第45話『活動停止』

「智也さん、コーヒー淹れました」

「ありがとう、美来」


 さっそく、美来に淹れてもらったコーヒーを一口飲む。家で買っているインスタントコーヒーと比べて凄く美味しいな。


「うん、美味しいね」

「ありがとうございます」


 すると、美来はテーブルを挟んで、僕と向かい合うようにしてソファーに座る。また、美来の隣には果歩さんが座っている。


「美来の前であまり悪く言いたくないんですけど、担任の後藤さん……何かを隠蔽しようとしていましたね。美来、クラスでいじめられているときは、先生が見ている前で嫌なことをされていたのかな」

「いえ、後藤先生には見つからないようにやっていたと思います。前にも言いましたけれど、先生方にバレないように私のことを『アリア』と言うようにして、私に嫌なことを言っていました」

「なるほど……」


 後藤先生はクラスでの美来のいじめを知らなかったのか。でも、美来のお父さんがいじめている生徒の名前をはっきり挙げたから、後々面倒になることを恐れたんだろうな。

 美来にクラスでいじめてくる主要な人の名前を教えてもらう。

 主にいじめていたのは佐相柚葉さそうゆずはという女子生徒と、彼女と行動することが多い種島奈那たねしまななという女子生徒。美来が多くの男子生徒からの告白を断ったことを口実に、「死ね」「消えろ」などという言葉を言って、2人を中心に複数の女子生徒から暴行されたとのこと。

 次に、声楽部の方について。

 既に名前が挙がっている大崎美菜子さんは、美来と同じ独唱を得意としている2年生。部活の方でのいじめの中心は3年生の部長・松川寧音まつかわねねという女子生徒。どうやら、彼女の好きな男子から告白されて振ったことがいじめの発端だという。

 副部長の3年生・比嘉愛乃ひがよしのさんは、活動場所では何も言えないものの、部活外の時間でスマホで美来を励ますメッセージを送ってくれるらしい。だから、いじめられても少しの間は部活に参加できたそうだ。

 また、それ以外の多くの生徒から、蔑むような視線を送られていたようだ。


「なるほどね。これを美来のお父さんが昨日、学校側にしっかり伝えたんだね」

「はい。ただ、先生がああいう態度を取るとは思いませんでした。智也さんに電話を変わってもらっていなければ、どうなっていたことか……」


 私立高校も1つの企業のようなもの。後に面倒になることや、査定に響くようなことを避けたかったんだろう。ブランドが損なわれるわけだから。

 担任の後藤さんは自分のことを優先して、いじめの調査をせずにいじめはなかったと結論づけようとした。


「段々と、誰を信じればいいのか分からなくなってきました。もちろん、明美先輩や先輩の担任の先生のように、私のために動いてくれている方がいることも分かってはいるのですが……」


 確かに、クラスでいじめはあると訴えているのに、担任が調査をせずにいじめはなかったと結論づけようとしたんだから、誰を信じていいのか分からなくなってしまうのは仕方がないと思う。


「氷室さんのおかげで動いてくれたんだと思います。私ももっとしっかりしないといけないです。氷室さん、本当にありがとうございます」

「いえいえ。ただ、仕事で誰が作業をやるかというときに、電話やメールでやり取りしたことが何回かあって。でも、今回の場合は明らかに学校側がすべきことを怠っているのですから、強気にやれと言ってみただけです」


 あの程度言ったくらいで、調査をすると言ってくれたから良かったけど。嫌だと拒み始めたら、羽賀に相談して警察に動いてもらっていたと思う。


「美来が氷室さんを好きになる理由が分かります。電話で後藤先生に話している氷室さんを見ていたら、少しときめいてしまいましたから……」

「お母さんっ!」


 美来が一喝すると、それまでうっとりしていた果歩さんがはっとした表情に。


「危うく、美来のライバルになるところでした」

「まったくもう……私のライバルは月村さんだけなの!」

「ふふっ、冗談よ。私にはお父さんがいるから」


 冗談にしては、さっき果歩さんはうっとりしていたけれど。

 ――プルルッ。

 僕達3人全員のスマートフォンが一気に鳴った。もしかしたら、SNSのグループトークにメッセージが入ったのかな。確認してみると、


『担任の先生から聞いたんだけど、声楽部でいじめの調査をして、はっきりと結果が出るまでは活動を停止するって』


 という明美ちゃんからのメッセージが、僕ら3人と有紗さん、明美ちゃん、結菜ちゃんのグループトークに送られてきていた。


「声楽部の活動停止か……」


 そりゃそうか。大崎さんによって、声楽部での美来のいじめが発覚したんだから。部員や顧問に話を聞くなどして、いじめの実態について調査していくのだろう。


『明美ちゃん、教えてくれてありがとう。有紗さんから聞いているかもしれないけど、今、僕は美来と一緒に家にいるんだ』


 僕がそういうメッセージを送ると、すぐに既読となって、


『お姉ちゃんから電話で聞きました。じゃあ、美来ちゃんの家にいるってことは、きっと担任の先生からは連絡が来て、内容も知っているんですね』


 そうだ、さっきの後藤先生からの電話について共有しておかないと。


『さっき、美来のクラス担任から電話がかかってきたよ。クラスでの調査は必要ないと言って、いじめはないっていう結論を出そうとしていたんだ。僕が電話に出て、何とか調査してもらうように説得できたけれど』


 月が丘高校に通っている明美ちゃんには、複雑な心境を抱かせてしまうかもしれないけど、ありのままのことを伝えておかないと。


『ええっ! 美来ちゃんの担任の先生、そんなおざなりな対応をしていたの? 信じられない……』


 有紗さんもトークに加わってきたか。きっと、独り言でぶん殴ってやりたいとか言っていそうだな。


「おそらく、学校から声楽部についての連絡が来るでしょうね。あと、美来は通話やSNSとかは、着信拒否やブロックはしているかな。声楽部が活動停止になったのは美来のせいだとか言われるかもしれない」

「大丈夫です。嫌な人についてはもうしていますから……」

「それなら大丈夫だね。また、新しく嫌なメールとかメッセージをもらったら、反応せずにブロックしておこう」


 今はスマートフォンがあるから、学校にいなくても嫌なことを言われてしまうからな。電話やメールはもちろん、SNSについてもちゃんと対処した方がいい。


『でも、智也君、よく調査をする段階まで持って行けたね。お手柄だよ』


 という有紗さんからのメッセージが何だか嬉しいなぁ。


「わ、私もさっきの智也さんがお手柄だと思ってますから!」

「ありがとう、美来」


 もしかして、今の有紗さんのメッセージを読んでいる僕の姿を見て、嫉妬しちゃったのかな。


「とにかく、声楽部の方は事実の究明に向けて順調に動いているようですね。クラスについてもしっかりと対応してもらえればいいんですが……」


 電話では後藤先生は独断のように言っていた。けれど、もし誰かからの指示でクラスでのいじめを隠蔽しようとしていたらら、まだ安心してはいけないかも。こっちができることは、学校側の調査結果を待つことだけか。

 それから程なくして、後藤先生とは別の先生から電話が掛かってきて、いじめの調査のために声楽部の活動停止を伝えてきたのであった。

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