第16話『親友と呑む-後編-』

 先週の金曜日に美来と再会したことを羽賀と岡村に話した。

 岡村の方は何も覚えていないのか、腕を組んでいるだけだけれど、


「10年前に助けたというのは……私達3人で遊園地に行ったときのことだろうか。確か、氷室が迷子の少女を助けたと思うが」


 羽賀の方はしっかりと覚えてくれていたようだ。あのとき、羽賀は美来を迷子センターまで連れて行くことをすぐに賛成してくれたけれど、岡村は最初嫌がっていたからな。


「その子だよ」

「なるほど。10年前に助けた朝比奈美来という少女と再会したと。非常にロマンティックなことではないか。偶然の再会なのだろう? 少女はよく氷室のことを覚えていたな」


 羽賀は微笑みながらそう言った。というか、彼の口からロマンティックという言葉を聞くとは思わなかった。正直、驚いている。そういうことを口に出すようなキャラではないと思っていたから。


「思い出したぞ! 氷室が迷子センターに連れて行った女の子だろ! それで、親御さんと一緒に帰る前、お前に告白してたよな! 好きだとか、結婚してくれとか」

「……そういうことは覚えているんだな、岡村は」


 10年も前のことなのに。あと、さっきから声がデカくてうるさい。個室じゃなかったらきっと誰かから睨まれたり、舌打ちの一つでもされてたりしていただろう。


「もう少し声の量を押さえろ、岡村。……私も思い出した。御両親に引き取られ、迷子センターから去る直前に、美来という少女が君に告白していたな。結婚しようとプロポーズもされていたではないか」

「ああ。それで、再会した時にもう一度、彼女に結婚してくれと言われたんだよ。結婚できる16歳になったからって」

「なんだとおおっ!」


 予想通り、岡村が真っ先に反応してきた。本当に声がデカい。


「それで少女のプロポーズに氷室はどう答えたのだろうか?」

「10年前と一緒で、はっきりとした答えは言えなかった」


 でも、いずれは必ずプロポーズの返事をしないと。美来と一緒に過ごしていく中で将来のことをちゃんと考えていかないと。


「2度もプロポーズされたなら結婚しちまえばいいのに。もう16歳なんだろ、その子も」

「いや、待て、岡村。付き合ってもいない段階でプロポーズだけをされても、はっきりとした返事はできないだろう」

「それは一理あるけれど、俺だったら即OKして、婚姻届を即提出だな」


 岡村だったらあり得そうだな。とりあえず結婚してしまえって感じで。でも、こいつならそれでも上手くやっていけそうな気がする。


「だから、金曜日の夜から昨日の夕方までの2日間、美来と一緒に過ごしていたんだ。もちろん、疚しいことはしていない」


 キスはしたけれど、あれは美来と合意の上だったので問題ない……はず。


「まるで、10年前で止まった歯車がようやく動き出した感じに聞こえる。よく、10年経ってから、君と巡り会えたものだな。朝比奈さんが君の顔をよく覚えていたのか?」


 僕が美来の顔を覚えていたとは言ってくれないのか。といっても、一番印象に残っていたのは綺麗な金色の髪だったからなぁ。美来の顔も、彼女と再会したことでやっとはっきりと思い出すことができたし。


「いや、実は……美来は僕らが高校生くらいの頃から、ずっと僕に気付かれないところから見ていたんだ。だから、僕の高校や大学生活、社会人になって今、1人で住んでいる場所も知っていたんだよ」

「……それは俗に言うストーカーではないか。場合によっては法に触れる」


 やっぱりそうですよね。さすがは法学部出身のキャリア組刑事さんである。羽賀の顔がちょっと強張っている。


「ちょっと待ってくれ。確かに、美来は僕の気付かないところから見ていたけれど、この10年間に、それが原因で何か遭ったわけじゃないから。嫌だとも思っていないし」

「氷室がそう言うのであれば、警察官である私からは何も言うことはない。それにしても、彼女からの君への愛は……かなり深いと言えよう」

「それは僕も十分に感じているよ……」


 私だけを見ていてほしいという気持ちが常に伝わってくる。特に金曜日に有紗さんと呑む予定だと話したときの様子は凄かったな。大げさに言ってしまえば、僕が他の誰かと付き合ったら生きる意味はないというか。


「つまり、彼女は10年間のうちの大半の期間、氷室のことを陰から見ていた。だから、君と10年ぶりの再会を果たすことができたというのか。しかし、どうして10年なのだろうか? もっと早く君に会うこともできたはずなのに」

「さっきも言ったけれど、美来は16歳になったからプロポーズをしに来たって言っていた」

「16歳……なるほど、女性なら結婚が許される年齢か」

「ああ。10年前に美来からプロポーズされたとき、美来が結婚できる年齢になっても僕への想いが変わらなければ考えようって言ったんだ」

「それで、彼女は結婚のできる16歳になっても氷室への気持ちは変わらなかったから、君に会いに来たということか」

「そういうことだ」


 本当に僕に抱く美来の愛は凄いと思うよ。10年間も結婚したいほど好きである気持ちが変わらず、再びプロポーズをしたんだから。美来がこんなにも真剣になっているんだから、僕もその想いに真剣に向き合っていかないと。


「何なんだよ、その小説のような話は。羨ましいぜ、まったく」

「だからこそ、私はいいと思うが。10年間も氷室を想い続け、プロポーズをしたということはそれだけ氷室のことを魅力的に思っている証拠ではないか。それは男として誇らしいことだろう」

「恋愛経験のない奴がなにカッコつけてるんだよ」

「何かと理由を付けて奢らせようとする人間に言われたくないのだが」

「それとこれとは違うだろ!」

「そもそも、恋愛経験のない人間が、この手の話題で語ってならないという法律は存在しないのだ」

「まあまあ、2人とも落ち着いて」


 いつもは岡村に対して羽賀が毒舌を吐くだけで終わるんだけど、こうやって言い争いになるのは珍しい。


「まったく。氷室、お前……絶対にその女の子と幸せになれよ! これは何かの運命に違いねぇ! その手を絶対に離すなよ!」


 岡村は両手で僕の右手をぎゅっと掴んでくる。岡村の熱い想いは伝わったから、早くその手を離してくれないかな。


「何かあったら、羽賀よりも女性経験が豊富な俺に頼れよ!」

「なぜ、そこで私の名前が出てくる……」

「……そのときは2人に頼るよ」


 羽賀と岡村はそこまで仲がいいようには見えないけれど、何だかんだ高校を卒業するまでは一緒にいて、それ以降もこうしてちょくちょく会っている。聡明な羽賀に、お調子者の岡村。僕の信頼できるたった2人の親友だ。

 僕らはその後もお酒を飲みながら、色々な話に花を咲かせるのであった。

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