うん、甘くて美味しいなぁ。あと、僕にとってはアルコールが結構強い。胃に食べ物を入れた状態にしておいて良かった。
「氷室さん……」
僕の名前を囁かれた後、果歩さんが僕の腕を抱いて頭をすりすりしてきた。なるほど、美来のさっきの一言はこういうことだったのか。
「氷室さんって主人ほどかっこよくはありませんが、とても素敵な方ですよね……」
「……それはどうも」
実際に雅治さんはかなりかっこいい方なので、さほどショックではない。それよりも、この状況に雅治さんはどんな心境で見ているのか。
「……氷室君。美来を嫁にしてもいいとは思っているが、妻だけは勘弁してくれないか……」
怒っているかと思ったら、思いの外げんなりしている様子だった。そんな雅治さんの頭を結菜ちゃんが撫でている。
「氷室さん。美来はまだ高校生ですから、まずは私と……しません?」
果歩さん、とてもうっとりとした表情で僕のことを見つめている。
「何をするつもりなのかは何となく想像がつきましたが、僕は遠慮しておきます」
「もう、お母さんったら。ごめんなさい、智也さん。お母さんのことを寝室まで連れて行きますね。結菜も手伝ってくれる?」
「分かった。お母さん、ベッドに行くよ」
「うん。もう寝る……」
果歩さんは美来と結菜ちゃんの肩を借りて、リビングから出て行った。果歩さん、ワインを少し呑んだだけであんな風になるなんて。あまり呑めないというよりは、呑んではいけないのが本当かも。
「果歩さんは雅治さんだけの奥さんですから、気を落とさないでください。僕は……言葉が悪いですが、果歩さんを奪い取ることはしませんから」
「そうか。本当にありがとう……」
雅治さん、果歩さんが本当に好きなんだな。きっと、果歩さんも酔っ払ったからあんなことを言ったんだと思うけど。それなのに、あそこまで真に受けるなんて。果歩さんのことが大好きな証拠だろう。
「ワイン、まだ残っていますので、入れますね」
「ああ、頼むよ」
僕は雅治さんのグラスに白ワインを注ぐ。それでも、ボトルの中にはまだワインが残っているので、僕のグラスにも注いだ。
「氷室君。まずは美来の受けたいじめをきっちりと解決に導いてくれ。そのためなら、俺も最大限に協力する。そして、いじめた奴らには然るべき罰を受けさせてやる……」
子供がひどい目に遭ったんだ。そういう風に言いたくなる気持ちは分かる。
「……解決に向けて頑張ります」
処罰云々については、美来に対してどれだけ傷つけたかにもよるけれど。まずは学校側の調査結果を待たないといけないな。
「頼んだぞ、息子よ」
雅治さんは自分のグラスを僕のグラスに軽く当ててきた。まだ、息子にはなっていないんですけど……というツッコミを入れても、今の酔っ払った雅治さんは分かってくれそうにないので、敢えて言わないでおこう。
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