第15話『親友と呑む-前編-』

 会社を後にしたところで、羽賀からメールがあり、呑む場所は昼間話していたとおり、学生時代からよく行っている居酒屋になった。

 そのお店は、居酒屋としては結構静かな方であり個室もある。僕と羽賀がゆっくりと落ち着いて呑みたいタイプの人間なので、彼らと呑むときはほとんどその居酒屋の個室を利用している。



 午後7時。

 待ち合わせ場所である居酒屋に到着する。羽賀と岡村は20分ほど前に到着しており、既に個室で呑み始めているとのこと。


「いらっしゃいませ」


 さわやかな雰囲気の女性の店員さんがやってくる。


「羽賀か岡村で、個室で呑んでいるお客さんがいると思うんですが」

「はい、ご予約されていた羽賀様から、お1人様が遅れて到着すると伺っております。ご案内いたします」


 女性店員に個室の方に案内されると、そこには既にビールとつまみを食している羽賀と岡村の姿があった。


「とりあえず、生ビールをお願いします」

「生ビールですね。かしこまりました」


 僕は靴を脱いで個室へと入り、羽賀の隣に座る。


「久しぶりだな、氷室」

「お疲れさーん!」


 羽賀はあまり酔っ払っていないみたいだけれど、岡村は……もう出来上がっているのか。彼の方を見てみると、空のジョッキが一つ。2杯目か、そのビールは。


「すまなかったな。突然、呑みに誘ってしまって」

「2人ならかまわないよ。それに、羽賀は久しぶりに忙しさから解放されたんだろう?」

「ああ、そうだ。事件も解決して、報告書の提出も終わったからな。それで、岡村に電話をしたら、ちょうど今日が休みだったそうだ」

「驚いたぜ、羽賀から連絡が来たときには。正月以来に呑みたかったからな」


 僕らが3人で呑もうとすると、どうしても警察官の羽賀の状況が最優先されるから。僕や岡村ならやろうと思えばスケジュール調整できるし。岡村の場合は、担当している現場によっては平日に休みのときもある。


「そういえば、羽賀、階級が警部に昇進したんだよな。おめでとう」

「ありがとう、氷室」

「今日は階級が上がった羽賀警部さんの奢りだよな! 俺達の中で一番給料もらってるんだろう?」

「そういうことを言うなら、貴様の分は払わらないぞ、岡村」


 特に怒るようなこともなく、羽賀が淡々とそう言うと、岡村は急に焦った表情になり、


「ま、まじかよ! 俺、羽賀に奢ってもらえると思って、財布の中には1000円くらいしかないんだけれど……」

「奢ってもらう気満々だったのかよ」


 思わずそう突っ込んでしまった。普通に割り勘じゃないのか? 財布の中身を確認したけれど、1万円札があるから普通に大丈夫かな。


「まあいい、今日は私が奢ろう。今回は私の都合で誘ったのだからな」

「ありがとう、羽賀! やっぱり持つべきは親友だよな! 本当に神様、仏様、羽賀様だな! 本当にありがてぇ……」


 岡村、喜んだ挙げ句に羽賀のことを拝み始めたぞ。本当に奢ってもらう気満々だったんだなぁ、こいつは。


「この借りはちゃんと返すぜ!」

「ふっ、その際には倍返ししてもらおうか」

「そのときはここよりも高い居酒屋に行こうぜ」

「それは名案だ、氷室」

「ええっ! せめてここ! 高い酒を飲みたかったら誰かの家で宅呑み! それで勘弁してくれよ!」

「分かったから、大声を出すな。ここは個室だが、他の客の迷惑だ」


 学生のときにはお金の話は全然しなかったけれど、羽賀と岡村のこの雰囲気は昔から全然変わらないな。やはり、落ち着く。


「ビール、お持ちしました」

「ありがとうございます」


 今日はちょっと暑かったからな。ビールでも飲んでスッキリしよう。


「すみません、日本酒をお願いできますか。冷酒の方で」

「……はいっ!」


 羽賀が日本酒を頼むと、女性の店員は興奮気味でそう言って、個室を後にしていった。羽賀は屈指のイケメンだからなぁ。ただ、女性人気は高いけれど、本人はさほど女性に興味がないようで、一度も恋人を作ったことがないという。


「顔だけお前になりたかったぜ」

「何だ、それは私を褒めているのか? それとも貶しているのか?」

「嫉妬だよ。前の彼女と別れてから1年経ったが全然できねぇ。この前も職場の奴らと合コンに行ったのに、俺だけ誰とも仲良くなれなかった……」

「……多少は同情してやるが、貴様は女性への立ち振る舞いを考え直した方がいいのではなかろうか」

「くそっ、イケメンが何か言ってやがる……」


 ダメだな、こりゃ。

 羽賀とは違って、岡村は女好き。だけれど、深い関係になるような女性は少なく、恋人は1年間いないようだ。そういえば、正月にも彼女がいなくなって半年ほど経ったと言っていた気がする。

 僕はジョッキに入っていたビールを半分ほど一気に呑む。


「ああ、美味い」

「氷室がそんな感じで呑むのは初めて見たな」

「そうかな?」


 確かにこういう風に飲むことは初めてかも。そう言う岡村はジョッキ1杯を一気に飲み干すことはしばしば。おそらく、今ある空のジョッキは一気に呑んだんじゃないだろうか。


「まあ、仕事が忙しいんだよ」


 と言ってみるけど、今日は勉強の方が多かったから、実際はそこまで忙しくない。


「確か、4月から異動したと言っていたな。やはり、新しい現場に慣れるのは大変か?」

「最初はね。業務に必要な技術も勉強しないといけないし。1個上の先輩や上司もすぐ側にいるし、分からないところとかを訊けるからいいよ。それに1ヶ月経ったから、職場の雰囲気には慣れてきたよ」

「そうか。頼れる上司がすぐ側にいるのはいいな。一番下のときには、分からないことを周りの人に訊いて一つずつ覚えていけばいいのだと思う。私は警部という階級もあってか、既に部下がいるからな。しかも、年上だ」

「……やりにくそうだな」


 2年目の5月の時点で部下がいるというプレッシャーもあるだろうに、年上だとは。どういう風に接すればいいのか分からなくなりそう。


「最初こそはやりにくさはあったが、一緒に捜査をする警察官は真っ直ぐな人間だ。真面目に仕事をしているので今は非常にやりやすい。よく頑張ってくれているし」

「……羽賀。お前、本当は何歳なんだ?」


 30歳とか40歳くらいの落ち着きがあるぞ、こいつは。


「生まれてからずっと君や岡村と同学年だ。先月末に24歳になった」

「……おめでとう」


 そういえば、羽賀は4月生まれだったな。そのこともあってか、学生のときはクラスの中でも頼れる存在になっていた。彼が中心に立つわけではないけれど、こいつがいれば安心できるという感じで。


「岡村はどうなんだ?」

「まあ、俺は6年目だけれど、現場のみんなは先輩後輩関係なく仲間だ! みんな兄弟だ! オールマイブラザー!」

「……とてもいい現場なのが分かったよ」


 岡村は気さくな男だから、上にも下にも分け隔てなく上手くやっているんだろう。こういうところは見習わないと。


「失礼します。冷酒、お持ちしました」

「ありがとうございます。頼んだのは羽賀だったよな」

「ああ、私だ」


 羽賀、日本酒が好きだよなぁ。今日みたいに呑みの場ではいつも日本酒を頼む。僕は日本酒を飲むと眠気が襲ってくるので家でしか呑まない。

 羽賀はお猪口に注いだ日本酒を一口飲む。


「やはり、酒は日本酒に限る」

「相当気に入っているんだな」

「ああ。特にこの日本酒は美味しい。お猪口一つ貰うから、氷室も一口呑むか?」

「いや、ここで呑んだら家に帰れなくなる」

「そういえば、以前に家で呑んだときには酔いつぶれていたな」


 僕はお酒にはあまり強くないんだよ。ビールやくらいでも程良い眠気が来るし。実際に今、ちょっと眠くなっている。


「そういえば、氷室はどうなんだよ。出会いはあったか?」


 岡村、自分に恋人ができないからって。僕なんて一度も彼女なんてできたことないんだけれどな。そう思いながらも、僕は美来の顔を思い浮かべる。


「その表情はまさか、ついにお前に恋人が?」

「……出会いはなかったけれど、再会したよ」

「再会、だと?」


 羽賀も僕の話に興味を抱いているようだ。

 2人は10年前のあの遊園地で美来の姿を見ているんだし、彼らには美来のことを話した方がいいかもしれない。


「先週の金曜日、10年前に助けた朝比奈美来っていう女の子に再会したんだ」

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